レポート 012 「そしていつかの無双のために」
俺は全力だった。
「だぁァぁぁぁぁあ!」
身体能力向上スキルをフルで使い、俺はただ一つの事を成し遂げようとしていた。すなわち、崖を登ることだ。ケンタは目の前の断崖を足だけで登ろうとしている。
「ほっほっほ、力はちとばかし強いようじゃが、使い方がなっとらんの。よいか、力の強さというのは合計量じゃない、瞬間的な変化量じゃ。地に足が付く瞬間だけ力を入れて、あとは脱力じゃて。」
「原理は知ってんだよ!でも出来るかどうかは別問題だろ!」
「弱音を吐くでない!お主が頼んだことじゃろうに、ほれ走る走る!」
シワ爺、いや、師匠は崖の上から俺が無様に転ぶのを何度も何度も見ていた。ほんとにこれで強くなれるのかよという疑問もあったが、師と仰ぐと決めたからには信じてついていくことにした。ただぬるま湯育ちの異世界人にとって過酷なことには変わりなく。弱音を吐いてしまうのは仕方のないことのように思う。
「はぁ…はぁ…ちょっと…休憩…」
「何が休憩じゃ、ワシの娘ですらこんな簡単に音を上げなかったぞ、ほら次は体幹じゃ。」
強制的に体幹の格好をさせられたケンタは筋肉をこれでもかというほど酷使していた。しかしシワ爺がかけた回復促進魔法によって凄まじい勢いで肉体改造が行われている。
「あっ、ちょ、イタイイタイイタイタイタイ。砂利が砂利が食い込んで!」
「大丈夫じゃ、砂利ごと回復してくれるじゃろう」
「いや、ダメだからね!」
こうしてシワ爺のスパルタ特訓は一日中続いた。
「ケンターおかえりー!」
神居亭の入り口でアリスがテディを抱えて手を振っている。テディがいるってことはカンナも帰ってきたということか…とりあえず俺は彼女への不満をぶちまけることにした。
「ケンタくん、おつかれさま」
「カーンーナーー!」
「ど、どうしたの、そんな怒っちゃって」
「どうしたもこうしたもねぇ!この首輪、奴隷用なんだってな!」
「えぇ、そうだけど、言ってなかったかしら」
「獣用とは言ってたけど奴隷用とは聞いてねぇよ!」
「同じようなものじゃない」
「全然違ぇ!」
こいつは、人の尊厳を踏みにじって許されるとでも思ってるのか?
俺は怒髪天を衝く勢いで憤慨した。
「ごめん、許して、ね?」
許そう。
「それに君とは実際に主従関係があるでしょ?」
「なんだそれは?ヤヨイのことか?」
「いえ、私はまだ正式にはご主人様と関係を結んだ訳では…」
「ええっと、333号の件も言いたいことはあるんだけど、とりあえず置いといて、私が話してるのはアリスとテディと私の事よ」
「待ってくれ、カンナ達が俺と主従関係を結んでるってことは…奴隷ハーレムじゃねぇか!」
おお!異世界召喚も捨てたもんじゃなかったな。ビバ奴隷ハーレム!
