五十三話
その動作を妨げることは何人たりとも叶わないだろう。
「会いたいです。会いたいです。会いたいです。ずっと、会っていなんです。会いたいです。会いたいです。会いたいです。今すぐに会って、その胸に飛び込みたいです。会いたいです。会いたいです。会いたいです。ただそのことだけしか考えられません。会いたいです。会いたいです。会いたいです。もうすぐ会えるのが楽しみで待ち侘びてもう我慢できなくてもう、もう、もう――」
気持ちが昂っていくのが、感じられる。まるで我が身のことのように。だけど決して焦ることはしない。なぜなら彼女の行動を遮ることが出来る人間はおらず、それを彼女自身も理解しているからだった。
彼女はただ、己が定めた行動を、ただつづがなくこなすだけだ。
ぼくはここでようやく、理解した。
彼女の持つそれは、ぼくの持つATフィールドを全開にしてもなお、届かない。ぼくのソレの、万倍の規模。
壁、なんてもんじゃない。
絶対の――それは、空間だった。
ガツ、と彼女の持つツルハシがなにかに当たったような感触が、見受けられた。水道管かなにかにでもついに行き当たったのか? ぼくはその動向を、静かに見守っていた。
一瞬ぼくは、目を疑った。
彼女がその口元を――一瞬醜悪とさえ感ぜられるほどに、歪ませていた。
嗤っていた。
「……ほらァ」
ぽた、と地面に染みが、発生した。
それは瞬きの刹那にあっという間に膨れ上がり、そしてどしゃ降りの雨が視界を覆い尽くした。
ザァ、という音が耳朶を打つ。
そして彼女はその中でも変わらず、ツルハシを振り下ろした。ぼくはそれを、黙って見守ることしか出来なかった。そしてそれは四度続き、呆気なく唐突に終わりを告げた。
「だから言ったでしょォ?」
彼女はツルハシを放り出し、着物のまま膝をついた。そして両手で穴に、両手を突っ込んだ。大切なものを扱うように土をのけていく。
なにかを、見つけたのか?
「アハアハアハアハアハ」
「!?」
常軌を逸したその笑い声に、ぼくの手先が震え出す。雨はますます激しさを増していた。そらを覆う雲は厚い。光が見えず、彼女の姿は輪郭しか捉えられないのに、なぜハッキリと彼女の行動がわかってしまうのだろうか? それが不可解で、それが、恐ろしかった。
「ほら、だから言ったでしょ? わたしの大切なひと、わたしの彼氏、わたしの大切な……半身。輿水椿樹くん」
輿水?
その言葉に、ぼくの心は激しく揺らいだ。どういうことだ? 同じ名字? 可能性は、どう考えても親族だ。しかしそれが兄弟なのか親戚なのかほぼありえないとは思うが親子なのかは、わからない。それに結婚したという可能性も無くはないかもしれないし、別の――
ギョッとした。
「ッ!?」
ぼくはソレにたじろき、後退り、みっともなくも足を滑らせその場に尻餅をついた。バシャと泥水が跳ね、全身ベタべタになる。しかしそれどころじゃない。そう、それどころじゃないのだ。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」
呼吸が、乱れる。激し過ぎて、ついていけない。苦しい。酸素が足りないんじゃない。逆に吸い過ぎなんだ。だけど止められない。所謂過呼吸の症状。そんなことどうだっていい。そんなことより問題は、目の前で繰り広げられている光景だった。
なんだ?
彼女が膝をつき、両手で土の中から拾い上げ、掲げているあの物質は、なんなんだ?
アレは、アレは――まさか?
「逢いたかったよ……本当に本当に本当に、会いたくて遭いたくて仕方なかったんだよォ……愛しい愛しいキミ、もう離さないからね?」
ウソだと思った。
彼女がその手に握り、頬ずりしているソレは――肉が殺げ落ち、髪だけが無様に残された、白骨化した――元人間の頭部だった。
「うわあああああああアッ!?」
跳ね起きた。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……ッ!!」
激しく呼吸を、繰り返す。頭が白熱していた。目がチカチカと火花が弾けていた。悪い夢だ。悪い夢を、見たかのようだった。悪い夢を、見ているかのようだった。
なんだ?
なんなんだ、今のは?
「……夢だ」
小さく、呟いた。言い聞かせてはみたものの、あまり効果は無いようだった。
関連性が、強過ぎる。表現が、生々し過ぎる。無視するにはあまりに、インパクトがあり過ぎた。
なんなんだ?
なんであんなものを、オレは見たんだ?
「…………」
衝撃に、ぼくはしばらく動けなかった。動くという術を忘れたかのように、ぼくはただ黙って膝の上の布団を見つめていた。




