四十六話
陽気に背中を叩かれた。このひとは基本お酒が無い方がいい感じの人らしい、崩れすぎる。
ぼくはハハハと乾いた笑いを浮かべ、オレンジジュースに口をつける。
「それはお疲れ様です。赤羽に呼び出されたんですか?」
「うん、之乃ちゃんが困ってるからきてくれー、って」
咽せた。これは新しいパターンだった、何事も我慢のしすぎはよくないという暗示なのだろうか?
「げほっ、けほっ、えーほっ!」
「あらあらだいじょうぶ?」
背中を滑らかに撫でこまれる。なんだか気持ち良くなってしまって余計咽せそうになるのを抑えて、
「だ、だいじょう、ぶ、ですっ」
「そう? ならよかった、まーでも冬馬ちゃんの実際半分は、口実作りだろうけどねー」
改めて、菅原さんはもう一口ファジーネーブルを煽っていた。本当美味しそうに飲む人だなァ、と感心してしまった。このひとはお酒さえあればどこでもある程度楽しそうだった。
『誰のツレだかわからないがマブい、今夜オマエだけにダンシンin Tonight』
赤羽はまさかのゴールデンボンバー二連発だった、まさか今日の日の為に練習したんではあるまいな? なんだか、意外とイイ奴なのかもと評価が上方修正が入りそうだった。
「それで?」
なにがそれでなのか、まったくわからなかった。
「……なにが、ですか?」
「なんでキミはみーんなこんなに楽しそうなのに、ちょっとブルー入ってるの?」
「いや、それはその……ちょっとハッチャけちゃってシャウトしちゃってた時に菅原さんに聞かれて、恥ずかし――」
「だけじゃないでしょ?」
断言され、ぼくはハッと顔をあげた。
菅原さんはニンマリ、出来あがっていた。
「でしょー?」
そこまで断言されれば、ぼくとしても隠しておくのは億劫だった。しかしその前に、ぼくは残っていたグラスの中身をガッツリ一気した。
「おぉ~、やっるー」
「っても単なるオレンジジュースですけどね」
勢いが必要だから出来ればアルコールとかが欲しかったが、仕方なかった。ぼくは軽く口元を拭い、
「――じゃあお話しますが、正直ドン引きするような内容ですよ?」
「なにがあったの?」
南無三、ぼくは咄嗟に彼女の残り三分の一のファジーネーブルを煽り、そして事情を話した。
彼女は、笑った。
「アハハハハハハハハハハハ」
ぼくは、不機嫌になった。
「……なにが面白いんですか?」
ぼくもまた三杯目のアルコールに突入していた。といっても自分で注文したのではなく菅原さんが頼んだものを三分の一づつ分けてもらったのだが、所詮アルコールなんて飲み慣れていません。
菅原さんは涙目にさえなりながら、
「あーごめんごめん、いやでも、青春してるなーって思ってさー」
「……なんですか、それ?」
こんな苦々しい想い、青春なわけがないと眉をひそめた。みんな楽しそうに和気藹藹とやってるじゃないかと。
「いやー青春よー、甘いずっぱいわー、うちも大学時代に戻りたいわねー」
「菅原さんはどこの大学行ってたんですか?」
「ん? 京大よ」
うわすげぇ、と思わず仰け反りかけた。じゃあお仕事っていうのも普通のOLとかじゃなくて、なんかすごい官とかそういう関係だったりとかするのだろうか?
「まーうちは置いといて、之乃くんよね? 之乃くんが落ち込んでるのは、みんなが聞きたくないって言ったことかしら?」
「いや……」
さすがに周りの目が気になり、辺りを見た。だが現在マイクは深雪ちゃんが握り、ももいろクローバーメドレーが始まっていた、意外と今の流行りを押さえている沖縄っ子だった。赤羽はそれに対抗してデンモクを高速操作、ゴールデンボンバーにEXILE関連やら関ジャニ∞を駆使して二人紅白歌合戦を繰り広げていた、ていうか選曲がミーハーな上京組バレバレだな。そして嘉島は歌ってこそいなかったが、楽しげにタンバリンやシャカシャカなるボーリングのピンみたいなのを振って盛り上げ役に徹していた。うん、誰もこっち気にもしてないね、ある意味ちょっとさびしい。
でもモチロン好都合。
ぼくは本音で、この京都のお姉さんに相談することにした。
「……それもそうですけど、でもそれを言っちゃったオレ自身にというか、なんであんなこと言っちゃったかなとか、そもそも大体がなんでそういう事態を招いちゃったかなというか――」
「小難しいわね」
一言で断ざられると、まーまーへこんだりするものだった。
「ハハ……すいません」
「ていうかキミって、マトリョーシカよね」
わけのわからん単語が飛び出して、ぼくは戸惑う羽目になる。
「ま……マトリョーシカ、ですか? オレが?」
「今日は一人称ぼくじゃないのね?」
なんだかただ単にからかわれてるだけな気がしてきた。ぼくはため息交じりにライムモヒートに口をつけた。ミントが酸っぱい、キツめのアルコール。ぼくの心をますます揺れ動かしたうん単純に酔ってきたなァ。
「……楽しいですか?」