第1話 樹木屋
初めまして!この度小説を書かせていただきますharuと申します。至らぬ点は多々あると思いますが、温かい目で見守ってくださると幸いです。出来る限り随時更新していけたらなと思いますので、宜しくお願いします。
「いつもありがとなおっさん」
切り終わった丸太を荷台へと積み終え、俺は大事なお得意様に声をかける。
「それはこっちのセリフだ。お前の親父さんがいなかったら、今頃俺に職はなかったかもしれなかったんだからな」
親父、か…
その言葉を聞くとどうしても思い出すことがある。つい3ヶ月前の事件だ。胸の奥をチクリと刺す痛みが顔に出ないように、俺は少しだけ顔をうつむかせて無理やりに笑顔を作る。お客さんに対して嫌な顔を見せるなど、営業をする身としては絶対にやってはいけないのだ。
「まだ引きずってんのか?お前さんのせいじゃねぇんだから、そう気に病むこともないだろうに」
おっさんは小さい子供を安心させるように、優しく声をかけてくれる。俺は昔からこの人の声に弱いのだ。小さい頃は良く親父と喧嘩して、泣いてはおっさんに慰めてもらったりしていた。あの頃を思い出し、俺は自然と笑みをこぼす。それでも、心の底で渦巻く深い悲しみは、俺の笑みを中和して溶かしていく。
「わかってるんだ。それでも…あのとき俺があの場にさえいれば……」
つい感情が高ぶり、無意識に拳を固く握り締めてしまう。あくまでも表情は変えず、体には力が入る。はたから見るその光景は非常に不可解な格好だろう。
「いたっ…」
自分の拳を見ると、固く握りすぎたのか軍手に血が滲んでいた。丸太を運んでいたことで土と汗の匂いが染み込み汚れた軍手。白い生地の部分に、ジワリと淡い、しかしくっきりと残る赤い染みが広がっていく。
「あ…ああぁ……うわあああぁっ!」
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フワフワとした浮遊感に包まれながら、俺はボンヤリした思考で今の状況を考えていた。結果答えを得る事は出来ず、心地よい感覚に身を委ねる。そんな俺の頭に、親父が死んだ日の記憶がゆっくりと、しかし鮮明に浮き上がってきた。
「ソルト、夕飯の時に大事な話がある」
親父から突然そう言われたのは、俺が能力を引き継いだ日の午後だった。2人でいつものように丸太を運び終え、休憩に麦茶を飲んでいた時、親父は覚悟を決めたように話しかけてきた。思春期真っ只中の俺は、親父と仕事は共にするもののあまり話すような関係ではない。だから、親父がわざわざ俺の目をしっかりと見て、〝大事な話がある〟と言ったという事は、それ相応の話があるのだろうと分かった。俺も親父の目を見て答えたが、真後ろに重なった夕陽の逆光に阻まれ、親父の表情を伺う事はできなかった。不思議な緊張と不安が重圧となって体を覆うのを感じる。
「わかった。じゃあ買い出し行ってくるは」
そんな空気に耐えられなくなった俺は、まだ残っている休憩時間も無視して立ち上がる。親父から目を逸らし、振り向く事もなくそれだけ言って逃げるように走った。
「いや、今日は飯あるぞ?」
後ろから親父が何を言っているのか聞こえていたが、今更振り向くとか恥ずかし過ぎて出来なかった。これが最後の会話になるなどと想像出来るはずもなく、俺はその時の感情に任せて禁呪の森を後にする。夕焼けに照らされた二つの影がどれだけ伸びようとも、今後交差する事は絶対にない。
場面は移り、俺が適当なお菓子を買って家に帰る途中の記憶に変わる。
「無駄に金使っちまった。あん時逃げなきゃ良かったかな…」
