レポート 013 「時は流れ」
ケンタの朝は早い。
日の登る少し前に起き、宿の近くの森を散策し朝食となるような木の実を採取、川や森の中に設置した罠を確認しては獲物を回収し、再び設置する。
初めのうちは毒があるものを持って帰って、散々ヤヨイに怒られたが、彼女の教育のおかげで最近になってようやく食用かどうか一目で分かるようになった。
それでも一つだけ不可解なのが、「食べても意味がない肉」なるものが存在することだ。消化も吸収もされず、かと言って毒もない。カンナ曰くタンパク質の種類が違うとか言ってたが、よく分からなかった。
そうして日課を終えたケンタは宿に戻り、起きてきた皆と合流する。
「ケンター、今日はお肉〜?お魚〜?」
「今日は運よく両方とも獲れたよ」
「わぁ〜!ならアリス、魚の塩焼きとシチューがいい!」
アリスは最近になってやっと素直になったが、初めのうちは肉を断固として食べなかった。彼女は肉の正体、というよりも出処が分かってなかったらしい。なのに魚は初めからバクバク食べてたから都合がいいもんだ。
「だそうですよ、ヤヨイシェフ」
「それなら朝を魚にして、昼と夜をシチューにしましょうか」
「さんせー!」
するとヤヨイは早速宿の台所に立ち魚を捌き始めた。彼女の事だか、カンナと話し合った結果、正式に俺のメイドとなった。
理由はいくつかあるが、俺が彼女に命名してしまったのが大きいらしい。
というのも人工知能の所有者はそれに名前を与えたもの、というナントカ法という法律があるようだ。
だからヤヨイは俺が命名した時にあんな反応をしたのか、と他人事の様に思っていたが、実は彼女の個人名は「淫乱ピンクやよい」と登録されてしまい、簡単には変更できない。
いや、ほんと、すんません。
「いいにお〜い!」
アリスが言うように、魚の香ばしい匂いが鼻の奥まで刺激する。ああ、早く塩かけて飯を掻き込みたい!しかしそれは叶わない願いだった。
「しかし塩だけ別売とか、いい商売してんな」
まぁ、俺らは無料で使わせてもらってるのだが
「塩は冒険者必須品ですからね。流石にサービスとして提供するわけには行かないのです」
「しかしなぁ〜なんで塩はこんなにありふれてるのに…」
そう、塩は決して高価なものではなかった。よく異世界で塩は貴重だという設定があるが、あんなの嘘っぱちだった。
そもそもむかし塩が貴重だったのは、海水から上手く取り出せない事が原因だったのだが、魔法のある世界では話が違う。
海水から水分飛ばして、はい完成。土魔法で不純物を取り出すことすらできる。だから残る問題は、
「米がないんだよ!!」
「前にも聞きましたが、米、とは一体なんなのでしょうか、新しくデータをインプットするためにも教えて欲しい、です」
「いや、説明しろって言われてもな…」
米を知らない奴にどうやって説明しろってんだよ。水からファサって生えてる、豆?…なんか言ってることがアリスっぽくなって諦めた。
「ケンタ、今日もシワ爺?」
アリスは出来立ての焼き魚を食べながら相変わらずの言葉足らずで問いかける
「あぁ、今日こそ師匠のど腰を抜かしてやる!」
「腰は抜かしてはいけませんよ、ご主人様」
俺の発言は半分冗談で半分本気だ。最近ようやく型稽古から実践へと移ったが、あの老体に一本も決めたことがないのだ。師匠の肝でも腰でも、ぬかせる事ができる奴がいるなら教えて欲しい。いや、グラドルとかそっち方面じゃないからな。
「さて、行ってくるよ。アリスはカンナの手伝いに行くんだよな」
「うん!今日はね、風魔法の練習なの!」
アリスは最近カンナの雑用を手伝いながら、空いた時間を使ってカンナから魔法を教えてもらっている。さすが元教師だけあって教え方は上手いらしい。
