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銀色の男⑤

「………」


ミスラは視線をフウマから足元に落とした。


「……10年前、突然家に黒い影が襲ってきたんです」


「………」


「わたしがそれを見たのはその時が初めてで、しばらく何が起こったのか分かりませんでした」


震える自分の体を抱きしめるように、膝を抱える腕に力を込めるミスラを、フウマは無言で見つめた。


「お母さんはずっとわたしに、『逃げて。こいつらはあなたを狙っているの』そう言ってて。お姉ちゃんは倒れたお父さんを必死に助けようとして、でもいくら呼び掛けても返事はなくて。それで、気が付いたら目の前でふたりが……」


それを聞いて、フウマは目を伏せて短く頷いた。


「……そうか」


「……」


表情に陰りを見せるミスラに、だがフウマは明るく笑った。


「じゃあオレと一緒だな!」


「え……?」


「オレも親がいねぇんだ。ていうより、多分最初からひとりだったんだ。ひとり路地に倒れてて、そこに先生が通りかかってオレを拾ってくれたんだ」


「……そう、なんだ」


「ああ。だからオレには両親のことは何一つ知らねえ。少しでも親と過ごした時間があるお前がちょっと羨ましいよ」


「……」


「大事にしな。悲しい思い出って一括りにすんじゃねぇよ。その何倍もいい事あっただろ?」


いいこと……。

そういえば、お母さんはいつも明るく笑ってた。お父さんに抱きしめられると、すっごくあったかくて、安心した。

何も無い日でも、みんながいるあの家が大好きだった。


幼い日々のこと。思いを馳せると溢れて、思い出が上書きされるようだった。


「……うん」


「別れが辛すぎて、そのことばかり考えちまうより、家族みんなで、どんなことをして笑ったのかを思い出せ。いつまでも哀しみにとらわれていたら、姉さんも心配するし」


「……っ…うん…。ありがとう」


ミスラが膝に埋めた顔を少しだけ動かしてそう言うと、フウマの手が頭に触れた。


「こっちこそ、聞かせてくれてありがとな。おかげで決心ついた」


そう言うなりフウマは立ち上がって、花屋の方へ行ってしまう。


「……?」


そして迷うこともなく一輪の花を持って戻ると、それをミスラに差し出して言った。


「オレの名前はフウマだ。これから、お前を護る騎士になってやる」


「………!」


フウマの手の中、咲いていたのは一輪のひまわり。


「オレの能力は風。使い方次第で矛にも盾にもなれる。今からオレはこの力をお前のために使う。影を殺すために、お前に傷を付けさせないために使う」


真っ直ぐにミスラに向けて花びらを開くその姿はまるで、ミスラを太陽だと信じているような、健気で、それでいて大胆にも見えた。


「大舟に乗ったつもりでいな。お前の全部をオレが護ってやるよ」


「……っ…」


場所は、大聖堂前の階段。

マーケットが開かれるそこは人の動きが激しく、騒音も聞こえる。

だが今のミスラには、その全てが無いに等しく感じられた。

今考えられるのは、聞こえるのは、見ているのは、目の前のひとりだけ。


この空間には自分と彼しかいないような、そんな感覚。


「この花、お前に似てると思って買ったんだ」


「わたしに……?」


ふたりの間で大輪を誇るひまわりの花。

優しい風に揺れて、花の香りが嗅覚をくすぐった。



これも、この人の能力が香りを運んでいるのかな。



そんなことを考えた。


「お前、太陽の姫とか言われてんだろ?この花も太陽みたいだ」


屈託のないフウマの笑みは、相変わらずの美しさを纏っていて、それでもどこか幼さも含んでいた。

不思議だ。さっきまであんなにあった不安がいつの間にか安心感に変わっていた。



本当に、わたしのことを知って、リスクを負うことは確実なのに、それでも護ろうとしてくれる。



「すごく、優しい人なんだ……」


こぼれた言葉は心から。

ミスラの瞳にひまわりと一緒に映るフウマは、優しく笑ってくれている。

ミスラは立ち上がって、自分の手をフウマの手にそっと重ねた。


「わたしの名前は、ミスラです。わたしはわたしの太陽の力のせいで、影花というバケモノに狙われています。わたしといることで、あなたが傷ついてしまうかもしれない、あなたに辛い思いをさせるかもしれない」


彼と真正面から向き合いたいと思った。


「それでも、わたしを護ってくれますか?」


彼のことを、知りたいと思った。


「わたしと一緒に、いてくれますか?」


添えられた手とミスラの言葉に、フウマは銀色の瞳を見開いて、そしてまた優しく笑った。


「おう!任せろ!」


日が傾き始め、空が太陽の色に染められる頃。

ふたりを繋ぐひまわりは、まだその顔を高く上げていた。

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