4-1 ドワーフの職人って定番だよね。
期待って言うのはたいてい裏切られる。
良くも悪くもだけど結局勝手に期待してただけで別に相手が悪いわけでも言い訳でもなく勝手に期待して勝手に裏切られたと思う。
滅茶苦茶身勝手だし失礼な話だけど。
とはいえ期待というよりか願望に近かったし予測がついたと言えば予測はついていた。
うん、確かにいかついばあさんだ。
「何じろじろ見てるんだい?そんなにあたしの顔が面白いかい?」
笑って言ってくれてるならまだ救いがあるけど、眼光の鋭い老齢女性がムスッとしてねめつけられると正直怖い。
「あ、いえ、その……」
思わずしどろもどろになってしまう。
足首まで埋まる雪をかき分けてたどり着いた工房は灼熱地獄だった。
丁度、山の中腹に入る手前に建物が雪に埋もれるように点在している。特別に凝った作りの建物ではなかったので外観は小さな町工場みたいな雰囲気だ。
もちろん建材は石材なので近づいてみれば雰囲気は変わってくるけれどシルエットは特別面白みのある建物じゃない。
敷地というか建物に近づいた段階で妙に暖かく感じたけれど中に入ると熱気で肌が焼かれたんじゃないかというくらい暑かった。グラスコーは慣れた様子でそそくさと上着を脱いでいたが、ベーゼックと俺は予測もしてない熱気にやられてめまいがする思いだ。
「おい!アレストラばあさん!!いるか!!」
グラスコーが大声を上げると奥の方からずんぐりとした人影が歩いてくるのが分かる。
その間も他の職人たちは手を休めることなく作業を続けてるので喧騒がすごい。
そりゃあれだけ声を張り上げなきゃ聞こえないよな。
現れたのはみたけはおれの半分くらいの、でも腕の太さが俺よりも太い老齢の女性だった。
あぁやっぱりばあさんって言ってたもんな。
小説とかだったらどう考えても美人が出てくるところだろうと嘆息したいところだが現実はそうもいかない。
でも少なくともこっちに来てから美人って言える人にあったのはベネットと関所の役人さんくらいだ。
いや先生は美人って言うべきなのかな?本来は美人って男性に向けての言葉だったとは思うし。
まあ、それでも華やかな世界とはかけ離れている現実は心に来るものがある。
「ばあさん、あんまり睨んでると頭痛くなるぞ?」
「うるさいね。別に睨んじゃいないよ。元からこんな顔さ。」
グラスコーの言葉にふんっと鼻を鳴らす。まあそれはそれで様になっているとは思うから不思議だな。
「で、その来訪者は何者なんだい?」
いきなり出自を看破されて俺は焦った。
ベーゼックはちょっと驚いた様子が分かる。
「ばあさん、分かったとしてももうちょっと慎重になってくれねえかな。」
グラスコーはやれやれといった様子で頭を搔いている。
ちらりとベーゼックをみると目をそらした。うん、まあ、たぶん大丈夫ってことだよな。
「そんなことはどうでもいいんだよ。別に珍しくもない。さっさと紹介しな。」
珍しくもないというのがどういう意味なのかは分からないが少なくとも別に出自を隠す必要はないということなのだろう。そわそわするが落ち着こう。
「こいつはヒロシだ。まあばあさんの言うように来訪者だが大した奴じゃねえよ。」
「ヒロシです、よろしくお願いします。」
俺は慌てて頭を下げる。
「で、何を作れってんだい?連射式ライフルかい?ジェット飛行機かい?言っとくけどそんなもんは作れやしないからね?」
その言葉に俺はある程度の事情を察した。
「あぁ、いや確かに作っていただきたいものはいろいろとあるんですが……」
ほらねという感じでまた鼻を鳴らした。俺の先輩たちは何やらかしたんだろうか?
いや、きっといろいろ無茶苦茶だったんだろうなぁ。
「まあ話くらいは聞いてやるよ。ついてきな。」
やれやれと言った様子でアレストラばあさんは別の場所への移動を促してきた。
背中もめちゃくちゃ発達している。
下手したら俺なんかひとひねりなんじゃなかろうか?
彼女の種族はおそらくドワーフなのだろう。
聞いたわけじゃないけど、エルフがいるのだからドワーフもいるはずだ。
確かめたわけじゃないから確定的に言えるわけじゃないけど、少なくとも工房を開いて鍛冶働きを営めるくらい腕は立つのは確かだろう。
で、ドワーフだからという理由で来訪者から無理難題を押し付けられるなんて経験が割と頻繁にあったんだろうなという想像を働かせるのはおかしい想像だろうか?
