最後の希望
待ち侘びた。
一年間。365日。8760時間。525600分。31536000秒。俺はずっと、ずっと待ち続けた。探し続けた。彼女の影を。声を。温もりを。だけど届かなかった。見つかることはなかった。だから半分くらい諦めかけていた。でも諦めたくはなかった。たぶん、二度とは現れない。こんな俺を理解し、すべて受け入れ、そして波長が合う、そんな人間を。
だからずっと、苦しかった。こんな想いをさらに何年、何百日、何万時間、何億分、何兆秒続けなくてはいけないと想像すると、それは途方もないものに感じられて、それは果てのない絶望のようで――彼女を永久に忘れずに、心の中でいき続けてくれるという微かな希望のようで。
それはまるで、パンドラの箱のようで。
そんな痛々しい妄想に身をやつして、悲劇のヒロイン気取って、だけどみんなにはバレバレで、やっぱり痛々しくて、それで、それで――
「……どう、して?」
「位相をズラすだなんて、夢物語デス。いくら深雪が天才だとシテも、どこでもドアは出せまセン。だから謙虚な深雪は、とりあえずコンタクトを取る手段を模索しまシタ。その為にはまず――」
「……椿樹、くんは?」
後ろにある気配は、動揺したように思えた。
「……逢ってきました」
「なんて言……どう、でしたか?」
「わたしは椿樹くんに、貴方が現世に戻る用意があると。貴方が望むのならそれは、可能だと」
「なんて、言ってました?」
ドキドキして、ヤバかった。
掌がじっとりして、ヤヴァかった。
「ありがとう……って、言って、ました……」
ドキドキして、ヤバかった。
「そう、ですか……」
「ぼくのこと、忘れないでくれて、ありがとう、って……」
「そうですか……」
「今まで想ってくれて、ありがとうって……こんなにしてくれて、ありがとうって……でもