作戦開始
ヴォラーベ洞窟に向かう途中、影花の郡中を風をきって疾走する伊勢の耳に、甲高い声が飛んできた。
「ちょ…ちょっと…ちょっと待ちなさいよ伊勢!」
「…?なぁーにぃー?」
後ろを振り返り呑気に答える伊勢に、顔面鬼の形相のエクラが若干、いや大分後方で叫ぶ。
「なーにじゃない!雛菊にみんなで協力しろって言われたでしょ!ひとりで突っ走らない!」
「おー。じゃあ早くついてきてねぇ」
「……はあ!?違うでしょうが!そっちがスピード落としなさいよぉぉっ!!」
エクラの怒号も伊勢には効果なし。
彼らのやりとりにエルが半目で呟いた。
「雛菊さんには従順なのに、その他の人には興味も示しませんのね、彼」
「あ、それいいね。僕もエルだけに忠誠を誓おうかな」
そう言うフェルドの言葉は、エルの綺麗な顔を歪ませる十分な理由になった。
「あなたの忠誠なんてこちらからお断りしますわ」
エクラとその後ろで走るエルとフェルドも置いてけぼりにキノコ頭の彼、改め伊勢は影花の間を器用に抜けていく。
「こっちの話も少しくらい聞いてよ毒キノコ…!」
どんなに足場の悪い所でも自由に走れる鹿のような足を持つくせに彼のあの耳は飾りかと、エクラが額に血管を浮かせる。
「こんの……雛菊バカがあああああああっ!!」
□■□
エクラの雄叫びが青空に消えてしばらく。
ヴォラーベ洞窟に伊勢、次いで激しく息切れするエクラと、その少しあとにエルとフェルドが無事到着した。
話には聞いていたが、チアーノ支部のふたりが想像していた以上に、洞窟の損傷は激しかった。
最早入口がどこにあったのかさえ、見当がつかない。
嫌な予感が二人の間によぎる。
影花と閉じられた空間に一人取り残されたというだけで命の保証は無い。
それなのにこの瓦礫の向こう側に…。
本当に…?
「あ、そだ。ぬいぐるみ…えっとぉ、確かここに…」
伊勢がこれから人命救助にあたるという誰でも緊迫するような空気を微塵も感じていないような顔と声で、袖口の中に入れた『ぬいぐるみ』を探す。
「あ。あったー」
尻尾を雑に掴まれ出てきたラムの顔は元々青いぬいぐるみだったが、さらに顔面蒼白、加えてなんとなくげっそりしているような…。
「…し…死ぬかと思った…」
「はいはーい。じゃあねぇ、ちゃちゃっとおねがいしまぁす」
かろうじて喉から出した声にならない声も鮮やかにスルーして、伊勢が瓦礫に向けてラムを放り投げようと振り回す。
「キキキサマァァ!これ!回すでない!さっきまでもキサマの袖の中で荒波に浮かんでいるような感覚だったのじゃぞ!ああっ、そんなに揺らしたら…わし…も…無理…うぷっ…」
おえぇ、と口からキラキラ加工必至のアレを出す前に、エルが無理矢理霊力解放の魔法陣を展開した。
「その様な醜態、契約者として許しませんわよ、ラム!解放!」
刹那、ラムの足元に浮かんだ魔法陣から冷気が氷粒を含んで吹き荒れる。
そしてそれはゆっくりと、ラムの本来の姿をつくり現していった。
それこそまさに、清き姿、力ある者に喚ばれこの世に召喚された精霊獣。
狼のような雄叫びひとつ。
荒れた土地に己の存在を示すように。
「…で、これからどうすればよろしくて?」
エルがラムのたてがみを指で梳いて問う。
「この洞窟が崩れないように、洞窟の外と中、同時に凍らせることって出来るの?」
問いに問いで返すエクラに対し、ラムは威厳のある姿も台無しに鼻を高くして答える。
「出来るぞ!お安い御用じゃ!」
「よし。じゃあその後…」
エクラの作戦はこうだ。
まずラムが凍らせた洞窟の、瓦礫で塞がれた入り口にフェルドの炎で穴を開け、エクラ達が通れるようにする。
「キミ、何でも燃やせる炎使いなんでしょ?」
「まあね。…でも僕の炎は一度着火すると火元になった物体が燃え尽きない限り僕でも消せないよ」
つまりヴォラーベ洞窟の入口に着火した場合、洞窟自体がすべて燃えるまで、フェルドの炎はきえないということだ。
そしてそうなれば、ヴォラーベ洞窟の中に巣食っている影花が放たれて街を襲いかねない。
それでは本末転倒、任務失敗だ。
見かねたラムが仕方がないと嘆息ひとつ、言った。
「世話のやける。わしが消火してやるわ」
さて、それが済んだら洞窟の中へ。
「今回の任務は、あたし達の隊長、シドの救出が第一目的よ」
ピッと人差し指を立てるエクラ。
シドを発見次第ヴォラーベ洞窟を離脱し、雛菊たちがこちらに来るまで待機するという。
無事合流が出来てから、全員でシドを庇いながら影花を殲滅、または撤退。
「影花の数が前よりも増えているみたいなの。だからとりあえず今日の目標は、シドの救出」
「影花退治は、明日以降でもおーけー」
と、伊勢の言葉を最後にひと通りの作戦を説明し終えて、エルとフェルド、そしてラムが頷き返すのを確認して、エクラは踵を返す。
「これより、シドの救出作戦を実行するよ!作戦開始!!」




