三十八話
でも、特に用事もないし――正直惨めなので、ぼくは避けていた。向こうの存在に気づいた瞬間には目を逸らし、足を別の方向へとむけて、さりげなく。その点大学は広く、常駐している人数が多いので、都合が良かった。まさに樹を隠す森は各所に、という感じだった。
顔を合わせて、やってしまった、という感じに苦笑いされるのには、耐えられなかった。用事もないのに無為に時間を過ごすハメになり、さらに関係性も悪化、総じて非効率。ぼくの判断は概ね、間違ってはいないはずだった。
しかしこれには、欠点があった。もし、お互いに用事がない状態が続くと、結果的に永い間無接触が起きてしまうのだ。待ち受けるのは関係性の、自然消滅。すべてが白紙へと、戻ってしまう。
今回のケースがまさに、それに、なりかけていた。しかし無理やり関係を維持しようとして、捻じれて、白熱して、炎上するよりは、よっぽど効率的だと思う。無意味に心を、荒まさなくて済むから。
なのに。
一ヶ月も関係を断ってきたというのに、しかもほとんど二度きりの邂逅しかなかったというのに、ぼくのことを気にしている、だ?
お世辞にしたって、もう少しうまいこと言ってほしいと思う。
「? なんがまさか?」
なのに本音でキョトンとした顔されると、まるで輿水さんを相手にしている気分にさせられる。それはどこか憂鬱な連想だった。あの三回の邂逅はどれも要領が得られず、そして最後の騙し打ちのような合コンへの駆り出しは、とても後味の悪いものだった。
せめてもう一度、会いたかった。もうなにがどうこうではない。
ただ会って、そして謝りたかった。自分の都合を押しつけてしまったことを。無理やり合コンに誘っておきながら、帰り送ることさえ出来なかったことを。それで自分の中で、綺麗に清算したかったともいえた。我ながら、自分本位だった。
「いや、その……オレのこと、気にしてたの? あのふたりが?」
一応この場では、赤羽は入れないでおく。これも対人関係を潤滑にする為の知恵だ。
すると赤羽は、決定的ともいえる言葉を吐いた。
「おう。なんか、避けられとる気がするって」
「――――は」
呼気が口から、漏れていた。
魂が、抜け出たような気がした。浮かんだ感情は、諦め、疲れ、またかというウンザリした気持ち。
また、気遣われるわけか。
惨めな、落伍者として。
そんなぼくの様子に気づいたのか赤羽は、
「どうかしたとや?」
ぼくの心は、千々に乱れていた。
「――っさいな、別に誰も避けてなんかねーよ」
聞こえるか聞こえないかくらいの小声で、悪態をついた。それぐらいは、許されるだろうくらいの気持ちで。
赤羽はそれを耳ざとく聞き留めたらしい。
「なんやわい?」
いちいち質問してくるなよ、メンドくさい。
「っさいな、だいたいみんなとかって言ってるけど、合コンで一回会ったきりの知り合いに毛が生えた程度の関係じゃんか。そんな人間が気にしてるとかって言われても、実際実感が湧かな――」
ごん、という衝撃。
「…………」
それにぼくの言葉と、そして思考は停止させられた。一瞬なにが起こったのか、まったく理解できなかった。唐突に発生した原因不明の頭部の痛みに、ただ耐えていた。
殴られた、頭を、と理解するまで、数秒かかった。
「は」
出てきた言葉は、意味も体もなしてはいなかった。
赤羽を見ると、なぜか表情は、険しかった。
「わい、なん甘えよっとや」
甘え――という響きに、ぼくは心が揺さぶられる心地だった。そんなつもりは、微塵もない。ただぼくはその時最適だと思われる行動をとってきただけ。ただ、そのつもりだったから。
言葉も出せずにいると、
「わい、なん甘えよっとやって」
繰り返されるそれにぼくは、
「甘えて、なんか……」
言い終えることが、出来なかった。
「なん甘えよっとやって言いよっとや!」
襟首を、掴みあげられた。人生初めての経験。それにビックリして――次に、カッとなった。
「なにすんだ!」
叫びに叫び返し、それに赤羽はさらに叫びで応戦してくる。
「わいがなん考えよっとや! ひとに心配してもらっといて、その態度はなんや!」
「頼んでない!」
「ガキかっ!」
その言い草で頭に血が、上った。
「……ひとの事情も知らないで、勝手なことばっかり言いやがって」
「なんがあったとや?」
人の心に土足でズカズカと上がりやがって。




