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鎖の世界 〜 SAD SIDE STORY 〜  作者: 小野咲 真軽
記憶をなくした異世界人の物語
14/17

レポート 010 「私は淫乱ピンクやよい!」

 空っぽの教室には二人の男女だけが残っていた。窓から差し込む鮮やかな赤い夕日が二人の頬の色を隠している。


「あ、あのっ!す、好きです!」


 彼が何かを言う前に少女は続けた。


「初めて…だったの。こんな私に優しくしてくれたの、初めて…だったの…。君はかっこよくて、スポーツもできて、頭もよくて、優しくて、友達もいっぱいで、一緒にいると楽しくて…私なんか、全然敵わない…」


 あまり人と接したことがないかのように、少女の言葉は少しぎこちなかった。それでも彼女はその拙い言葉で伝えたい想いがあったのだ。


「だからこれは儀式…なの。自分を納得させるためのただの儀式。君の前で素直でいたい私のワガママ。だから返事なんていらない、悲しくなるだけ、だから……だから…」


 ぐすっぐすっと少女の泣き声が静かな教室に響く。すると彼女の頭にポンと温かい手が触れた。


「やめてよ…惨めになるだけじゃない…もう私に、優しくしないでよ…」


 言葉とは裏腹に彼女は下を向き彼に頭を向けていた。大粒の雨が床を濡らす。


「バカッ!バカバカバカバカッ!」


 少女の腕は涙を拭うのを止め、彼の胸を感情を込めて優しく叩く。少年はそんな彼女をただ優しく撫でていた。


 大声で泣き続けるあの少女は、一体誰だったっけ。

 その彼女を撫でるあの少年は、一体誰だったっけ。


 そしてそんな光景をを上から眺めている俺は、一体…誰だったっけ。



 ∽∽∽ ∽∽∽ ∽∽∽



 はっと目が覚めた時、ケンタは自分がどこにいるのかわからなかった。布でできた白い天井を見上げ、四隅に立つ柱を目で辿り、自分が横になっている超巨大なベッドを見た。それはどこかのお姫様が眠るような豪華な天蓋付きのベッドだった。


「そうだった。俺いま最高級スィートルームにいるんだった。昨日この部屋に来た時、アリスがベッドで大はしゃぎしてたっけ」


 上半身を起き上がらせて体の調子を確かめたケンタは自分がすこぶる好調だということに驚きを隠せなかった。


「すげぇ、もうどこも痛くない。昨日の温泉のおかげかな」


 ケンタが今いる最高級スィートルームはなんと専用の温泉がついていたのだ。ケンタは昨晩その贅沢な湯船に一時間以上も浸かっていたのだ。無論、一人でだが。


「あれ?そういえばアリスはどこだ?」


 広々とした部屋にはベッドは一つしかない。ケンタは一番風呂を奪った後に用意してあった寝巻きに着替え、睡魔に耐え切れず昏睡して今に至る。一緒の部屋にされたアリスがその後どうしたか彼は知らない。ふと隣に目をやるとベッドの毛布の下に人型の山があった。ケンタはふとデジャブに見舞われながらも、その正体を確かめることにした。


「テディはあの時カンナが連れて行ったから、ここにいるはずないもんな…」


 そしてばっと勢いよくめくった毛布の下にいたのは…下着姿の女性だった。ピンク色の下着にしみている僅かな汗が卑猥さを際立たせている。ケンタはそっと毛布を元の場所に戻した。


「ふぅ、落ち着け観月健太。お前は昨晩なにをした。ホテル来て幼女と泊まって、風呂入って、寝た。よし、無罪だ。悪くない、悪くない…よな?」


 実は俺の体の一部は夜になるとビーストモードに変身して誰彼構わず襲っちゃうとかいう設定じゃないだろうな…。とよく分からない事を考えていると隣の山がモゾモゾと動き始める。


