三十五話
なるほどなー、と納得した。そうか、お酒か。お酒を飲めば、みんな本音をさらけだす。あぁ、そういえば、最初に彼女を誘った時も、お酒って言って駄目って断られて、それで晩御飯ならオッケーって返事もらったんだったな。
なんだ。
彼女のことウダウダ言っておきながら、騙したのはぼくの方じゃないか。
色々批判する権利なんて、無いじゃないか。
「――――っ」
たまらない気持ちになって、ぼくはキス・イン・ザ・ダークを一気に煽った。初めて、酒を一気した。するとくらん、と頭が揺れた。おぉ、これが酔うってやつなのか? なんだかどうこういうより純粋に、新鮮だった。
古都、とグラスを置いた。
まだもう一杯、飲みたかった。
「あ、あろ、ますらー?」
「なんですかな?」
「もう、ひっぱい」
「はいはい、お任せで?」
「はひ」
口の端を歪めて、マスターは再度シャカシャカ始めた。それをぼくは遠い目で見つめ、
「……あの?」
「なにかな? 地方出身くん」
「ぼくが、彼女に似へるっへ、言ったじゃないれふか?」
「うん、言ったわね」
彼女はぼくの隣で顎肘をつき、カクテルを回すようにしてちびちびと口をつけていた。なんだか、楽しそうだった。
「だったらぼくわぁ、彼女とぉ、仲良くなれますかれぇ?」
「なに、きみあの子を狙ってるのぉ?」
それは――どうなのだろうか?
「それよかぁ菅原さんっ、赤羽とはどうなんれふか?」
「んー、ノリは好きだけどね? ちょっと、心開いてない感じで、もう一歩かなーって」
アーメン赤羽、現実はこんなもんだった。切ない、酔いが醒めそうな話だった。
「なら、その……ぼくなんて、どうれすかねぇ?」
「いいわねー」
――マジすか?
今度こそ本当に、結構マジにぼくは目が覚める。え? オレが? 菅原さんのお眼鏡に、叶った? 思わずマジマジと、菅原さんの様子を観察してしまう。
目がとろーりトロりんこ、と蕩けていた。ちなみに頬杖ついてたのが、既にカウンターに突っ伏していた。そして頬をべったりつけ、顔だけこちらを向いている。若干怖い、さらに目が醒める想いだった。うわぁ、リアル酔っ払いだぁ。
「あの、菅原さん……?」
「なに?」
「その、だいじょう――」
「なによ?」
「いや、あのオレは別に――」
「なによ文句があるわけー?」
どうしよう。
ガチで会話が、通じない。というか若干面倒になってきた。飲み会で先にシラフになると面倒だという都市伝説はどうやら本当だったようだ。
帰ろうかな、といつの間にか置いてあったカクテルに口をつけた。おぉ、次は幅広の深めなグラスで、なんか白いクリームが乗ってて、コーヒーっぽい甘さがあった。なんて名前だろう?
「あの、マスタ――」
「ねぇ、之乃くん?」
ん? とぼくは振り返る。なんか目が、据わってるような?
「な、なんですか万知子さん……?」
「一夜の過ち、犯してみる?」
大人のお姉さんの誘惑だった。
「…………いや冗談、」
「じゃなかったら?」
どっくんどっくん、心臓の音が聞こえた。なんだ? なんだこれ? オレ、いつ眠ったんだ? やっぱり慣れないカクテルなんて調子に乗って何杯も飲んだからか? ヤバいヤバい起きなきゃ、と自分の頬をつねった。
普通に痛かった、オレ寝てなかった。
――マジか?
「…………その、お気持ちは、嬉し、」
い以外になにがあるっていうんんだ?
ここぞ最近の、愛を知るっていう大チャンス到来ってやつじゃないのか?
という心のおそらくは堕天使の声に従い、ぼくは、ぼくァ――!
「いんです是非とも御指導御鞭撻のほどを宜しくお願い致したく存じ上げる次第でありまして……!」
「くぅ」
カラン、とグラスを傾けた。現実だった。とてつもなく現実過ぎて、甘さより苦さが喉を通り過ぎていった。
他人の考えは、欠片もわからなかった。地球で最も小さいとされているミジンコよりも最小単位といわれている原子が昨今素粒子とかいうやつに抜かれたそれっぽっちすらも、理解出来なかった。こんな純情な田舎から出てきた青年ひとりからかってなんの得があるんだか、あー酒が足りねー、酒が足りねーよ。
ガンっ、とグラスを叩きつける。
「マスター! もうひっぱひっ、オフフメのっ!」
「……もう、やめときな? 酒は飲んでも呑まれるな、だよ?」
「そんなぁ通り一辺倒な文句はぁ、聞きたくなひっ!」
結局その後ぼくは寝落ちし、起きたのは朝方の9時過ぎで大いにマスターには迷惑をかけるわ既に菅原さんは帰宅していてしかも支払いまで済ませてもらっていて重ね重ね申し訳ないわで散々で、そしてその日も大学に到着できたのはお昼を過ぎてからだった。
ちなみにその日も、輿水さんの姿を見つけることは出来なかった。