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三十七話

 一年の時から余裕だよな、こいつ。なんか自分がすごく生真面目な人間な気がしてきた。

 とりあえず、赤羽の隣に座る。オフィスチェアーは融通利くから、ぼくは好きだった。ぐるんぐるん回って、遊んだりしてみたり。

「で? なんか用? 電話じゃなくて呼び出すなんて」

 気楽に訊いた。

「おい、結婚するばい」

 重い返答がかえってきた。

『…………』

 それに当然、重い沈黙が下りる。なにを言ってるんだ、コイツは? というのが正直な感想だった。てか一ヶ月前に彼女と別れたって言ってたよな? それで合コンして、んで盛大に失敗したよな? それで一ヶ月後に、結婚って――

「だ、誰と?」

 なんとか声を、絞り出した。

 赤羽はフッ、とどこか悟ったような、年喰ったような、そんなニヒルな笑みをこちらに向けた。

「万知子ちゃんと」

「あれ? お前フラれたんじゃなかったっけ?」

 いきなりその瞳から、涙が溢れた。あまりに唐突だったんで、眼薬で仕込んでたんじゃないかと思ったくらいだった。びっくりを通り越して、ポカンとしてしまった。

「へ……っておま、な、泣いてんの!?」

「いや、これは聞くも涙、語るも涙の事情があったっさね……」

 ぐい、と眼鏡をズラして目元を拭う赤羽。それにぼくは、心臓ばっくんばっくんだった……男がこんな風に泣くとこ、初めて見た。それも九州男児が――オレが茫洋としているこの一ヶ月で、いったいなにがあったんだろう?

「そ、そっか……た、大変だったんだ、な?」

「へへ、まぁな……まーそれはおいといて」




 置いとくのかよ、ぼくはツッコミそうになったが、なんとか耐えた。とにかくこの気分屋九州人のペースに合わせていたら、話が進まなくなる。とりあえず、本題を聞くべき。そう割り切って、改めて向き合った。

「それでおいといて、なに? なんか他にあんの?」

 軽い気持ちだった。また赤羽の、個人的な報告でも聞けるくらいに思って。

「上月は今月の4日、理事長が来るって知っとるや?」

 まさかその話題が来るとは、予想だにしていなかった。

「――――」

 ぼくは一瞬、言葉に詰まった。同時に頭も真っ白になってしまった。簡単にいえば、なにも考えられなくなった。

 忘れてた、わけじゃない。

 ただ、ぼくの中でのその位置づけが、正直複雑化、曖昧になっていたことは事実だった。すべては彼女のために、動こうとしていた。そしてそれに基づく、発生した知人からの情報をモチベーションとして。

 しかしそれが突然、鉈を振り下ろされたように断たれた。

 彼女は姿を消し、そして周囲との関係性もほぼ無に帰した。奇しくもぼくが自分で言った、元の黙阿弥だった。だから理事長が来るその日に行動を起こす理由も、そしてその日を意識する必要性も、もはやわからなくなってしまっていたのだ。

 ぼくは顔をあげ、赤羽に尋ねた。

「……そういえば赤羽はこの一ヶ月くらい、どうしてた?」

「そりゃあ万知子ちゃんに猛アタックしとったばい。毎日毎日、デートに誘って、実際二回くらいデートも重ねたばい。まぁでもフォーリンラブにはもうちょっと、ってとこやけどな」

 苦笑した。

「熱いな」

「火の国九州のおとこやっけんな」

 ニカッ、と笑った。笑ったり怒ったりと本当に読めないが、このバイタリティと白黒はっきりつける性格が憎めないことは事実だった。

「他にもサークルに入ったりもしとったばい。でも三つくらい試したけど、全部いま一歩やったな。なんか全部お遊びっつーか、のらりくらりした感じがおいの性に合わん感じやった。まぁ他にも試しみるつもりやけど、あとは東京の有名どころを一通り巡ってみたりしとったな」

 なるほど、忙しい毎日を送っていたようだった。ぼくのことなんかに構っていられなくても当然だった。納得だった。

「それで、わいはこの一ヶ月なんしよったとや?」

 不意に、問われた。

 ぼくのこの一ヶ月の、中身を。

「…………いや、まぁ、」

「おいたちとも、最近会わんやったやろ? みんな、気にしとったばい。上月は最近どうしとっとかな? って」

 意図せず、呟いていた。

「……まさか」

 自嘲さえ、浮かべてしまう。

 この一ヶ月、ぼくは赤羽はじめこの大学で知り合いになった4人と、顔を合わせることはなかった。それはイコール、向こうからコンタクトを取ってくるケースはなかったという意味だった。

 ぼく自身大学構内で、彼ら彼女ら輿水さん除く三人を見かける機会はあった、何度も、それは当然だった、同じ大学で同じ学年で掲示板の場所も同じなら必修科目も同じで学食に購買も同じつまりは被る機会は多々。

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