第6話「最初に見えたもの」
それは、子供の頃の話だ。
「朔、ちょっと来て」
母に呼ばれた。まだ、小学生の頃。
今よりもずっと、人の顔色を伺っていた時期。
「何?」
「近所の神社に行くわよ」
断る理由がなかった。というより、この頃の自分は断るという選択肢を持っていなかった。
夕方の薄暗くなり始めた道。
母に手を引かれて歩く。
「……ここ?」
小さな神社だが、この頃はとても巨体に見えたのを覚えている。
この世とは隔絶されたような静けさが辺りを包む。
母は、どこか落ち着かない様子で言う。
「ちゃんと挨拶しなさい」
言われるままに頭を下げる。なぜ頭を下げるかはよく分からない。その時……
(あれ)
"何か"がいた。本殿の奥。
暗がりの中だが、ヒトの形をしていると何となくわかる。でも、動いてない。
母の袖を引きながら問いかける。
「……ねぇ、あそこに」
「言わなくていい」
言いかけた瞬間、母に遮られる。初めて見る、強い顔だった。
「いいから、何もいないって思いなさい」
意味が分からなかったが、逆らえなかった。
(見えてるのになぁ)
もう一度、そっちを見る。"ソレ"と目が会った。
その瞬間、"ゾワっ"と、体の奥が冷えた。
「……っ」
怖い。母の袖を強く握る。
「帰るわよ」
恐怖を察したのか、母が強く手を引いた。
逃げるみたいに、神社を出る。
振り返らなかった。理由は分からないが、振り返ったらダメな気がした。
「……今のなに?」
神社から出た後、ねぇねぇと聞く。
しばらく沈黙が続き、そして。
「"アレ"が見えたの?」
と、母が小さく聞く。
「……うん」
言った瞬間、少しだけ後悔した。言わない方が良かった気がした。
「……そう」
母は、それ以上何も言わなかった。でも、
手を握る力が、少しだけ強くなった。
その日から、"何か"を感じる事が増えた。
夜道。学校。家の中。
あらゆる所に"何か"がいる気がする。
でも、誰もいない。
「気のせいだろ」
と、周囲の人々は口にする。だから、
(気のせいってことにしよう)
そう決めた。見えても、見えないふり。
感じても、無視する。それが1番楽だった。
そして、人の顔色も同じだった。
怒ってるかもしれない。嫌われてるかもしれない。
でも
(気にしない)
そうやって、全部"なかったこと"にしてきた。
--結果、
「人間関係、向いてねぇのかなぁ」
大人になって、そう思うようになった。
見えてるのに、見てないふりをする。
その癖は消えなかった。そして今。
「それ、昔からでしょ」
いろはの声。気づけば、いつもの場所。
「何の話だよ」
「見えてるのに、無視するやつ」
図星だった。
「怪異に対しては、便利だけどね」
でも、と続ける。
「人間には、あまりよくない」
朔は、何も言えなかった。
「だから君、両方に中途半端なんだよ」
と、いろはは少し笑う。
「……うるせぇな」
否定しなかった、というよりできなかった。
母の事を思い出しながら、その日は帰路に着いたのだった