「ちょっと、ケンタくん?」
「おい、そこのクマ!喉が渇いたから茶を持ってこい!それと適当な菓子もな」
「ケンタくん!!」
「どうしたカンナ?あっ、大丈夫だよ。カンナには変な事頼まないから。おらクマ!さっさと動け!」
「ケンタくん!なんか勘違いしてるみたいだけど、主従関係って貴方が『従』の方なんだよ?」
「はっ?」
「まず、第一主のアリスちゃん、第二主の私、そして第三主がテディよ」
「ケッ」
「はい?いや、聞いてない聞いてない。なんだよそれ」
「君は異世界から召喚されたでしょ、召喚術っていうのは基本的に獣を召喚するんだけど、召喚した途端に術者が襲われたらたまったものじゃないでしょ」
「まあそうだな」
「だから召喚術には奴隷契約の術式が織り込んであるの、だから逆に言うと奴隷契約に引っかかってくれるような下等生物しか召喚できないの」
「なるほどなるほど、っておい!誰が下等生物だ!」
「ほう、これは興味深いことを聞けましたのう。彼が異世界人とな」
「あら、迂闊だったかしら。こんばんは、志和先生。」
「久しぶりですな、カンナ先生。そうじゃ、ちょうど魔術の先生が足りなくなってのう。また昔のように教壇に立つ気はないかね」
「気が向いたら、ね」
と言うとカンナはチラッとケンタの方を見た。
「そうかい、ワシもそろそろ引退したいのじゃが、後釜が見つからなくてのう」
「それでケンタ君を育ててるの?」
「ほほっ、まさか。この小僧はそこら辺の落ちこぼれよりも出来が悪いわい。本当に彼は異世界人なのかね」
「あら、体術の才能もなかったの。そうなると歴代の異世界人の中ではケンタ君がダントツで最弱だね」
「ねぇねぇ、二人とも、本人がいるんだからもう少しオブラートに包もうよ。ねぇ!」
もうやめて!とっくにケンタのライフはゼロよ!
「それに二人の口調だと、異世界人が普通にいて、全員とんでもなく強いみたいじゃないか。一体どんなやつらなんだ?」
「異世界人と言うとじゃの。生まれながらにして常人を遥かにしのぐ才覚を有し、数々の歴史を生み出してきた者たちじゃ」
「具体的に言うと、時間を捻じ曲げたり、空間を歪ませたり、世界地図を書き換えたり、色々と凄いことをしてるね」
「全員立派にチート無双してやがるぜ、俺もTUEEEEEしてぇ!それで、それで!そいつらは今どうしてるんだ?」
「全員とっくの昔に死んでるわよ」
「あら」
残念、そいつらに会えばこのぽっかり空いた記憶の正体が掴めるような気がしたのに…
「でもその子孫ならそこにいるわよ」
「えっ?!」
「ほっほっほ、どうやらワシの先祖さんが志和ダイチという異世界人らしいのじゃ、本当かどうかは知らぬがの」
志和大地、間違いない日本人だ。首輪の機能でもここまで奇跡的に一致することはないだろう。それに多分だけど、そいつがやったことは…
「彼は大陸を魔族の国、亜人の国、人間の国の三大陸にまとめたことで有名だね。もう数百年前の話かしら」
うん、知ってた。どうせそれだろうと思ってたよ。でもカンナが最後に言ったことが少し気になった。
「数百年前って、何時代の日本人だよ。」
そんな時代に志和大地なんて名前の人いるのか?
「えっと、多分なんだけどね。君の世界とこっちの世界では時間の進み方が違うのよ」
「それはさっきカンナが言ってた、異世界人が時間を捻じ曲げた話か?」
「そう、その通り。とある異世界人が世界を救うために時間の流れを遅くした事があるの。それが数千年前の話…いや、本当は数日前なのかもね」
「ほんとにとんでもない話だな、そんなメンバーの中に俺が入ってたら霞むに決まってるよな。」
「でも君にもとんでもない才能があるじゃない」
「全部のスキルを持ってる事か?正直俺には宝の持ち腐れだと思うんだけどな…」
「全部のスキルを、持ってる…とな」
師匠が何やら真剣な顔で考え事をしている。そしてチラッとカンナの方を向いたかと思うと、カンナはニコッと少しだけ恐ろしい笑みを浮かべた。
「そうだ!ケンタ君には具体的にスキルの獲得する方法を教えてなかったね。今晩教えてあげるよ」
ほぅ、美人教師と夜の授業、ありだと思います。
「うん、よろしく頼むよ」
そうだ、無双するにも呑気に暮らすにも異世界人は強くないといけないのだ。誰がそんな事決めたって?俺が決めた。もう自分の無力を嘆く事がないように、もう誰かに命を諦めさせる事がないように、そしてもう二度と、弱い自分を言い訳にできないように…




