七十九話
でも、それを始めなければそれこそなにも始まらず、そしてぼくは本当の意味で生きていることにはならないと思う。
そして輿水さんの、力になることは出来ないと思う。
「……ハっ。本当、身の程知らずもいいところだとは思うけどさ」
ぼくはみんなが帰った自室で、ひとり想っていた。鍵を掛けて、電気を消して、カーテンを全部閉めて、外界から遮断して、ぼくは心を整理していた。これからやること、やるべきことを、決めなければならない。なければならないというのが義務感全開で、やはりひとは簡単には変われず、簡単には強くなれないと実感せざるを得なかったのだが。
それでも――
ぼくはおもむろに、携帯を取り出して受信メール画面を呼び出した。
いくつもの激励の文面に、心の奥底が温ったかくなる気がした。
これがウソかどうかとか、実際腹の底ではなにを考えているかだとか、なんのメリットがあるかだとか――そういうことを考えるのは、容易かった。
だけどソレを考える意味が、今はどうしても、わからなかった。
「そんなやつが、わざわざ家まで来るかよ……」
ぼくは、知らず笑みを作っていた。クソくだらない世迷いごとだと嘲られようが、それでもなんでもぼくは――あの四人は、信頼出来――というより信頼したいと、ぼくは思っていた。
贖罪、と考えてもいいのかもしれなかった。今まで逃げて、ウソをついて、自分のことだけ考えてこなかった。両親のことを、蔑ろにしてきた。その二人の魂に対する、せめてもの――
「カッコつけ過ぎだな、ぼくは……」
苦笑、自嘲してばかりだった。泣けてきた。今までとは別の意味で、死にたくなったりした。
でも、もう、本当の意味で死にたいとは、思わなくなっていた。
すべては――
「すべては、あなたのおかげだ……輿水さん」
だとするなら。
だとするならぼくは、このまま大学に現れなくなって、そして実の親である理事長から壊れたと呼ばれている、実の弟を求めているという彼女を、放っておくことは、したくなかった。
出来なかった。
だから――
「…………」
そんな想いを秘めて、ぼくは大学に到着した。正面玄関から入り、事務室の前の掲示板でお知らせを確認する。バスから降りて坂道を上がる時から心臓はドキドキしていたが、なんとか平常心は保てていると思う。
一年生に向けたお知らせは、特には無かった。サークルに対してどうのだの、告知だの、急募だの、そういう感じだった。
その中に、Neptuneという文字を見つけた。
部員大募集中、とあった。
「なぁ」
「なん?」
「Neptuneって、ひと足りねぇのかな?」
「そんなんおい知らんし、わいの方が知っとるちゃなか?」
「そだな」
確か部室でライブを見せてもらったときとか、一応ボーカルにギターにベース? にドラムはいたように思う。だから一応部員が4人はいる、足りないのか? 運動部とかしか参考にならないから、控えとかも必要なのだろうか?
そこで不意に、顔を隣に向けた。
赤羽は気持ち悪いくらいの笑顔で、親指を立てていた。
ぼくは軽く、顔が熱くなった。
「……なんだよ、ソレ」
「別に?」
鼻にかかる言い方に、頭を抱えた。痛々しかった、耐えられなかった、だから急に変われったって無理だって。ぼくはこの熱いんだか都会被れなんだかよくわからない九州人のペースについていけんくなりながらも顔をあげて気を取り直し、
「――じゃ、授業行くか?」
「おうよ!」
やたら元気そうな返事に引っ張られるように、ぼくたちはふたりでいつものように階段に向かった。
ちらり、と途中で中庭の方を見た。
いないのに。
確かにそこには、やはり予想の通り彼女はいないというのに。
彼女の影を、そこに見たような気がした。
「おはようゴザイマス、先輩」
不意に、右耳から声を掛けられた。
それにぼくは、出来るだけ自然にと心がけて笑みを作る。
「ハイ、コンニチワ」
「――なんデスか、そのフザけた言い回しは?」
その無駄な努力に、深雪ちゃんは露骨に顔を歪ませた。
「別二、なんでもないデスケド?」
「……馬鹿にしてマスか?」
「してないしてない」
慌てて手を振り、誤魔化す。やっぱり慣れないことはしないに越したことはないと実感する。
ぼくは改めて軽く咳払いし、
「ご、ごほん……えーと、今から授業?」
「そうデスけど?」
「なんの授業?」
「たぶん先輩と同じデスけど?」
「へ、へ~……そうなんだ?」
「はい、そうデスけど?」
『…………』
沈黙が訪れた。不意に、どうしようもなくわけわからんタイミングで。へらへらニヤけて、我ながらどうしたもんかだった。
「? お前らいかんとや?」
「あ、ああ……」




