八十話
こういう時こういうノリの友達がいると便利だと思った。話が進んで、話が早い。さて、とぼくは階段に足を掛けた。
「もちろん行きマスけど、なにか問題でもあるんデスか?」
かくん、と膝が折れた。まさかだった。深雪ちゃんの方が、突っかかっていた。
振り返ると、ふたりは一歩の距離を置いて向き合っていた。
『――――』
再びの、今度は緊迫感ある沈黙。このふたり本当に相性悪いなと思う。なんだか正直若干面倒くさくなって、ぼくは頭をかきながら二人を置いて階段をのぼった。
「…………」
その先に、ひとりの男が手を振っていた。
ぼくも無言で、手を振り返した。
男はそれに、やはり無言で笑みを返した。
そして並んで、教室に向かった。その間ぼくはいくつかアイコンタクトを試みてみた。その表情の微妙な変化に、身体の微かな動きに、相手の感情や意図を感じ取ることが出来た。それは当然と言えば当然だった。ぼくはずっと子供のころから、自分の両親を殺した仇の顔色を窺って、生きてきたのだから。
よし。ぼくは微かに、ガッツポーズをとった。これくらいのブラックジョークは吐けるくらいには大丈夫になったらしい。大丈夫だ、ぼくはまだ戦える。
「だいじょ、ぶ……か?」
しっかり顔色は青ざめていたらしい。ぼくは握った拳を解き、今のぼくのありのままに弱り切った苦笑いを浮かべた。
嘉島はそれに、親指を立てて見せた。
ぼくもそれに、親指を立て返して応えた。
「おいおい、なん置いていきよっとやぶっ飛ばすぞ?」
「ホントデスよ深雪をバカにしてるんですか殺しマスよ?」
尋常ならざる言葉を吐きながら追随してきた二人にも苦笑いプラス親指を立てて誤魔化せないながら応え、そしてぼくらは揃って教室に入った。
メール着信を告げる、バイブが鳴った。ぼくは席に着き、こっそり携帯を取り出した。
『元気かい、少年?』
ぼくはみんなに支えられて、ここに立っていると思った。
久しぶりに平和に何事も無く、一日授業を終えた。ぼくが最近当り前に望んでいた日常を終えると――なぜか信じられないくらい身体がバキバキと、音を立てた。
「くっ、ぐぐ、ぎ……!」
「……どうしたの、わい?」
「い、いや……なんでも、ない……っ」
首を、肩を、背中を回して骨を鳴らしながら、ぼくは答えた。90分。たった90分間席に座って教授の講義を請うというただそれだけの行為で、ぼくの体はガタガタになってしまっていた。酷い訛り方だった。怠惰の塊に、ぼくは成り果ててしまっていた。ぼくがあれだけこの事態を恐れていた理由がわかったというものだった。
「――情けな」
「! ……っさい」
人間図星を突かれると怒って誤魔化したくなるというのは実際だった。ただし『っさい』言った時しっかり鋭く睨まれたので、素早く視線は逸らしておいたがウンその辺はしっかりヘタレなんでね開き直りかよ。
トントン、と肩を叩かれた。
「ん?」
見ると、嘉島だった。まぁここにいるのは4人だから当然と言えば当然だった。視線を向けると、嘉島はこれからどうするのか? と言葉を使わずに伝えてきた。なんだかエスパーにでもなった気分だった。
気づけばふたりとも、こちらを見ていた。
『――――』
4限目まで消化し、このまま帰ろうという雰囲気ではなかった。微かにお節介だとか、なにを期待して、というとても嫌な連想が起きたが、ぼくは心の中だけで頭を振ってそれらの雑念を振り払った。
そして真っ直ぐに、三人を見た。
「オレ……輿水さんのところに、いこうと思う」
「おう」「ハイ」「…………」
嘉島だけは親指を立てて応えた。ぼくはスゥ、ハァ、と軽く深呼吸してから、
「一緒に……行くか?」
「もちろん!」「行きマス!」「…………!」
力強い親指だった。ぼくはもう、なにも語る必要が無いことを悟った。教室の出口に向かい、敷居を越える瞬間。再びメール着信を告げるバイブが、鳴った。
『それでうち仕事終わるの6時過ぎなんだけど、どこで何時から作戦会議始めるの?』
すべて、お見通しのようだった。
「それで? 菖蒲ちゃんのおうちに遊びに行くって!?」
そして合流した菅原さんは、テンションMAXだった。
ぼくらはあのあと、駅までバスを使わずあえて四人で仲良く並んで歩いて帰った。最中、みんなで――といっても嘉島はアイコンタクトとボディランゲージだったが、あーでもないこーでもないと世間話をかまし、なんでやねんどないやねんとボケツッコミをかましているうちに、そういう流れになっていて、歩いて20分は掛かる道のりのはずなのに気づけば駅に着いていた、体感的には一瞬といっても差支えなかった。




