1-24 面接は嫌いなんだよな。
俺は何となく、仕事の面接を受ける時みたいな嫌な気分になる。
今回はむしろ俺に有利な条件は多いし、自分から売り込みに行くわけだから面接とは全然違う。
違うけど、気が重いことには代わりがない。
エントリーシートとか書いたこともないが、職務経歴書も履歴書も書かない面接って初めてだな。
と言うか、よくよく考えてみると俺まともな面接なんか受けたこと無かったなぁ。
アルバイトの面接や派遣先への面談という名の面接とかだったり。
こう、まともな社会経験がないのが露呈するようで、さらに落ち込む。
まあ、あれだ。
嘘をつかなくて良いし、面接官に気を使わなくても良いってだけでもマシだよな。
ともかく、売り込み相手のグラスコーが落ち着くまでじっと待つ。
緊張感で時間が経つのが遅いなぁ……
考えてみれば、ハンス達に拾われて結構な時間が過ぎてるけど、娯楽もなしに良くも飽きずに生活できたもんだ。
案外、意志力の数値もでたらめじゃなく俺の根気を底上げしてくれてるのかな?
しかし、長い。
日が沈むまで騒がしい商談が続いて、グラスコーが開放されるのは夕飯の煙が上がるころになってからだった。
まあ、途中で酒とか飲んでたし、疲れたなんて言わせねえよグラスコー。
と思ってたら、千鳥足でこっちに向かってきた。
「おい、小僧。とりあえず、こっちに来い。」
顔が真っ赤でぐでんぐでんだな。
大丈夫かこいつ。
どこに向かうのかと思ったら、水場近くまで連れて行かれた。
まあ、人気はないから良いか。
と、思った瞬間、近くにあった草場でゲーゲー吐き始めやがった。
汚ねえなぁ、もう……
「おい、おっさん平気かよ。」
仕方がないので、水袋を差し出してやる。
「誰がおっさんだ。俺はまだ30だぞ!!」
30か、おっさんじゃねえか。
40までは中年じゃないとか言うかもしれないが20代ならともかく、30代は充分おっさんだよ。
そもそも聞いた話じゃ50歳行けばおじいちゃんなんだろ?
じゃあ、充分おっさんだ。
まあ、そういう意味で言えば俺もおっさんなわけだが、おっさんがおっさんと言っていけない道理はない。
あ、でも俺見た目は20代になってるんだよな。
肉体的に若返ったのに、精神的には日本にいた時の延長線上だから時々感覚が狂う。
まあ今を20歳と基準にして、年齢を名乗った方が良いかな。
しかし、吐いた物の臭いが立ちこめて気分が悪い。
俺は、草場に水をまいた。
いくらかマシだよな、多分。
「お前呪文使えるんだな。」
意識が混濁してるわけじゃないみたいだな。
ちゃんとこっちを観察している。
「いくつかな。水を操るのと、温度を操作できる。あと動物になついて貰う呪文くらいだけど、役に立つだろ?」
まあ、これで魔術師を名乗るつもりはないが……
どういう評価になるのかは気になる。
「便利な呪文だが……
そんなもん、魔術師に弟子入りすりゃ誰でも習う。
というか、雑用任される小僧でも最初に習う小魔法って所だな。」
なるほど、街にはやっぱり魔術師はいるんだな。
それも結構多いのかな?
「お前がいっぱしの魔術師を名乗りたいなら、師匠を紹介して遣ってもいい。
出世払いで良いが、金貨10枚でどうだ?」
紹介料が10万円か。
高いととるか安いととるか……
分からん。
比較対象がないから何とも言えない。
現実では、魔法を教えてくれる所なんか無いからな。
特別な技術を教えてくれる学校を参考にしようにも、普通はそういう所に支払うのは授業料だ。
紹介料を取られる学校なんて聞いたことがない。
その師匠とやらも、金を要求してくるとしたら馬鹿にならん出費だろうしな。
魔術師を目指すのは、とりあえず今じゃないだろう。
「今は良いよ。後で金に余裕が出てきたら考えさせてくれ。」
俺の言葉にグラスコーの目が細くなる。
「じゃあ、なんだ?俺の元で働きたいのか?」
またストレートに聞いてきたもんだな。
いや、まだるっこしいのよりは全然良いんだが……
「お前が俺を呼んだんだろ? まず、そっちの話をしろよ。」
とりあえず、返答ははぐらかそう。
商人になりたいですなんて言っても、足下見られそうだしな。
「やっかいな野郎だな。ハンスの所の荷物を分類したのはお前だろ?」
まあ、否定する必要もないから俺は頷いた。
「蛮族としちゃ、学もありそうだし面倒を見て遣っても良いぞ?」
あぁ、こういう見下した態度が基本だから護衛は揉め事を起こしたんだろうな。
おそらくグラスコーはまだマシな方なんじゃないだろうか?
