1-25 長所を聞かれて困らなかったのは初めてだ。
「そろそろ俺の方から聞いても良いか?」
聞きたいことは他にもあるが、こっちばっかり質問するのは失礼だよな。
「どうぞ。」
俺は頷いて、グラスコーの質問に応じる。
「まず、話しやすいところから聞いていくぞ?お前は馬の世話はできるか?」
まずは馬かよ。
いやまあ確かに運搬手段としては主流みたいだし、世話できるかどうかってのは重要だよな。
「呪文のおかげで大分楽をさせて貰ってるけど、世話は教えて貰ったよ。
それと、乗る方は駈足ができるようになったくらいだな。
全力疾走は、まだまだ訓練がいる感じかな?」
どうせ馬関連のことは、色々聞かれるだろうから俺が分かる範囲では話しておこう。
「騎乗もできるのか。まあ、馬関係はそれでいいとして、字かけるか?」
「ある程度は書ける……
元の世界の字ならそれなりにかけるんだけど、こっちの文字を習ったばかりだから、ちゃんと書こうとするのは難しいかな。」
グラスコーの眉がぴくりと跳ね上がる。
なんだ、暗号にでも使えると思ったのか?
でも、他にも来訪者がいるんだとするなら、日本語知ってる奴がいるかもしれないし、場合に寄れば言語学者がいて、それに読み解かれる可能性だってあると思うんだけどね。
「言っておくけど、あんまり字は上手くないぞ?」
正直、俺は字を書くことが苦手だ。
教えてくれたご婦人方も苦笑いするくらい字が汚いらしい。
読めないって程じゃないらしいが、ちゃんとした文書に使うには適さないだろう。
そういえば、ローフォンが身代金要求に書いた手紙って言うのを見せて貰ったが、結構綺麗だった。
見た目豪快そうな風体の癖しやがって、教養あるんだよな。
思考は完全に蛮族だけど……
「なるほどな。まあ、読めるように書けるなら十分だ。」
まあ、事務を期待されても困る。
王国の教育水準とかは知らないが、金を出しても計算や筆記ができる人間が見つからないなんて事はないだろう。
まあ、おまけとして、どれくらいできるかは知りたいんだろうな。
「計算は……いや、まどろっこしいのはやめだ……」
さらに一般的な教養を探るのに飽きたのか、グラスコーは頭を振った。
「お前、俺に売り込みたい特殊能力があるんだろ?」
ようやく本題に踏み込んできた。
「まあ、あんたが俺を信用するかどうかで価値は変わるかもしれないけど……」
とりあえず前置きしておこう。
使えないって激高されても困るしな。
「勿体ぶるなよ。」
ちょっとせかさないでくれ。
上手いこと説明できるように考えてるだから。
「まあ、端的に言ってしまえば、ホールディングバッグあるよな?」
とりあえず、持っている物をたとえに使うのが分かりやすいよな。
あれ一つで500ポンド、グラム単位で考えるなら226キロくらいだったかな?
「あんたの持ってるホールディングバックに入るのが1つ、500ポンドだったっけ?
えーっと、それのそれの8倍? それくらいの荷物を俺は隠し持つことができる。」
あれ?9倍かな?
こう言うときとっさに暗算できないんだよなぁ………
まあ別にざっくりとで良いんだし、厳密にどれくらいって言う必要もない。
何かの拍子に俺の能力の詳細を知られて多少食い違いが出たところで、間違えてたって言えば済む話しだしな。
「隠し持てる? いや、ホールディングバッグの8倍だと?」
いまいち理解しにくいらしいので、俺は”収納”の能力についてあらかた説明をした。
何も持たずとも2tの荷物を隠し持って、重量の負荷がかからないこと。
取り出しも一瞬でできること。
時間経過しないこと。
ただ、重量無制限で何でも一つなぎなぎのものであれば収納できる能力については伏せた。
実験してみたら袋の中に何か詰めた状態なら、中身を保持して収納できたからだ。
さすがに、これはやばいだろうしな。
俺はまだグラスコーのことを完全に信用したわけじゃない。
「時間経過しないだと? じゃあ、食べ物も腐らせずに保存できるって事か?」
頭の中で、色々と計算を巡らせているようだ。
まあ、素人考えでも山奥でしか作られないすぐ腐る果実なんかを高値で売るとか考えつくもんな。
商人なら目を付けないわけがない。
「なるほどな……確かにお前を信用するかどうかで価値は変わるな……」
グラスコーが難しい顔になる。
そうだよな。
まず、本当に俺の説明通りの能力かどうか分からない。
その上で、俺が荷物を持ち逃げしないとも限らない。
「一つ試したいことがあるんだが、良いか?」
そりゃ、試験もあるだろうな。
本当に保存できるかどうかは気になるところだろう。
グラスコーはベルトポーチの中から、でかい桃をとりだした。
それは、紙袋に何重にも包まれて潰れた様子もない。
俺は思わず、ベルトポーチを”鑑定”してしまった。
どうやら、そのベルトポーチもホールディングバッグと同じ機能があるらしい。
入れられる重量は50ポンドもないが、貴重品をしまうには良いかもしれないな。
グラスコーの差し出す桃を俺は受け取る。
冷たさを感じるって事は、氷も一緒に積めてるのかな?
