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九十二話


 ぼくは、追った。彼女の背中を。少しづつ、色んな謎がオブラートが溶けるように理解されていくようだった。ぼくが彼女に――彼女の領域レベルに、ようやく追いついたとも言えるかもしれなかった。

 玄関から屋敷を出るとき、ついてきたのは意外な人物だった。

「先輩」

「…………」

 ぼくは深雪ちゃんの呼びかけには応えず、黙って靴を履き、道路に出た。そこで一瞬、立ち止まってしまった。そこに既に、彼女の姿は見とめられなかった。

 アテなんて、無い。

 どうする?

「先輩」

 再度深雪ちゃんに、声をかけられた。それにぼくは、振り返る。ピン、とくるものがあった。

「……深雪ちゃんは、」

「輿水先輩の下へ、行きたいんデスよね?」

 深雪ちゃんは、よく見ると微かに震えていた。

 下手に察することが出来るから、頭の回転が速すぎるから、視えるもの多すぎるから――それはひょっとすると、生き辛いことに繋がるかもしれない。

 世知辛かった。

 世知辛い世の中だった。

 ぼくが見えている表層と、その奥に潜む複雑さと、そして――

 今は色々と、考察している場合じゃなかった。

 ぼくは深雪ちゃんに、縋り付いた。

「行きたい……キミにはわかるの? 深雪ちゃん――」

「わっ」

 声を出されて、ぼくは驚いた。

 なんで? いきなり? いったい、なにが起こって――

 深雪ちゃんはズザザザザ、と距離を取りつつドン引きした目をして自分の身体を庇いながら、

「ななななな……なんで深雪のコト、深雪ちゃんなんて呼ぶさー?」

 うっかりしてた。

 でもそこまで動揺されると、こちらとしてもとても恥ずかしい失態を犯したようで――

「い、いや……その、な、なんでもなヒよっ?」

「こ、声がひっくり返っへ、るひゃないさーっ?」

「み、みひゅじゃない堀ひゃんだって?」

「…………」

「…………」

 なんだコレ?

 ていうかぼく、随分気を大きくしてカッコつけてたけど、女の子の呼び名ひとつでヘタるヘタれだってこと、今更思い出した。

 まったく、ガラにもない。

「……こんなこと、してる場合じゃないね。ゴメン堀さん、どうか輿水さんのところへ――」

「べ、別に深雪ちゃんでも、いいデスよ」

 顔を背けて、ボソッと深雪ちゃんは言った。なんだかんだでこの素直になれないところ、ぼくは気になっていた。気に入っている、じゃないところがぼくらしいとも思う。現実と心の中の呼称は問い詰めたいと思う今日この頃だった。

「あ、うん、まァ……でも一応堀さんに、しとくよ」

 ギッ、と睨まれた、歯まで食い縛られて。うわやべぇ、これは言い訳をしておかなければと、

「や、いや、まぁ……一応、嘉島の手前もあるし……」

 またもぷい、と顔を背け、

「……別に喜一郎は深雪と呼び捨てデスから、どっちでも……デスケド」

 気に入ってる、かもしれなかった。

 そして深雪ちゃんはスマフォを取り出し、どこかに電話を掛け、そして個人タクシーが現れた。戸惑いながら一緒に乗り込み、ぼくは小さくなって膝の上に両手を乗せた。間をおかず、タクシーは発車した。

 どこに向かってるのか、気になるところだった。チラリ、と横目で見たが、深雪ちゃんは真っ直ぐ前を見て、こちらを気にする様子も無かった。仕方なくぼくも、真っ直ぐ前を見ることにした。どの道他に手の無いぼくは、深雪ちゃんを信じるしかなかった。

 だいたい、30分を過ぎた頃だっただろうか。ぼくは、気づいた。窓から映る風景が、見慣れたものだということに。そしてさらに30分。ぼくはだんだんとこのタクシーの行き先がどこなのか、ある程度絞れるようになってきていた。さらに30分、その見解がうそなのだということに気づいていた。そして30分、ぼくは初めから、ある程度見当がついていたのだ。

 そして夕暮れ過ぎ、ぼくは東京に来てからほぼ毎日のように通いなれた場所に、到着していた。

「……やっぱか」

 ぼくはふと、呟いていた。それを聞きとめた運転手にカードで支払いを済ませた深雪ちゃんがぼくに続いてタクシーを降りて、こちらに顔を向けていた。

「やっぱな、って……どういう意味デスか?」

 微妙に言い回しが変わっているのが気に掛かったが、ぼくはそれに答えた。

「いや、なんとなく……ここのような気が、してたっていうか……」

「だったラ最初からひとりデ辿り着いてくだサイよ」

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