「面倒を見てやっても良いってなんだよ。お前の方こそ俺みたいな存在がいて欲しいんじゃないか?」
あー、面接なんかより楽だなぁ。
けんか腰で良いなんて初めてだわ。
「馬鹿言え。お前、どうせハンスに拾われただけの能足りんだろうが……
武器が扱えるようにもみえんし、ここの連中に完全に信用されてるようにもみえねえぞ?」
ふふん、能足りんではない。
確かに、武器も扱えないし信用も足りないかもしれない。
だけど能足りんでもないしアピールできる点が、ないわけじゃない。
「能足りんかどうかは、おいおい判断して貰うとして……
少なくとも、あんたが連れている護衛なんかよりは信用を得られると思うけどね。
少なくとも今日いたキャラバンの人間とは揉め事は起こさない。」
俺の言葉に苦虫をかみつぶしたような顔をしてる。
「そりゃお前蛮族だものな。
蛮族は蛮族同士で仲良くできるだろうさ。
だが、世界は蛮族のものじゃない。
街に出て何かするつもりなら、誰かの手を借りなきゃいけないはずだぞ?」
蛮族蛮族連呼されてちょっとむかついたが、言わんとすることも分かる。
俺は、この世界のことを何も知らない。
そして、この世界のことを知りたいと思ってる。
俺は思わず黙ってしまう。
「まあ、ずいぶんと自信があるみたいだからな。
丁稚みたいな扱いじゃなく、ちゃんと従業員として雇ってやるよ。
まずはお前ができることを話してみろ。」
弱みを見せると踏み込んでくるな。
俺がぎゅっと目を閉じる。
確かに俺は口べただし、色々言われて即座に反論できるくらい機転が利くわけでもない。
だけど、ここで妥協しちゃ駄目だよな。
分かりやすい強みがこっちにはあるんだ。
まぶたを開けて、グラスコーの目を見る。
「ちょっと待ってくれ。俺とあんたは現時点じゃ対等な立場のはずだ。」
グラスコーの目が鋭くなる。
怒ってるわけじゃないんだけど、俺は内心凄くびびっている。
「対等? 対等ね。本気でそんなことを思ってるのか?」
さらに続く言葉に俺は、心をかき乱され、考えることを放棄したくなる。
何も言えなくなりそうだ。
「言っておくが、こんな何もない土地での取引なんぞ、小遣いにもならん。
お前が言った程度のことは、俺にとって取るに足らん事なんだぞ?
それでも対等か?」
予想していた言葉が出てきて、俺は内心ほっとする。
良かった、これで全く分からない内容で攻め寄せられてたら、思考停止続行だった。
「それでも対等だ。そもそも俺はあんたを知らない。あんただって俺のことを知らないだろう?」
グラスコーは、どことなく楽しそうな笑みを浮かべた。
俺が秘密の暴露をすることがそんなに嬉しいか?