ポーチには時間停止の能力についての記載はなかったしな。
「これを保存しておくのが試験か?」
確かに分かりやすい試験方法だ。
桃は腐りやすくて、保存が難しい果実だ。
氷で冷やしていても、すぐに傷む。
かといって、冷凍すると食感が酷くなり加工品にしか使用できない。
「とりあえず、すぐに売りさばく予定だったが、俺の本拠地に着くまで持ってて貰う。
それが試験だな。
あぁ、お前を雇うかどうかとは、別の話だ。」
とりあえず、俺は桃をしまう。
グラスコーの口ぶりからすれば、採用の内定はもらえたみたいだな。
「荷物を半分渡すが、それを本当に持ち運べるなら即採用だな。」
にやりとグラスコーが笑う。
「いや、まだ別に従業員になるって言ってないんだけど?……」
まあ、どのみち街には行きたいしグラスコーの試験には付き合うが、別に働き口は行商人ばかりでもないだろう。
気軽に俺の能力を話すわけにもいかないが、探そうと思えば何とかなる……よな?……
「じゃあ、お前が収納して、空きができたホールディングバッグをやるって言うのはどうだ?」
グラスコーの提案に俺はびっくりした。
契約金1000万円だと?
あまりの額に俺は動揺を隠せない。
いや、俺の能力を考えればおかしな金額じゃない。
はずだ。
多分。
きっと………
「一つは、その場で渡してやる。
んで、俺の本拠地に着いたら、就業意志の確認を行おう。
ギルドに従業員として登録したら、もう一つを渡す。」
登録されたら、多分おいそれとは逃げ出せないんだろうな。
まあ、そのくらいの保険なら文句はない。
と言うか、500万円はとられる覚悟は必要だ。
条件としては、破格だろうな。
あ……いや待て……
ホールディングバッグは確かに高いが、他は一切なしじゃ困るぞ。
これだけでずーっとただ働きとかは勘弁して欲しい。
「んで、給料は?」
グラスコーは、眉を上げやがった。
「そうだな、前金としてはそれなりに渡すんだ。
週で銀貨20枚、休みについては適宜相談でどうだ?」
給金って言うのは銀貨単位なんだな。
しかし、月4週と考えると8万円くらい。
これが、この世界だとどういう水準になるのか、さっぱり分からない。
それに休みについても確認しないとな。
「まさか旅の最中はずっと休みみたいなもんだから給金なしとか言わないよな?」
俺の言葉にグラスコーは苦笑した。
まあさすがにないか。
「そういう奴もいるらしいが、お前の能力を考えれば仕事の範囲だ。当然支払うさ。」
つまり、仕事の範疇じゃなきゃ払わないって事ね。
まあ、労働基準法なんか無い世界なんだから、そこら辺は雇用主の裁量範囲だよな。
「しかし、そうなるとあんたの荷物を預かっている間は、俺は休むことなんかできないと思うんだが?」
まあ、だからって休みの度に荷物を置いていくって言うのも面倒だよな。
グラスコーはどう考えるだろうか?
「そこは勘弁してくれ。俺の都合で働いてもらえない時は休み扱いで良くないか?」
まあ、妥当だよな。
そこは、まあ納得がいく。
「じゃあ、その上で聞くが週に銀貨20枚って言うのは妥当な金額なのか?
普通の職人の給料がどのくらいなんだよ。」
ここを隠し立てされたら、この場じゃ確かめようもない話だけど後々判断はできるからな。
「そうだな。まあ、一人前でも銀貨10枚くらいなもんじゃないか?
半人前の見習いなら、衣食住は親方持ちになるから給金なんか無いけどな。
せいぜい小遣いで月に銀貨1,2枚。
年末に帰省するための路銀として銀貨10枚くらいなもんだ。
人頭税なんかも親方持ちだから、見習いのままでいたいとか言うやつもいるらしいが……
そんなもん奴隷と何が違うんだか。」
一人前で月給4万円か……
それで生活できるのか? いや、生活できるから、その給金なんだろうけど……
「そんなんじゃ、みんな働かないんじゃないか?」
俺の言葉にグラスコーは頷く。
「真面目に働く奴は少ないな。一攫千金狙って傭兵やる奴や徒党を組んで遺跡荒らしをする奴とかが出てきてる。」
やっぱり冒険者みたいな存在はいるんだな。
「命がけになるから、儲かると思ってる奴も多いみたいだが、スカベンジャーが儲かるはずもない。
だから大抵は遺跡の中で死ぬか、街の中でのたれ死にするかのどっちかだな。」
俺は思いっきり顔をしかめた。
成功例はないって事なんだろうか?