頭をポリポリと掻きながら、俺はそんなことを考える。なんで親父には素直に話せないんだろう…俺は今の自分が好きじゃなかった。親父が嫌いなわけじゃ無いのに、好きだと伝えるような行動をする事が小っ恥ずかしくて出来ない。かといって露骨に嫌いだという態度を取る気にもなれず、毎日モヤモヤとした気分であった。今日は帰ったら大事な話があるみたいだし、しっかり話し合ってみようかな。まだ焦る必要はないと、自分に言い聞かせる。焦って空回りすることが行動において最も無駄である事は、仕事をしていてよく分かっていたから。俺は冷静に、親父と何を話そうかという事について頭を悩ませる。うーん…思い浮かばない!何を話せば良いのか、俺には全く分からなかった。速攻で諦めムードに入り、俺は考えることを放棄した。大体親父が話しかけてこないのがいけないんだ…と、責任転換まで始める始末である。そんな無駄な葛藤を心の中で続けていると、いつの
間にか禁呪の森が見えてきた。
ん?俺は自分の家に異変を感じて目を凝らす。外観自体は何も変わっていない。なのに何かが欠落したように感じるのは一体何故なのか…。俺は理由のわからぬ不安が心を満たしていくのを肌で感じていた。行かなきゃいけない。そう思った時には、自然と足取りは速度を速くしていた。近くに連れて強さを増す違和感。前方にくっきりと家が見えてきてやっと、俺は正体に気付く。玄関のドアが、少しだが空いている、ただそれだけだった。いや、家族に限ってドアを閉め忘れるなんてあるだろうか。そして、それが分かった途端に心拍が上がり額を汗が伝う。森がざわざわと震え、俺に何かを伝えようとしている気がした。体とは逆に脳はひどく冷静に状況を分析し、ドアをゆっくりと開ける。最初に目に入ったのは、真っ赤な床。ここではまだ、俺には何なのか分かっていなかった。そしてすぐに目に入るのは、見慣れた作業履と、ズボン。それらは地面に横たわって置いてある。それでは親父が倒れてるように見えるし、床の赤さと相まってそれはまるで……
呼吸が荒くなり、額を伝う汗の量が途端に多くなる。ドクドクと脈打つ鼓動は体全体を大きく揺らして思考を鈍らせた。
それでも動き自体が止まる事はなく、着々と同じスピードでドアは開いていく。鈍り引き伸ばされた時間の中でゆっくりと確実に、1秒が永遠にも感じる時間の中で見えてきたのは、背中の1を中心に広がる真っ赤な染み。その中心には、部屋の照明で鈍い光を放つ一本の長剣が突き刺さっていた。長剣に体を貫かれて横たわる顔にもはや見間違える余地はなく………
「お…おや…じ…?お…おい……」
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「あああぁぁ~!!」
「ぎゃあああ~!!」
バッと飛び起きると、そこはどうやらベットのようだった。まだ頭が強く痛む。
自分で左右の手でピースを作り、頭の中で4と数える。ふむ、数は数えられるな?いや自分で作ったんだし当たり前だろ!自分でこれをやる奴がいるとは驚きだった。いや俺がやったんだけれども。
なんで寝てるんだ俺…さっきは確かおっさんと話してて、
そこまで思考がまとまってきて、やっと気付いた。そういえばさっき〝ぎゃあああ~〟って聞こえたような。
横を向くと、未だビックリした表情を壊さずに俺を凝視する少女と目があった。
「ベゼじゃないか、ごめんなビックリさせて」
声をかけて見たが反応がない。
「お~い、ベゼ~?」
目の前で手をヒラヒラとさせるがまぶた1つ動かさない。ん?まぶた1つ動かさない?
「お、おい!大丈夫か?!」
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「もお!すっごく驚いたんですからね!」
俺は今、床に正座をさせられ、説教を受けていた。
「兄さんが倒れたっていうから急いで駆けつけてあげたのは誰?!」
「ベゼさんです」
「その時に異常がないかちゃんと確認してあげたのは誰?!」
「ベゼさんです」
「その後、車で家まで運んでベットに入れてあげたのは誰?!」
「ベゼさ…おっさんだよな」
「うぐっ」
こいつ…どさくさに紛れてやってないことを自分がやったことにしようとしやがったな。
「で、でもっ!その後にずっと看病してあげたのは私!そうでしょ?」
こいつは俺の体調が悪くならないようにずっと横に張り付いて冷えたタオルを頭に乗せていてくれたらしい。もちろんそれについてはとても感謝してる。
「ああ、だから本当に感謝してるよ。ありがとうベゼ」
「っ!…べっ別に?私はそれくらい構わないですよ」
なんで照れてんだこいつは
「そっそれよりも!兄さん……とっっても大事なこと、忘れてないですか?」
ベゼの空気が変わった。周りに黒い霧まで見える気がする。これ本気で怒ってるぞ。返答を間違えたら死ぬ……俺は直感でそう察した。
「あー……やっぱりあの…アレですか?」
全くわからない。どうしよう。
「そうです!て・ん・け・ん・し!」
あっ!忘れてた!!ベゼが自分から言ってくれて本気でよかった。俺が次の返答するまでの1秒間、脳を高速回転してベゼが納得する弁解を考える。まずは肯定から入り、言い訳を織り交ぜながら怒りを鎮めていこう。
「あの、ごめ
「でも!今回は兄さんも事情が事情だったから許してあげる。そのかわり、兄さんの仕事を全部私がやってあげたんだから、その分なにか奢ってもらうからね」
寛大なベゼさんは、なにを言わずとも許してくれたようだ。なんだかんだいつも、ベゼは俺が何をしたって許してくれる。事情が事情だと察してくれるからこそ、俺はそれに甘えてしまうところがあった。
親父は、俺が買い出しに行っていた時に、森を狙う盗賊に背中から長剣で貫かれて殺された。母はその場では殺されていない筈だが、今も行方不明になっている。俺が家にいれば確実に助けられたはず、そう思えば思うほど俺の中にあの出来事は深く刻まていた。それから、血を見ると発作が出てしまうようになり、未だにこんな状態だ。
《点検士》とは、月に一回俺たちの森【禁呪の森】を調査する人のことだ。
俺たちの森といっても、元は親父の森だ。それに、この仕事も親父から引き継いだものに過ぎない。
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これは、小さい頃に親父から話してもらった【禁呪の森】の起源と、親父の持つ特殊な能力についての話だ。
【禁呪の森】は20年前にはまだ存在せず、ただの更地だった。たまたま親父がそこを通った時、親父が踏みしめた大地には木が育ち、あっという間に1つの森が完成した。森は1つ分の都市程の大きさがあり、面積を測量するのにも相当な労力がかかった。驚く事はそれだけではない。その森で育った木を切ってみると、その木を切った部分からまたすぐに木が生え始めた。切っては生え、切っては生える。この自然界の理を完全に無視した森は、いつしか【禁呪の森】と呼ばれるようになる。親父が出来るのはそれだけでなく、思ったように木を変形することもできた。親父はそれを見て、利用すればこれ以上ないほど楽に稼げるんじゃないかと思った。
そこから話は早かった。親父は『樹木屋』と彫られた大きな看板を持ち前の能力で木に固定すると、スピーカーを手に持ちながら車で街中を駆け回り
「無限にとれる木はいかが~!?」
と叫びまわった。
途端にその噂は町、都市へと広がっていき、本当に一瞬で木が育つ光景を目撃した人達から、さらに情報拡散は加速していった。
1ヶ月後には50以上の企業と締結し、座っていれば金が入ってくる状態だったそうだ。
しかし、それでハッピーエンドとはいかなかった。森の木を狙う盗賊がちらほらと現れ始めたのだ。当然と言えば当然だろう。無限に木が増え続けるなら、それを取ろうとする人がいるのも無理はない。困り果てた親父は、国王に森を保護してもらえないかと頼んだ。すると国王は快く承諾し、親父と国王からの許可を得た人間以外の森への立ち入りを禁止した。それでも盗賊が完全にいなくなったわけではないが、だいぶ数が減った。
国王から、他の知られていない場所に森を移設したらどうかという提案が出たことがあったが、親父の能力はその土地でしか使えないため、その計画は無理だということに終わりる。検討の末、森の警備強化と【禁呪の森】がどうやって出来たのかを探る《点検士》が月に1回森を調査するということで話がまとまった。
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そして俺が17歳の誕生日に親父は自分の能力をお前に引き継ぐと宣言した。そんなことが可能なのか?とその時は思ったのだが、実にあっけなく能力の引き継ぎは完了した。母さんが俺と親父の間に立ち、右手を俺に、左手を親父に差し出す。2人がそれを掴むと、母さんは目を瞑って何事かを呟いた。グッと体に力がみなぎると同時に、途端に訪れる万能感。それが、能力を引き継いだという合図だった。それから親父は能力を全く使えなくなり、俺は能力が使えるようになった。と言っても、親父のように使う事はできず、今はまだ親父の劣化版という感じだ。時期に体に馴染むそうなので、それは待つしかないだろう。後に思えば、この日が俺の人生を波乱へと巻き込む最初だったのかもしれない。




