姉と妹①
大好きなんだ。
だからずっと守りたくて。
この手で、ずっと。
私が———
でも。
「気に入らないっ!なんで、なんで……っ」
(お前なんか他所者のくせに——っ!!)
何が足りない!?
自分とあいつの違いはなんだ!?
わからない。
わからないよ……!!
頭の中がぐちゃぐちゃで泣きそうだ。
着地も思うように出来ず、背中を地面に打ち付けたせいで全身の痛覚が刺激される。
痛い……。
痛い……。
「っ……」
哀しい——
———……
「無事かー?」
青空を背景に視界に入り込むフウマを、セレネは涙をこらえて睨む。
「うる、さい」
「ははっ。元気そうだ」
そう言うフウマが差し出した手を、だがセレネは八つ当たりするように払った。
「……」
悔しい。
悔しい——
「お前に聞きたいことあったんだけど……まぁそれは今度でいいや。また相手しろよ。まだ本気出してねぇだろ?お互いにさ」
銀色の髪を揺らして、フウマが館に戻っていく。
セレネはその背中を、地面に寝たままで見つめて、思う。
どうしてこんなにも余裕が無いんだろう——
自分が不器用過ぎて嫌になる。
あの約束だって、まだ果たせていない。
□■□
フウマとの喧嘩の傷を負った体で、セレネはミスラの部屋の前で立ち尽くしている。
さっきからドアノブに手をかけては、怖気づいて離すことを繰り返していた。
「……話、するって言った。約束、した…のに……」
『10年前のことも、お姉ちゃんが姿を消した理由も、全部わたしが原因なのだとしたら、わたしはわたしが何者なのかを知る必要があると思う』
わかってた。
ミスラはそういう子だもん。
『わたしが影花に襲われた後、言ったよね。たくさん話したいことがあるって』
私も、話さなきゃいけないと思ってた。
『わたしは思い出話をしようって言ったんじゃないよ。もちろんそれも話したいけど、でも……こういう真面目な話をちゃんとしようって、そう思って言ったんだよ……』
ん……。そうだね。
ちゃんとわかってるよ。
だからあの時言ったんだ。
『この任務が終わったら、ちゃんと話す。ふたりきりで』
でも……。
不安、だよ。こんな話をして、もしミスラが悲しんじゃったらどうしようって。また、離ればなれになっちゃったら、どうしようって。
「……っ…」
(おかしいな…)
身勝手に自分から距離を置いたくせに…。
もう会わないつもりでいたくせに。
今はそれが、何よりも怖い——
「………。や、ぱり…また、今度……」
ぼそぼそと呟いて自分の部屋に戻ろうと思った時。
ガチャリ、と、目の前でミスラの部屋のドアが開かれてしまった。
「あれ、お姉ちゃん?どうしたの?」
「あ……」
ドアの向こうからミスラが顔を出す。
立ち位置からして、もはや言い訳は出来ない。
ミスラに嘘もつきたくないし、そもそも自分の嘘はすぐわかってしまうらしいので却下だ。
腹をくくって言うしか……。
「あ、あの……あの、ね……」
「なんかお姉ちゃん怪我してない?」
「………んう……?」
セレネの腕を掴んで顔をしかめるミスラ。
「やっぱりー。こんなに切り傷つけて……何してたの?」
「……風に、ふかれてた……?」
「風?ああさっきの風凄かったよね。姿が見えないと思ったら外にいたの?」
「ん。…あ、あの……」
言いかけた言葉も届く前に、ミスラはセレネの腕を引いて行く。
「とりあえず部屋入って。血だけでも拭き取らないと」
「……ぅえぇぇ………」
あれぇ。
なんか想像してたのと違うぅ……。
□■□
カチ、カチ……と。
時計の秒針の時を刻む音が部屋を支配する、静寂。
消毒液を垂らしたガーゼに、セレネの血が滲む。
よく見れば腕だけじゃない、体のあちこちに小さな擦り傷や切り傷が付いていた。
「……」
巻き上げられた小石にでもやられたのだろうか。
だがこんなにも血が滲むほどに?
「……いたい…」
「もうちょっとだから」
傷口にガーゼが触れる度、セレネは小さく肩を揺らした。
「…なにか…あった……?」
「……。んーん。なに、も…」
「………そう」
それは嘘……?それとも「なにか」はあったがセレネにとっては何ともないこと、か。
セレネの嘘を見抜くことなど造作もない。
ならば後者……?
「はい、できた」
「……ん…」
赤く染まったガーゼを捨てて、救急箱をしまう。
セレネはその間も座ったベッドから動こうとはしなかったが。
でもどこか落ち着きのないような、そわそわしているような……。
「……」
(そういえば、さっきなにか言いかけてた…)
「……お姉ちゃん」
「ん…?」
呼べば振り向くし、目も合わせてくれる。
隣に座っても、肩にもたれても、彼女は逃げない。
もっとも、彼女に甘えて逃げられたことなど一度もないのだが。
「…なにか…あるの……?」
「……」
肩に触れた頬から、少しの動揺が伝わってくる。
「……ん…」
セレネの、こくんと小さく頷くその仕草に、ミスラの心臓はドクンと大きく脈打った。
「……約束、守りに…きた…よ」
まるで、セレネの鼓動にのまれるような、緊張が伝染していく感覚。
「……約束…?」
「ん。大事な話、するって、約束」