「まあ、上手くやってる連中がいないわけでもない。
ギルドも斡旋しているが護衛の依頼って言うのは結構あるし、金額も悪くない。
腕っ節に自信がある奴はそれなりに儲かる。
他にも領内の兵力じゃこなせないような討伐なんかも儲かるらしいな。
こっちは危険度が高い分、より儲かる。
討伐依頼をこなしている連中は、信用もあるから護衛の仕事も入りやすいしな。
化け物が根城にしてしまった遺跡を攻略するって言うのも美味しいらしいが……
どっちにしろ、半端な腕じゃ食い殺されるか、大けがしてのたれ死ぬのが落ちだ。」
成功例を聞いても、やっぱり割に合わない仕事な気がする。
半端な腕って言うのがどの程度かは分からないけど、グラスコーの顔を見る限り気軽に始められる事じゃなさそうだ。
「まあ、そういう命がけのスカベンジャーどもがいるから、遺跡の中で貴重なマジックアイテムが出てきたりするんだ。
馬鹿にしたもんでもないな。
掘り出した物は国の物だっていう貴族も多いが、さすがにそうすると占拠された遺跡の攻略に兵士を使わなきゃいけなくなる。
それは避けたいから、おおっぴらに違法にはできないだろうよ。」
つまり、支配している貴族によったら難癖付けられて掘り出してきた物を奪われる可能性があるってことだよな。
リスクばっかりだ。
「どうせ高い税金とかとられるんだろう?」
掘り出すのを禁じるより、出てきた物を買いたたく方が効率は良いもんな。
まあ、どの程度かにもよるけども……
「昔はそうだったが、今の流行は許可証だな。
化け物に根城にされている遺跡が結構でかいケースが多くてな。
周囲を固めて、管理する領主が増えたんだ。
だから、進入するのも割と大変になってきてる。
んで、管理している領主が、その遺跡を漁るための許可証を発行するわけだ。
これなら、中でのたれ死んでも領主に損はない。
まあ、儲けも少ないが……
命がけで持ち帰った物を取り上げるよりは、ずいぶんと穏当な処置だしな。
周辺警備の費用って言っておけば、とられる方も納得しやすい。
出口まで戻れば兵士が常駐しているから助かる可能性も高いしな。」
なるほど、入場料を取るスタイルか。
前払いなら、結果として損をしても仕方ないって思えるもんだよな。
上手いやり方だ。
でもマジックアイテムって言うのは、そういう遺跡漁りでしか手に入らないんだろうか?
と言うか、なんで遺跡にマジックアイテムがあるんだ?
「マジックアイテムって言うのは遺跡に眠っているみたいだが、遺跡にしかないようなものなのか?
それなら、命をかけて遺跡を荒らすのも分かるんだけど……」
「なんだお前もスカベンジャーやるつもりだったのか?」
スカベンジャーね。
とりあえず、この世界じゃスカベンジャー、ゴミ漁りみたいな蔑称が冒険者みたいな存在を指す言葉みたいだな。
「さんざん話しているが、割には合わないぞ?
一発で2万ダールや3万ダール稼いだりできるときもあるが、大半はオケラで帰ってくるし、許可証は1日で銀貨10枚もとられる。
しかも一人一人所持してなきゃいけない。
1000万ダールの大物が出たって噂も聞いたことがあるが、どうせ領主のガセネタだろう。」
お前、実はスカベンジャーやりたいんだろう。
誰もそんなこと聞いてないっての……
「スカベンジャーのことは別にどうでもいいよ。
俺が腕に覚えがあるように見えるのか?
関わるとしても買い取りの時くらいなもんだろ。
それよりマジックアイテムってのは遺跡以外じゃ手に入らないのか?」
なんでそれで落ち込むグラスコー。
「あ、いや、すまんな。
マジックアイテムは、作ろうと思えば作れる。
結構手間暇がかかって、作れるような魔術師は多くないがな。
昔は、割と手軽に作れてたって伝承が残っているが、遺跡でよく見つかることから考えて真実なんだろう。
でも何故か魔物が根城にしている場合が多くてな。
なかなか発掘が進まないのが現状だ。
遺跡の守護者って言う学者もいるが、まだ証拠は見つかってない。
明らかに、つい最近根城にし始めた化け物とかもいたりするしな。」
つまり、マジックアイテムも属人的な技術に頼る製品って事なんだな。
丁度、ヨハンナが作る煎じ薬と一緒なのか……
でももしかすると、失伝しているが工業的にマジックアイテムを量産する方法があるかもしれない。
うーん、そうなると価格は暴落する可能性もあるよなぁ……
銃を作れる技術はあるみたいだし、マジックアイテムの価値が下がる可能性も少なくはない。
俺の能力だっていつまでも優位を保ってられない可能性だってあるよな。
2tくらいの荷物が運べるのは確かに凄いけど、トラックが走るようになったらさすがにね。
”売買”の能力だって工業化が進んでいけば優位性は失われる。
もちろん、逆にこっちの製品が大幅に安く手にはいるなら、儲けを確保できる可能性もあるけど……
なんだよ全然チートじゃないじゃないか。




