3-26 ヤクザかな?
「なるほどな……」
疲れた様子でそうつぶやくと領主と名乗った爺さんはややぐったりとした雰囲気になる。
外で話していた時とはまるで様子が違う。
一通り緊張した状態であらかたの事情説明をしたところで、爺さんがくつろいだ様子になったので、こちらも同じくくたびれたようにぐったりしてしまう。
「そういえば名乗ってなかったな。わしはファビウス=ランテイノス。身分は騎士だが爵位はない。」
そう名乗られたけど、どういう意味だかよくわからない。
ただ、領主であるのには変わりないんだろうから下手な態度はとれないのはわかる。
「やっとかよ。」
グラスコーはそんなことはお構いなしな態度をとってるが、よくそんな態度がとれるもんだ。
「まあ、許せ。あの場を納めるにはあれしかなかった。」
まあ、わかるようなわからないような。
実際、一触即発な状態だったのは確かだし、暴発する前に押さえつけるという意味ではすごく効果的だった。
「いえ、ありがとうございます。申し開きさせていただけて感謝いたします。」
俺は、席を立ち頭を下げる。
「ヒロシといったか。礼儀はそれなりに覚えておるようだが、礼儀だけでは乗り越えられないことを覚えたほうがいいぞ。」
なんだか深々とため息をつかれてしまった。
席に座れと促され、俺は椅子に座る。
「まず、お前の考えたことは素直に認めよう。いい考えだ。」
じっとファビウス翁に見据えられて俺は緊張してしまう。
「褒めてるのに緊張するのか、お前は……」
「すいません。」
俺は申し訳ない気分になってしまい、目線を下げてしまう。
「まあ、そんな小僧も大勢いたな。まあ、慣れるしかないから、慣れろ。」
俺は曖昧な返答しかできない。
だって、慣れないだろそんなもの。
「問題点はわかるか?」
問われても、俺に答えはない。
分かってたらあんな状況になってないはずだ。
「意地が悪いのは年寄りの癖だな。簡潔に言おう。」
やれやれといった感じで再びため息をつかれてしまった。
「まず、おぬしは何の権限があって通貨を作ろうとした?」
そういいながら、ファビウス翁は引換券をはじいた。
俺は、言葉の意味を考えてみた。
分からないと即答してしまいそうだったけど、いったん言葉を飲み込む。
「要はみかじめ料よこせって事か?」
グラスコーは不機嫌そうにそう言い放った。
ちょっと待て、お前は人が考えてるのに!!
「グラスコーさん、ちょっと」
「当たり前じゃろうが、人の領地で何勝手なことしとるんじゃ。」
さも当然かのようにファビウス翁は答えた。
それ、正解なのか?
「まあ、とはいえヒロシの方にはわからない話じゃろうな。
そもそもなぜ金貨や銀貨がどこでも通用するのか理解しておるか?」
改めて問われると、なんとなく理解できてきた。
「帝国の定めた通貨だからです。」
「行儀のいい返答だな。要は、わしらが王様の子分だからだ。」
いや、そこは砕けなくてもいい気はする。
つまり、通貨発行権の話なんだろうな。
もちろん、今回の引換券は明文法で規定されるような通貨じゃない。
あくまでも、俺とグラスコーと取引するための一時的な引換券に過ぎない。
でも、それはあくまでも俺とグラスコーが取り決めした話だ。
第三者にとってみれば、勝手な通貨を発行したに等しい行為だともいえる。
「その顔はあまり分かっておらんな。」
仕方がないといった感じで頬杖を突かれてしまった。
「え?何がでしょう?」
思わず反射的に返答してしまった。
「おぬし、法がどうとかそういうことを考えておったろう?そういう難しい話じゃないんだ。」
難しい話じゃないって、どういうことだろう?
「とても、とても簡単な話だ。年寄りは新しいものには従うのが苦手だというな。」
それは、おばあちゃんやおじいちゃんがスマホを使えないとかいう偏見の話だろうか?
「あの、それは……偏見では?……」
「偏見でも何でもよいわ。金貨は偉い人が決めたから金貨、昔っからそうだから金貨。そういうものだと理解している。」
いくら何でも暴論すぎる気がする。
「まあ、言葉を繕いいろいろ言ってもよいが、現実には、お前は囲まれて袋叩きにされそうになっていただろう?」
確かに、それはそうかもしれない。
でも、あの中には若い人もいた気はする。
いや、言いたいことはそういうことじゃないのかもしれない。
「お前は、少し考えすぎるみたいだな。まあ、悩むのは好きにしろ。」
やれやれといった感じでため息をつかれた。
なんだか悔しい。
「要は、こいつにわしの名前が書かれていたらどうだ?」
急な提案に面を食らってしまう。
どうなるだろう?
少なくともこの村の人ならファビウス翁を呼ぶとは思う。
ということは、話を通しておけばこの村での取引には問題がなくなるって事かな?
あぁ、だんだんわかってきた気がする。
「つまり、権威には弱いと…」
「そうじゃな。当然、わしの名前なんぞ、せいぜいが隣町までが限界だろう。だが、伯爵様ならどうだ?」
ようやく伝わったといった様子で笑ってくれた。
なんか追試を受けた時みたいな気分だ。
うれしいやら悲しいやら。
「確かに、多くの人が認めてくださいますね。」
「まあ、その分みかじめ料を取られるがな……」
グラスコーは不満げに鼻を鳴らす。
「当たり前だろうが、それで飯を食っとるんだから。」
なんか、セリフだけ聞いているとヤクザみたいだが筋は通ってる。
ファビウス翁の着ているものを見ればおそらく悪徳領主というようには見えない。
自ら野良作業に出る人のようにも見えるし、それがファッションではないのはくたびれ具合からも見て取れる。
もちろん、それが領民のためとは限らないが、少なくとも人にやらせてふんぞり返るだけの人ではない気がする。
「グラスコーといったか?そもそも、お前は答えを知っておるだろう?
いいアイディアだと思うなら、広げなければ意味がない。」
ファビウス翁の言葉にグラスコーは目をそらした。
「どうせ、ギルドとひと悶着でも起こしたんだろうが、そんな下らんことを気にしてどうする。」
「お説教を聞く年じゃないんだよ。小言はいい加減にしてくれ。」
つまり、ギルドを巻き込めばこの仕組みを広めることは可能って事だろうか?
いや、でも考えてみるとこんなアイディア、すでに考えた人間はいるんじゃないかな。
「ギルドを巻き込めばそりゃ、あんたらを黙らすことはできるだろうよ。
でも、その分ギルドがせしめるだけで俺達には何のメリットもなくなる。
だったら、こそこそとやった方が何倍もましだね。」
「説教を聞く年じゃないという割には、青臭いことを言う。まあ、気持ちはわからんでもないがな。」
面白そうにファビウス翁は笑う。
あぁ、ファビウス翁はグラスコーみたいなやつ好きなんだろうな。
「もちろん、わしらだって指をくわえてみてるだけになるつもりもないわ。世の中何でも根回しというのは大切という話だ。」
笑顔なのには変わりはないが、どことなくぞくっとするような雰囲気になった。
このおじいちゃん田舎領主と名乗ってるけど、絶対そんな小さい器じゃない気がする。
いやだ。
巻き込まれたくない。
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