1-17 やっぱり山羊はきつい。
「おはよう……」
不意に声をかけられ俺はびっくりした。
起きてきたテリーが声をかけてきたけど、その瞬間まで全く気づかなかった。
俺が鈍いのか、テリーの隠密技術が凄いのか……
両方かもしれないけど、とりあえず焦った。
「お、おう。おはよう。」
完全に挙動不審者だな。
若干テリーの視線が冷たい気がする。
「ヒロシ、お姉ちゃん泣かせないでよ。」
たき火にあたりながら言うテリーの台詞に、困惑する。
「え?俺、ミリーをいじめたりしてないぞ?」
どうやらとんちんかんな答えだったみたいでテリーの視線がさらにきつくなる。
もしかして、キャラバンを去る話のことなんだろうか?
「あー、えっと、頃合いが来たら俺がキャラバンを離れる話か?」
確認も含めて聞いてみた。
「それもあるけどさ。ヒロシ無理してない?」
なるほど、俺が倒れた理由をキャラバンのために無理をしているって解釈なのか……
単に俺が、間抜けなだけだったんだけなんだけどね。
「ヒロシ、結構気を使ってるみたいだけど、みんな無理して貰って喜んだりしないよ。」
今日はやけに雄弁だな。
いや、まあ双子の姉のことだもんな。
その姉に負担をかける奴には一言、もの申したい気持ちは分かる。
「いや、ごめん。倒れたのは別に無理をしてたんじゃないんだ。」
まあ、誤解させた俺が悪い。
ちゃんと説明しよう。
「俺も、能力のことを全部把握してるわけじゃなくってな。
できることやできないことがあやふやで、色々と試してるところなんだ。
で、昨日は慣れないことを作業しながらやっちゃって……
まあ、事故みたいなもんなんだ。
心配かけてごめん。」
俺は頭を下げた。
まあ、テリーが俺を心配してるわけでもないだろうけど、俺が原因だしな。
「別に怒ってたわけじゃないけど……
悪いと思うならみんなに内緒で美味しい物を出してよ。」
無表情でしれっと要求してきやがった。
まあ、いいか。
「分かったよ。でもすぐには届かないから今度な?」
こう言うとき即座に届かないのはもどかしい。
「まあ、期待しないで待ってるよ。」
にやりと笑いやがった。
なんだかなぁ……
まあいいや、とりあえず適当に見繕おう。
それとメジャーだな。
大きさが分からないと靴や服なんかも買えやしない。
あ、その前に、テリーの好みを聞いておかないと。
基本、俺は味音痴だ。
他人の好みに合わせるにはちゃんと意見を聞かないとな。
まあ、オオカミ肉や山羊肉は嫌いそうで、ポリッジは好きとかって言うところは俺と同じかもしれないが……
もしかしたらベジタリアンみたいな嗜好なのかもしれない。
「ちなみにテリーが一番好きな物はなんなんだ?」
まあ、こう聞いておけば、それにあった物を選べば大抵外れない。
例外として天の邪鬼な人だったり、本当に好みが微妙な人だと外すときはあるけどね。
「臭くない物だったら何でも……」
あ、もう一つの例外が来た。
こういう何でもいいよって言う返答をされると困る。
好きな物聞いてるんだから、嫌いな物以外っていう言い方はやめて欲しい。
遠慮のつもりなのかもしれないが、購入する方は何を買えばいいか分からなくなる。
昔、友達にさんざんそれをやられて、よく喧嘩したなぁ……
でもどう対処したものかね。
「いや、嫌いな物じゃなくて好きな物を……」
こう言うと、いっつも否定からはいるとか言われるんだよなぁ……
どうしろってんだ。
「わからないよ。ポリッジは嫌いじゃないけど、嫌いじゃない程度だし……あー……」
テリーは何かを思い出すように腕を組み、顎に手を当てる。
「昔、ヨハンナが小麦を手に入れたときに作ってくれた、クッキーかな……あれが食べたい……」
クッキーか……
でも、そうか、好みを語れるほどの余裕なんか無かったんだな。
それで出てきたのがクッキーというなら、甘い物が良いのかもしれない。
「分かった。ちょっと探してみるよ……」
俺が苦笑いをして答えると、テリーは首を横に振った。
「いいよ。さっきもいったけど、期待してないから……」
双子だけに、姉と同じ反応するなぁ……
だけど、男にこういう態度とられるとむかつく。
「いってろ、目に物見せてくれる……」
俺はちょっと大人げないことを言いつつ若干引きつり気味の笑顔で返してやった。
「じゃあ、僕が美味しいって言ったらヒロシの家来になってやるよ……」
やれるものならやってみろとばかりに鼻を鳴らしやがった。
しかし家来か……
家来ねぇ……
「まあ、考えておくよ。」
俺にはそう答えるので精一杯だ。
家来が、どういう意味なのかが分からない。
本来の意味での主人と家来の関係なら俺は責任を負わなくちゃいけない。
でも現実的には、責任を負わない主人なんていっぱいいる。
逆に、主人に対して忠義を尽くさない家来だっていっぱいいる。
適度に利用し、利用される関係の事を指して、家来になってやるなんていったりするだろうか?
俺が欲しくて欲しくてたまらないものの事なんじゃないか?
でも、心のどこかでテリーにそうなって欲しくないなんて考えてるのは何でなんだろうな。
まあ、テリーにしてみればそこまで深く考えないで、何でも言うこと聞いてやるって程度の話なのかもしれないけれど……
あんまり真っ正面からは受け止められない言葉だよなぁ……
なんぞと、ぼーっと考えていたらみんながたき火に集まり始めていた。
とりあえず今はいったん考えるのは置いておこう。
考えておくとか言いつつ考えないのは日本人の口癖みたいなもんだ。
俺は悪くない。
食材を持ってきたり、顔を洗ったり、それぞれの仕事をしながらみんなが朝食の準備を始める。
ぎりぎりまで寝てて、電車の時間を気にしながら足早にコンビニでパンを買い求めてる生活と比べれば、とてものんびりしている。
それでも、まあ朝はなんだかせわしない。
用意された食材を見れば今日はどうやらポリッジらしい。
俺とテリーは露骨にほっとした表情をしてしまった。
「まあ、私のポリッジを気に入ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんと山羊も食べるんだよ……」
呆れたようにヨハンナに笑われてしまった。
でも、しょうがないって……
どう考えても臭み消しもなんにもない山羊肉はきつい。
せめて香辛料か何かを購入しようかな。