「風魔法か…的には縦じゃなくて横に当てろよ」
「?」
「いや、なんでもない。その…頑張れよ」
「うん!ケンタもね!」
俺の数少ない経験談を伝えようとしたが、多分カンナから教わるだろうと、俺は自分の師の元へ向かった。残されたヤヨイは台所の片付けを済ませると、ふみよさんの元へと向かった。彼女も毎日彼女なりの努力をしているらしい。
「師匠〜、朝飯持ってきましたよ〜」
俺は焼き魚を持ちながらあの崖の下に立っていた。初日から変わらない、俺と師匠の道場だ。師匠はその崖にある洞窟の一つからひょっこりと顔を出す。
「おぉいつもすまんのう、持ってきてくれるかの」
「はーい」
そうして俺は地上から5メートルはある洞窟の入り口まで崖を駆け登った、魚を手に持ったまま。
「ほい、今日は魚の塩焼き」
「美味そうじゃのう!ヤヨイさんにもありがとうと伝えておくれ。」
師匠はそう言うと棒に刺さった塩魚を豪快に食べだした。師匠は老人でありながら、体は健康そのもので、魚を食べるその歯はまだ一本も失っていない。
「とりあえずいつものやつやっとくよ」
「おぉ、少ししたらワシもいく」
「今日こそ一本取ってみせますよ!」
「その言葉一週間前から聞いておるぞ」
師匠との特訓が始まってもう2週間ちょっとも過ぎていた。
一度師匠に、どうして付き合ってくれるのか聞いてみたことがある。彼はどうやらこの崖にある洞窟を研究しているらしい。
公的な意味があるのかと思ったが、理由は極めて個人的だった。
師匠の娘がこの洞窟にすむ悪魔に襲われたのだ。幸い一命はとりとめたが、大きな障害が残ったそうだ。
俺はいつものトレーニングメニューを始めた。基本的な型の稽古から例の崖登りまで。崖登りは最近ようやくコツがつかめてきて第三層の崖の四分の一まで登れるようになった。
落下するのも上達して、うまく緩衝しながら着地できるようになっていた。身体強化スキル様様だ。
骨や筋肉、皮膚までもが日々桁違いに強化されているのが実感できる。
「ほれ、ケンタ。やるぞ」
そう言って師匠は金属の塊を投げてきた。これが稽古始まりの合図だ。一週間前までは素手だったのだが、今はより実戦的な訓練をしている。というのも、
「「土魔法:武装」」
そう唱えると持っていた金属の塊が消え、体表に、正確には体表付近に、ポツポツと薄くメッキされた。
これが武闘家の必須魔法、武装だ。
「いきます!」
俺は一気に距離を詰めた。格上の師匠には瞬発力と体力で勝負するしかなかったからだ。実はその両方とも師匠に劣っているのだが…。
「ハッ!」
全力の気合を込めたが、これはハッタリだ。
右手で放ったフックはやすやすと受け止められてしまったが、その反動を使い胴体を回転させながら本命の背面回し蹴りを放つ。
そして当たる直前に、武装した金属を右足の先端に集中させた。
「ヤッ!」
カキーン
と、まるで剣と剣が交わったような音がした。師匠が金属硬化した腕で受け止めたのだ。
すぐに距離を取ろうとするが、すでに遅い。師匠は左手で俺の腹部に突きを入れた。硬化は使わないでくれたらしい。俺はそのまま地面に倒れこんでしまった。
「こはっ…」
「なっとらん、全然なっとらんのう。まず、重心が高すぎる。もう少し軸を意識せい。相手に対してもそうじゃ。正中線を崩すことを考えんか、当てるだけじゃなんともならんぞ。」
「うす…」
「それと最初の技、あれもきちんと硬化せんか!ハッタリなのが見え見えじゃ。蹴りの硬化にしても発動が早すぎるのう。崖登りのように当たる瞬間だけに集中させい」
「おす!」
と、まあこんな感じで日々強くなっていってる…と思う。
一旦ここで区切らせてもらいます