「ぉ、おはようございます」


 と言って起き上がった下着姿の美少女はベッドの脇にあった机からメガネを取ってかけた。ボサボサにはねた髪の毛を手櫛でとかしながら彼女は隣を向き、固まった。


「や、やあ」


 何を言えばいいか分からなかったケンタはとりあえず挨拶をしてみた。無意識に目線が下を向いてしまったのは不可抗力だと言っておこう。その視線を辿り自分の下着姿を見た少女の顔が熟したリンゴのようにカァァッと赤くなっていく。


「あ、あの。俺見てないからな!」


 …完全にガン見である。

 カチャッ。バチッ。ギッ。キュイーーーン。

 トランスフォームをとげた少女はそのドリルの先をケンタに向けた。


「333号…さん?誤解ですよ。誤解…ですよね?」


 本当に何もなかったのか、自信がない。これはもしかしてアレか。実はもう手遅れで、彼女の不満は俺のピロートーク不足によるものじゃないのか。そうか、ならば、正解はこうだ!


「333号ちゃんの身体、綺麗だったよ」

俺は精一杯ダンディな声で言った。


 ギュイーーーーン!

 なんか回転力が強くなってる気がする!やばい、違ったか。俺は無事童貞を守り通せたのか。そうか…。いや、そんな場合じゃない。さっきの失言をフォローしとかないと!ならば、正解はこうだ!


「えっと、ほら、33号ちゃんロボットなのに身体のつなぎ目とかなくて綺麗な肌だなぁ〜って…」


 ギィ…。

 ほら見ろ、これが正解だ。ドリルの回転がちゃんと止まっ、カチッ。ウィーン。ガン。

 忘れてたよ。そういえばこいつロボット扱いされるの嫌いだったっけ…


「oh」


 ヤバイネ、ソレタイホーネ、ヒトシヌネ、ヤバイネ。ヘーールプ!


 カチャッ。

「アリス様。モーニングコールのお時間で…333号?何をしているんですか?」


 キタッ!素晴らしいタイミングだ、ふみよさん!あれ、けどなんでだろう。ふみよさんがさっきから俺の事を見ていないような気がする。少なくとも人としては。


「234姉様。こ、この人が…私の…私の…」


「333号、殿方がお泊りになる時には一夜を共にするのもメイドの務めなのよ。ほら、きちんとお礼を言いなさい。」


 すると333号は素直に武装を解除し、ベッドの上で丁寧に座りながら頭を下げて


「昨夜はお、お情けをありがとうございました」

「お、おう…ってなんもやってねぇからな俺は!」


 ふみよさんが全てを察したような冷めた目で見てくる。いや待て、マジでやってないからな!いや本当に!


「うるしゃい…」


 ベッドの反対側からひょっこりとアリスが現れた。お前そこにいたのかよ…全然気づかなかった。眠たそうに目をこする彼女がベッドから上半身を持ち上げるとぶかぶかのパジャマが肩からずるりと落ちた。結果、その幼い身体を大胆に露出させる。

 ふと扉の方に目をやるとふみよさんがゴミを見るような目で見てきた。あぁ、オワタ。


「あははは……は」

 バタン。


 とりあえずカンナにだけは伝わらないでほしいと、切に願うケンタだった。




「とりあえず、なんで333号がここにいるんだ?」


 ケンタは着替えた二人をベットに座らせながら説明を求めた。


「あのね、アリスが一緒にお風呂入りたかったから…」

「私はアリス様に呼ばれたので…お背中をお流ししようと来ました。」


「むぅ。様じゃない!アリス!」

「しかし、お客人には敬語をとふみよ姉様から言われています。」


 アリスの頬がプクゥと膨れ上がっている。


「すまんな、他のメイドが見てない時だけでいいからそうしたってくれ。」

「ケンタ様が…そう仰るのならそうし、ます。」

「あぁ、俺にもそんな堅っ苦しくなくていいから。好きなように呼んでくれ。」


「生まれたばかりの私を口説いてるんですか?0歳もいけるとなるとロリコンと呼んでいいのやら」

「ねぇ、なんか急に態度酷くなってない?」


 こいつやっぱりまだ身体見られたこと根に持ってるんじゃないか。


「ダメでしたか?ロリコンと呼ばれたいのですね、察しが悪くてすみません。しかしロリコンでドMとはいい趣味をお持ちで」

「それもダメだから!それに俺はロリコンじゃない!」


 確かに、幼女と二人でホテルに泊まって一緒のベッドで起きたならそう言われてもおかしくは無いが、お前は全部事情知ってんだろ!