まあ、いいや。
どのみち何もかもを秘密にしてたら交渉もへったくれもない。
でも……
「とりあえず、俺の質問に答えてくれ。」
疑問に思うことがいっぱいある。
日本での面接じゃ、こんな事無かった。
正直な話、面接官に質問したところで知りたいことが分かることなんかほとんど無かったし、質問して良いのかどうかさえ分からないことがいっぱいあった。
だって、相手の面接官は現場の人間じゃない。
人間関係の機微や実際の仕事の進め方どころか、実際の勤務時間や就労内容さえ知らない人間だっていた。
だから、俺が知りたかったのは時給や給料のことくらいだ。
後は、相手から質問されたことの派生でしか質問なんかしたことはない。
だが、俺の目の前にいる奴は違う。
こいつは、俺の知りたいことを知ってる。
今回だけじゃ、おそらく足らないくらいの知識を持っている。
「何でもべらべらしゃべると思ってんのか?」
ちょっとたじろぐようにグラスコーは身を引いた。
「もちろん、こっちだって言えないことはあるし、分からないことだってあるよ。
だから対等だっていってんだろ。」
グラスコーの視線はさまよっている。
意外と分かりやすいな。
「分かったよ。じゃあ、まず俺から話す。
俺は、この世界の人間じゃない。来訪者だ。」
そりゃ何も知らない相手に質問するから応えろって言われても困るよな。
見る間にグラスコーの態度が納得したように落ち着いていく。
「なるほどな。つまり、俺から世間の情報を聞き出したい訳か……」
出せる材料が大きければ大きいほど、余裕は生まれる。
そりゃ、誰だってそうだよな。
「大まかに言えば、そうだけど。
まず、そもそもなんであんたは、こんな僻地に商売しに来たんだ?
高価なマジックアイテムをたくさん揃えた商人がやるような……」
高価そうなマジックアイテムの時点で、グラスコーが困惑している。
「その水差しとか、金貨900枚はするだろ?」
グラスコーの目がぎょっと見開かれた。
あ、これ言っちゃ不味い奴だったかな?
「目利きができるとは思っていたが、まさか値段を言われるとは思ってなかったぜ。
まあ、もっともこれは借金の形に買いたたいたもんだがね。」
つまり、金貨900枚で買ったわけじゃないって事か。
でも資産持ちだって言うのは変わりないよな。
「で、俺がなんこんな僻地で商売するかだったな。
単純に説明すれば、抜け道だからだ。
王国は、国境はともかく国内は比較的街道が整備されていてな。
整備されていると言うことは金がかかるって言うことだ。」
つまり、それらの街道を利用せずに遠隔地へ行く為の通り道って事……
なのかな?
「まあ、想像がつくかもしれんが、王国の外縁で商売をするなら蛮地を通り抜けた方が安い。
だけど当然街道じゃないから道は整備されてないし、山賊どもに襲われても文句も言えない。」
だから、ついでにそこに住んでる住人を懐柔するためにも商売をしているって事か。
納得できる理由だな。
「まあ、危険は山賊ばっかりじゃないがな……」
やっぱりモンスターとかもいるんだろうか?
一応聞いてみよう。
「狼とか、野犬の類のことか?」
グラスコーは首を横に振った。
「その程度なら、銃をぶっ放せばおい散らせる。」
銃、あるんだな。
でも、荷物の中にはなかった気がするんだけど。
「酷いのだとワイバーンや馬鹿でかいワームなんていうのもいるし、バーゲストや牛みたいな大きさの狼なんかもいたりな。」
やっぱり、そういう化け物がいるんだな。
だとするなら魔法の槍、欲しいなぁ……
「まあ、そいつらも逃げれば何とかなるから良いが、オーガやトロルみたいに頭の回る奴が来るよりかはマシだな。
あいつら、俺たちのことを餌程度にしか考えないが、執拗だし隙をうかがってくる。
諦めたと思って油断してたら、日を置いて襲撃してくるなんて事もあるしな。」
しみじみ言った後、グラスコーは震え上がった。
なんだかな。
しかし、俺はそういった化け物と出会ったことがない。
テリーやロイド達の偵察能力が高いからか、ハンスの進路決定が的確だったのか……
単に運が良かっただけなのかもしれない。
まあ、いずれにせよハンス達には感謝してもしきれないな。
俺だけだったら、オーガに頭から丸かじりされててもおかしくない。
「そんなに危険を冒してまで独自の交易路ってのは重要なのか?」
俺の質問にグラスコーは、悩んだようにうつむき顎に手をやる。
「難しい質問だな。国内での商売だけだったら、おそらく街道を使うだけで十分だし、海外との交易だって海路を使えばいい。
わざわざ、蛮地に足を踏み込む理由はあまりないかもしれないな。」
なんか、前提を思いっきりひっくり返された気がした。
安全に商売ができるなら、なんでお前はここにいる。
「でもな。時には驚くようなお宝を持ってる奴だっていたりするし、あるいは古代の遺跡だってあるかもしれない。
そういう情報だって金になるんだぞ?」
冒険家気質か。
こいつ、商売に向いてないんじゃないか?
