三十四話
なんかやるせなくなって、ブラッディマリーを煽った。一気とはいかないが、三分の二くらい減らした。ここがBARでよかった、こういう時お酒でも飲まないとやってられないというのは実際本当だと思った、うん。
「おっ、いい飲みっぷりねぇ」
その醜態を菅原さんは頬杖ついて、なぜか楽しげに眺めていた。そして空と言って差し支えない状態になっていたアイリッシュコーヒーが入っていたグラスを傾け、一滴を口元に。それはそれでなんか色っぽかったりした。
ぼくはなんだか弄ばれてる気持になって頭をかき、
「えーと……用件って、なんなんですか?」
「偶然の再会に、乾杯」
グラスを掲げられ、それにぼくも合わせた。そしてぼくはブラッディーマリーの残りを飲み干し、菅原さんはそこでアイリッシュコーヒーがなくなっていることに気付いたような顔をして、
「ありゃ? もう無くなってるわ……マスター、お任せでカクテル二種類」
「あいよ、万知子ちゃん飲み過ぎちゃ駄目だよ?」
「まだ二杯目よ」
にへら、と表情を崩す。うん、確かにBARでは二杯目ですが、その前に居酒屋で大吟醸2本お友達と空けてて皿を片づけてる間に聞こえた話では店三軒目だとか言ってましたよね?
そしてマスターにひらひら手を振った後ふぅ、と艶めかしく息を吐き、思い出したようにぼくの方を向いた。
『…………』
いきなり降って沸いた、沈黙。落ち着かない、こういう時こそ飲みモノでも欲しいのに、いまマスターはカチャカチャやってるし。
ぼくは弱い人間です。
「……いい天気ですね?」
見上げたそこには天井しかなかった。泣きたくなった、マスター強いのをくれ、いいじゃん今日は帰りたくないんだ、うん本当に言う勇気なんてないんだ、死にたい。
「そんなこと、あの子も言ってたわね……」
遠くを振りかえるような、それは口調だった。
ぼくは我に、返った。菅原さんは、既に明後日の方を向いていた。
「……菅原さん、」
「なにかしら?」
「菅原さんは、あの子……輿水さんのこと、どう思います?」
「素敵な名前よねぇ」
その感性に、若干痺れた。
「輿石っていうのはたまに聞くけど、それで水で、菖蒲……綺麗なお花なのよね、深い青紫色で、小さくて、細い葉が文目模様に並んでて……彼女の雰囲気に合った名前だと思うわ」
そういう捉え方も、出来るか。
でも、ということは――
「あの、菅原さん?」
「なにかしら?」
「あの、輿水さんって……どういう子なんです?」
それに、は? とでも言いたげな様子で、菅原さんはこちらを向いた。ぼくは慌てて、
「あ、いやその……しょ、正直わかんなくって! なんていうか、なに聞いても上の空だし、会話に一貫性も無いし、だからなに考えてるかわかんないし、顔とかだけはメチャ可愛いけど、なんていうか別の星からきた宇宙人みたいというか……!」
「似てるね」
ぼそっ、と呟かれた一言は、胸を抉るようだった。
「……なんで、ぼくが?」
「きみ、一人称がぼく?」
しまった、間違えた。ぼくとしたことが。いやでも今は、それどころじゃない。
「その……オレのどこが、彼女と似てるんですか?」
「彼女も言ってたじゃない。宇宙船に乗って冥王星がどうとか。素敵よね、もう十代じゃないウチじゃ出せない純粋さだわー、なんていうか憧れるわよねー、うはぁ」
ていうかこのひと、本当方言出ないな。上京する前に矯正してるんだろうか? それとも東京で暮らしているうちに矯正された口だろうか? なのに求められた時はサラっと出る、京都人ってお得だよなと思ったりした。
こと、と目の前にグラスが置かれる。なんとなく古都、という響きのような気がした。音まで雅だった。
「――これは?」
「キス・イン・ザ・ダーク」
「うわ、すげぇ名前ですね。どんなカクテルなんですか?」
「ドライジンにドライベルモット、さらにチェリーブランデーをミキシンググラスでステアしたものです」
三、四回ほど瞬きしてしまった。
ジンとチェリーだけは聞いたことがあったが、他はさっぱりだった。というかまぁ大体が初めてのBARで、色々あまりに情報を入れ過ぎてもアレだろう、うん、とぼくはとりあえずグラスを鼻先に近づけた。
甘く、芳醇な香りだった。しかし口をつけてみると意外と辛く、なんとも絶妙なバランスの大人な感じのカクテルだった。
なんだか、ほわぁ~という気持ちになった。飲み易くて、ぐいぐい喉に流し込んでしまう。体が火照ってきた。うん、なんだか菅原さんの気持ちがわかる気がした。ふわぁ~、としてきた。
「うはぁ~……うまぁい、ですね」
「きみも飲めばいいのよ、彼女と」