「ロリコン?」

「ほら見ろ!アリスが変な事覚えちゃっただろ!」


「いい?アリスちゃん、ロリコンっていうのはですね…」


「説明しなくていいから!それ以上変なあだ名つけたら淫乱ピンクって呼ぶぞ!」



「…あの…もう一度言ってください。」

「は?だから淫乱ピンクって呼ぶぞ!って…」


 あっ、やばい。またドリルが…と思っていたら、淫乱ピンクこと333号は少し驚くとパッと顔を下に向けた。えっ、ちょ、これどういう反応?


「えっと…ゴメンな、淫乱ピンクとか言っちゃって…」


「いえ、違い、ます。私、今まで番号でしか呼ばれてなかったから…。だから名前を貰えて嬉しいの、です。私は淫乱ピンク、です。ふふっ」


 あっ、やばい。こいつ淫乱ピンクって呼ばれて喜んでやがる。お前の方がドMじゃねぇか。でも今の顔、結構可愛いな…って、そんなこと考えてる場合じゃない。このままだと本当にこいつの名前が淫乱ピンクになってしまう。


「いや、嘘だからな。冗談だから。」

「えっ…」


 ちょ、そんな悲しそうな顔しないでくれよ。本当に淫乱ピンクって呼ばれたいのかよ。隣のアリスも俺を責めるようにムッと見上げている。俺は罪の意識からか、333号の新しいあだ名を考えることにした。


「ちょっと待て…うーん、そうだな。弥生やよいとかでどうだ?」


 333号だから弥生。ちょっと安直過ぎたかもしれないが、おそらくこの世界に3月を弥生と呼ぶ文化はないだろうから問題ない。


「やよい…や、よ、い…」


 新しい名前を復唱するヤヨイはうふふと上機嫌に笑っていた。気に入ったようでなによりだ。


「ヤヨイちゃん?ヤヨイっちー!」


 どうやらアリスもお気に入りの呼び方を見つけたらしい。




「それで話を戻すが、二人は一緒に風呂に入ってからどうしたんだ?」


「えっとね、アリスのパジャマがちぃさくて。ヤヨイっちーのパジャマ着たの。そしたら眠たくなって、ぐ〜って…」


 相変わらずよくわからない表現だな…なんだよぐ〜って。意味はわかるけどさ…


「なるほど、アリスの事情は理解した。なら弥生は来て帰る服が無くなって、仕方なくここで寝る事にしたってことか。」


「あっ…はい、そうです。」

『言えない!実は寝落ちだったなんて絶対に言えない!』


「はぁ、そうか…。悪かったな弥生、ベットで変な事言っちゃって。忘れてくれ、というか忘れてください。お願いします」


 今にして思うとなんだったんだよ「身体、綺麗だったよ」って、だーもう!恥ずかしい!


 ケンタの「思い出したく無い記憶ランキング」に新たな項目がランクインしていた。




「そういえば、朝ごはんはどこで食べるんだ?」


 この世界に来てから未だにまともな食事をしたことがないケンタは腹をさすりながら初めての異世界料理に期待を膨らませていた。しかし弥生の発言によってそんな幻想は打ち砕かれた。


「どこ、とはどういうことですか。獣をさばいたり台所をお貸したりすることはできますが…食べるのはお好みの場所で良いかと…」


「えっ、ま、まさか食料は各自で調達しないといけないのか…」

「?当たり前じゃないですか。」


「…嘘、だろ……」



 こうして新番組「観月健太、初めての狩猟(失敗したら飯は無い!)」が始まった。

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