九十話
「それで? どうすっと、わいら? 自首すっと? せんと? そいともおいに、訴えられると?」
「な…………」
絶句していた、なるほどぼくなら立場的にも訴えることはないと高を括ることが出来ただろうが、赤羽にはなんの憂いもない。
一転して、立場はまったく逆転していた。微かに胸が痛――むことは、よくよく考えれば本当に気持ちいいほどにまったくなかった。
さっきとは反対になるが、なんだかんだ言っても所詮は親の仇だった。憎っくき憎っくき、ぼくの敵だった。
本音を言えば殺したいくらい、それは忌むべき存在だった。
「…………」
暗い、澱むような重く粘っこい感情が滲み出るのを感じた。ドロドロとして、熱くて、誰にも止められないような静かで圧倒的な力を感じた。
ころせ。
静かで囁くような調子に過ぎないくせに、それには無視できない凄まじい魅力があった。ころせ。駄目だ、復讐などなにも生まない。ころせ。駄目だ、日本ではその行為は許されていない。ころせ。駄目だ、ひととしての倫理に反する。
ころせ。
絶対に、許せない。
殺せ。
八つ裂きにしてやる。
「――ハッ」
ぼくは前かがみになり、誰かに操られるマリオネットのように足を前に進めた。殺せ。耳に、言葉が響いていた。許すな。脳髄に、言葉が響いていた。八つ裂きにしろ。胸の奥に、言葉が響いていた。
仇を、取れ。
「お父さん、と……お母さんの……」
「? 上月、どうしたとや――」
「仇を……ッ!」
"俺"は、壁に立てかけてあった刀に、手を掛けた。
「! 上月……!」
「寄るなッ!!」
俺は刀を鞘に納めたまま、切っ先を赤羽に向けた。それにこちらに向かっていた赤羽はビクッ、として、足を留めた。腕組していた菅原さんもそれを解いて、
「ゆ、之乃ちゃん、あなた……」
「うるさいっ!」
一喝すると、部屋の隅で深雪ちゃんがビクッ、とするのが目に入った。
その傍で嘉島がその背中を支えるのが見えた。しかしその視線は厳しく、真っ直ぐにこちらを捉えていた。
喋らないふたりは放って、ぼくは標的を視界に捉える。
オジサンとオバサンという名の、殺人鬼。
ガチッ、と歯が砕けそうなほどに硬くキツく、歯を食いしばった。
「ぶっ……」
抜刀した。
「……殺してやるッ!!」
ギラリと光る刃が、蛍光灯の灯りを反射していた。その余りの鋭さに、これが人を殺傷しうる凶器だということが否応なしに理解させられる。振り回すことなんて、怖気づいて出来そうにない。
それを人に向けるだなんて、とても出来そうになかった。
そのどこまでも鋭い切っ先を、仇に向けた。
ひっ、と息を呑む音が聞こえた。血がギュルギュルと、逆流する心地がした。喉の奥から、擦れた息が漏れる。握り締めすぎて、掌が痛かった。
オジサンとオバサンという名の仇以外、目に入らなかった。
殺す標的以外、見えなかった。
殺すという行動以外、浮かばなかった。
「あ……」
声が喉から、迸る。
「アアアアアアアあああああああああああああああああ!!」
疾った。床を蹴った。あとはもうメチャクチャに喚きながら、日本刀を大上段に構えた。殺す! 囁きが、叫びに変わっていた。 殺す! 殺してやる! ぼくの、オレの――俺の両親を、殺しやがって! ぼくの人生を、メチャクチャにしやがって!!
絶対、許せないっ!
その命をもって――償えッ!!
「死ねぇぇえええええええ!!」
「ひゃあ!?」「うおおおおお!?」
思い切り振り下ろしたソレは、慌てて飛びのいた二人の間の畳に深々と突き刺さった。くそっ! 逃した。普段こんな得物を振り回した経験がないから、全然思うようにいかなかった。
狙ったのは、心臓の辺りだったのに。
次は、首を狙う。
「くっ、そ……この野郎が!」
三度目の試みで、力任せに刀を引き抜いた。おっとっと、足がもつれて赤羽以下四名が少しどよめいた気配を感じたが、今の俺にそんなことを気にする余裕はなかった。
目をギョロつかせ、獲物を探した。標的は襖を開け、その向こうまで無様にバタバタと逃げていた。
逃がすか。
「う……ああアアアアあああああああああああああああ」
「ひっ、ひいいいいいいい!!」
雄たけびを上げて突進する俺に、オバサンは腰を抜かし耳に響く悲鳴をあげた。
「…………」
オジサンは声もあげられず、ただ後ずさるしか出来ないようだった。
良い鴨だった。
動くなよ。
「――――」
俺は黙って、ただ黙って刀を再度振りかぶり、じりっ、じりっ、と一歩一歩と間合いを詰めていく。あと、三歩。三歩で、殺せる。高揚感に、心が暴れ狂う。殺せる。仇を討てる。見ているか? お父さん、お母さん? ようやく二人を殺したこの二人を殺して、そして、そして――
「殺して、どうするんですか?」
唐突に後ろから、声を掛けられた。不思議なほどにその声は、心に染み渡った。一瞬だが俺の動きは、止まった。
そんなん知るか。
「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……」
「ひっ、い、いや……た、助け……!」
「殺した後、死ぬ気じゃないですよね?」
心臓を、一刺しにされたと錯覚した。
思わずぼくは、振り返っていた。