「ギルドじゃ、そんなことを推奨してるのか?」
俺は呆れたように言ってみた。
「いや、保守的な考えを持つ奴ばっかりだ。
危険がない商売で細く長くって考え方が主流だな。
まあでも、行商人には割が合わないのも確かだ。」
つまり、既得権益ががっちり固められていて新規参入者には危険を冒さなければ、目がないって事なのかね。
「あぁ、そうだ。ギルドって通商ギルドって事でいいんだよな?」
これで通じるだろうか?
ギルドとしか言ってないから、他に組織がないって事もあり得るかもしれないから、確認は必要だよな。
「あぁ、職能ギルドとは違うな。商人の集まりのことを指してる。
と言っても、鍛冶屋や木工職人のギルドなんて、その街ごとに組織されてたり、されてなかったりだ。
普通にギルドって言えば、この辺りならネストホルン商会を中心とした商人同盟の事を指すのが普通だな。」
ネストホルンねぇ、山の方の地名か?
スイスの山っぽい名前だな。
「ネストホルンって言うのは地名なのか?」
一応確認とっておこう。
「いや、家名だな。もしかしたら地名だったのかもしれんが……」
つまり、ネストホルンさんの営む商会を中心とした商人の集まり。
ただし、超有名って事だろうな。
ギルドっていえば、その同盟だって事になるくらいなんだし。
しかし、気になるのはギルドのメリットとデメリットだよな。
ギルドに加盟してないと、商売できませんとか言われたら困る。
「ちなみに、ギルドに参加しない商人はどうなるんだ?」
グラスコーは眉をひそめた。
「商売できんって事はないだろうが、あまりおすすめはしないな。
王国の法にギルドに参加しない物は商売を認めないってのはない。
でも、わざわざ伯爵に列せられるほどの商会を敵に回す馬鹿はいねえよ。」
ぬお! ネストホルンさんのお家は、伯爵だったのか。
「まあ、無理矢理僻地を押しつけられて困ってるみたいだが、それでも力は絶大だぞ?
独立して商売をしたいと思ったとしても、ギルドにだけは参加しておいた方が良い。
見たところ腕っ節は、大したことはなさそうだから傭兵を雇う伝手も欲しいだろう?
そういう面倒や商売に関わる情報も提供してくれる。
マジックアイテムの競売なんかも手がけてくれてるんだ。
多少、年会費が高かろうと十分な見返りはあると思うべきだな。」
護衛の斡旋に情報提供をしてくれるのか……
そりゃ、確かに参加しておいた方が良いかもな。
「ちなみに年会費っていくらになるんだ?」
「……年に金貨1枚は最低限必要だ。まあ、登録費みたいなもんだな。
それと、純利益の二割だ。」
法人税並みかよ。
高いなぁ……
「その上で税金とかとられたら、たまったもんじゃないな。」
俺の言ったことにグラスコーは首をかしげた。
「いや、俺たち商人には税金はかからんぞ?
一応、人頭税は領主からかけられるかもしれないが、納税時期に旅の空ならすっとぼけられるしな。」
今度は逆に俺が顔をしかめてしまった。
なんだ、その税制。
いや、まあギルドの年会費が税金と考えれば妥当なのか?
それもおかしいか。
国に年会費がわたらなきゃギルドだけが儲かって、国の運営ができなくなる。
「ギルドは、国から税金を取られてるのか?」
グラスコーが面白そうに頬をゆるめた。
「よく分かったな? 前王がギルドの儲けに目を付けてな。
街道の大半は、ギルドの金で作られたんだ。その功績でネストホルンは伯爵になった。
まあ、貰った領地は広いばっかりで大してうま味のないところだったらしいけどな。」
なるほど、貴族になっても良いことばっかりじゃないんだな。
「あー、そういう意味で家名と言ったが、地名にもなったんだな。
領地の地名が別にあったんだが、ネストホルンに改名された。
だから、ネストホルン伯って呼ぶように領民に命令したらしいが……
大人げないよな。」
なんだろう。
なんだかんだでギルドには思うところがあるんだろうか?
まあ、突っ込むのはよそう。
「しかし、純利益って事は帳簿を付けてるんだな。」
何を当たり前のことを、と言う顔をされてしまった。
まあ、そりゃそうだよね。
でも、俺簿記とか知らないんだよ。
できれば勉強させて貰いたいな。




