聖獣と呼ばれる者たち①
聖扉の間。
分厚い幾何学模様の壁の先に、その扉はある。
ミスラたちがそこへ向かうと、既に壁は無くなっていて、その奥に独特の雰囲気を放つ巨大な扉とふたりの白い子どもがいた。
『あ!』
ハンプティとダンプティはミスラたちの姿に同時に気付き、駆け寄ってきた。
「扉って……これが聖なる扉ですの?」
この扉を初めて目の当たりにしたエルは感嘆の声を漏らした。
「随分と大きいのですわね……。それに、何だか近寄り難い神々しさがありますわ」
エルが部屋を舞う白い光の粒を手のひらで踊らせていると、ハンプティとダンプティはミスラの時と同じように、口を開く。
「その光はお姉さんたちを歓迎しているっていう」
「扉さんの気持ちだよ」
「扉の気持ち……?そう……。とても気に入りましたわ」
エルはその光に魅入ったようだった。
「みんなを連れてきたけど、これから何をするの?」
そう聞くミスラにふたりは一瞬目線を通わせ、そして意味深な笑みを返した。
「お姉さんたちが扉さんを助けてくれたから」
「扉さんを開けられるようになったんだよ」
交互にそう言うふたりに、一同は目を瞬かせた。
「扉を……?」
『うん!』
力強く頷くハンプティとダンプティは、お互いの両手を深く絡めて頬を寄せる。
戦いの前の彼らと今の彼らの言動が重なって見えたミスラは一抹の不安を覚えるも、空気を読んで口を挟む事はしなかった。
そんなミスラをよそに、ハンプティとダンプティはくるりと踵を返し、その透き通るような白眼で扉を見上げた。
「普段は絶対に見せない、ぼくたちだけが知ってる開扉の儀だよ」
「お姉さんたちにはたくさんお世話になったから、特別に見せてあげるの!」
彼らは耳飾りの鈴を軽快に鳴らしながら振り返り、ハンプティはダンプティの、ダンプティはハンプティの唇に、自分の人差し指をそっとあてた。
『誰にも言っちゃだめだよ?』
彼らの表情はその年でどこか妖艶さを纏っていて、大人をからかう子供の嘲笑に思えた。
———……
扉は変わらず、彼らに歓迎の雨を降らせている。
隅で部屋を見渡すミスラたちは、これから起こることに、少なからず期待していた。
部屋の中央にはハンプティとダンプティが手を固く繋いで扉を見据えている。そのふたりの周辺は、降り注ぐ光がより強く輝いているように見えた。やはり彼らは扉にとって特別な存在なのだろうか。
「トビラ様、トビラ様。お聞きください」
ハンプティが扉へそう呼びかけ始めた。
「ぼくは天に選ばれこの姿を得た、ルシアーゼの次期国王です。この耳は心音を聞くために、この尾は善人を祝福するために。そしてこの両手は閉ざされた扉を開くために!」
「……っ…」
ハンプティの白い瞳が徐々にほんのりと光を帯びはじめる。
「古より交わされた約束の下、今ふたつの星を繋げることをお許しください。ぼくの名はハンプティ。聖扉の御使いにして、開錠の覡。聖なるトビラ様、どうかぼくの声を聞き届けてください!」
ぴっ、と、天に向けて指した指を、ハンプティは扉を開ける合言葉と共に振り下ろした。
「開けーごまっ!!」
ガチャン———
重い鍵が開く音がした直後、辺り一面を白い煙が這い回る。
開かれていく扉はその隙間から光と、そして……
『やれやれ、やっと開いたか……』
ミスラたちに知らない世界を見せた——
「…こ、れが…聖獣……!?」
□ ■ □
開かれた聖なる扉。
現れたのは、純白のたてがみをなびかせる大きな狗。鋭い牙と白い眼を光らせて、獅子にも、あるいは狼にも見える獣が、後ろに数多の白い獣を従えて姿を見せた。
その中で白い獣の群れをかき分けるものがいた。
「ハンプティ様!ダンプティ様!」
「…え……!?」
扉から真っ先に飛び出したその『モノ』に、ミスラたちは揃って己の目を疑った。
「人間!?」
ハンプティとダンプティに駆け寄るのは、彼らと同じような白い獣耳と尻尾を持った女のヒトだった。
『ラルダさん!』
ハンプティとダンプティは女をラルダと呼んで、彼女が広げる腕の中に飛び込んだ。
「ああ、良かった。扉が開かなくなったと聞いて、おふたりに何かあったのかと……!」
ラルダは声を震わせてそう言い、存在を確かめるようにふたりを強く抱きしめた。
「お風邪など召されませんでしたか?お食事はきちんととられましたか?どこかお怪我は……?」
『大丈夫!』
笑顔で答えるふたりを見て、ラルダは安心したようにため息をついた。
「このラルダにもっとよくお顔を見せてください」
ハンプティとダンプティはラルダの肩にうずめていた顔をゆっくりとあげた。
ふたりと視線を通わせるラルダは、その白い瞳を潤ませ今にも号泣しそうな勢いだった。
「良かった……本当に良かった……!」
ラルダは再びハンプティとダンプティを強く抱きしめた。
「一体何があったのですか?それに先程からホルン様とホア様のお姿が見えないのですが…」
「そのふたりはもういない」
「……!?」
不意に聞こえてきた答えにラルダは顔を上げ、そして目を見開いた。
ラルダだけでは無い。見れば扉の周辺に群がる聖獣達も、ざわめき始めていた。
「それはどういう事ですか!?……いいえ。それよりも、あなた達この国の人間じゃないわね」
先程のラルダの問いに答えた声はリンゼのものだった。
リンゼは後ろに自分の部下を従えて、警戒心をあらわにするラルダに歩み寄った。
ラルダは全身の毛を逆立て、獣の瞳をもってリンゼたちを厳しく睨んだ。
だがリンゼは、その鋭い視線も軽くかわして、短く、そして淡々と答えた。
「ああ、そうだな」
「………。先程の言葉はどういう意味ですか!?」
「そのままの意味だ」
「……っ!!」
「国王のほうはどうだか知らないが……」
彼が言おうとしている言葉を、いち早く察したルチアが思わず声を上げた。
「リン……!」
「女王のほうは、俺が殺した」
だがリンゼの口はそれを待つこともなく、そして発せられた言葉は場の空気を一瞬にして凍らせた。
「…よくも……よくもホア様を……!」
怒りで震えるラルダからは
「……!?」
ヒトではないものの唸り声が聞こえた。
そして、彼女の姿もその唸り声と共に変化し、それはまさに
「女王殺しの罪人め!!食い殺してくれる!!」
猛獣、白豹———