まあ、当たってほしくない予想って言うのは期待してることとは逆によく当たる。
ちょっと真面目にお願いしないとへそを曲げられるかもしれないなぁと思うと今から胃が痛い。
案内された部屋は工房とは違いかなり快適だ。
部屋に暖房があるわけではないかもしれないが、工房の熱が伝わる仕組みでもあるのかかなり暖かい。
逆に夏場は大変そうだ。
でももしかしたらそういうときのための工夫もあるかもなぁ。
落ち着いた雰囲気の調度品や家具は統一感もあって落ち着いた雰囲気だ。
ちゃんとした応接間でなんだか安堵してしまう。
「きょろきょろしてるんじゃないよ。ちょっとは落ち着いたらどうだい。」
どすの利いた声で言われると思わず身震いしてしまいそうだ。
「失礼しました。とてもいいお部屋だったもので……」
思わず下手なおべっかを使ってしまった。恥ずかしい。
「いいから座りな。別に怒ってるわけじゃない。」
そうなのかな?もしかしたら勝手に勘違いしてるだけかもしれない。
でもなぁ。
どう見ても怒ってるように見えるんだよなぁ。
「ばあさんそれで怒ってねえって無茶だぜ。茶の一つでも出して笑って見せなよ。」
からかうようにグラスコーはどっかりと椅子に腰を下ろした。
「うるさいガキだね。茶を催促するくらいだからみやげくらいはあるんだろうね?」
その言葉に俺は慌ててインベントリからバームクーヘンを取り出す。
「つ、つまらないものですが……」
一応贈答用の包装はしてるけど、安っぽいだろうか?
ちょっと不安になる。
「おや、珍しいね。言ってみやげが出てくるなんて……礼儀知らずばっかりだと思ってたよ……
仕方ない、ちゃんとした茶を出してやるから待ってな?」
始めて笑ってくれたので、これは正解だと考えて差し支えないだろうか?
俺は力が抜けてほうほうの体で椅子に腰かけた。
「何あのばあさん怖いんだけど。」
いつの間にか俺の隣に腰かけて他ベーゼックが耳打ちしてくる。
俺はかろうじて頷くくらいしかできない。
「まあ、見た目はな。でも、あれでも面倒見はいいんだぞ?」
おそらく付き合いが長いだろうグラスコーがそういうのならそうなんだろうなとは思う。
品のよいカップに香りのよい紅茶が注がれてみやげに持ってきたバームクーヘンまで添えられている。
こういうお茶多分高いはずだ。
モーダルで生活していて思ったけど、そもそも庶民の生活で紅茶に出会うこと自体が稀だった。
せいぜい先生のお宅で飲ませてもらえるくらいで、普段の生活で誰かが飲んでることすら見かけない。
飲み物と言えばビールかワイン、子供でもそれらを薄めたものを普通に飲んでる。
味付きじゃない水も金を出さなければ出てきたりもしない。
キャラバンでよく飲ませてもらった野草茶もヨハンナのお手製だったから関所の内側ではめったに見ない。
そう考えれば、これは歓迎されたと思っていいんだよな。
いいはずなんだけど、俺の渡した書類が悪いのか、アレストラばあさんの表情は険しい。
丁度今手に取ってもらってるのは、今回の一番の目的の織機の資料だ。
それでどんなものが出来るかとして、サンプルのタオルも渡している。
時折ぐむぅと唸る声が響く。
「ばあさん唸ってばっかりじゃわかんねえよ。さすがのドワーフ様でも無理って事かい?」
グラスコーはしびれを切らしたのか、そんな軽口をたたく。
しかしそんな挑発的なこと言って平気なのか?
「黙ってな。ドワーフだからって魔法みたいに何でもできるわけじゃないってのは何度も言ってんだろう?」
あー、そうなんだ。
ドワーフってイメージとしては、本当に魔法みたいな技術を持ってるものだと思っていたけど、やっぱりそれは偏見か。
でも、グラスコーが流石のというのであれば、技術力は間違いなく人間の職人より高いってイメージはあるってことだよな?
それともそれも偏見なんだろうか?
「ヒロシだったか。」
急に名前を呼ばれて俺は変な声を上げて背筋を伸ばしてしまった。
「これを用意したのはあんたかい?」
「あ、いえ、自分はただ文献を集めただけです。」
どうやってというのは伏せておこう。多分、洗いざらい話しても大丈夫な気もするけど……
「いや、十分だよ。何を作って欲しいのかは、よくわかったし、あんたの考えは分かった。」
険しい表情が幾分和らいでいるような気もする。
気がする程度で本当に大丈夫なのかは自信はないけど。
「その上でだ。」
あ、やっぱり無理なのかな?
「いくつか集めてもらいたいものがある。それが揃えば私の意地にかけて作ってやろうじゃないか。」
にやりと不敵な笑みを浮かべられる。
あらやだイケメン、惚れちゃう。
いや、冗談はさておき、どうやら不可能ではないみたいだ。
「ありがとうございます。」
俺は、頭を下げて感謝を述べた。
「まだ出来上がると決まったわけじゃないよ?簡単に揃うとは限らないからね。」
それは、商人としての俺に対する挑戦と受け取っていいよな。
なんだか嬉しくなる。
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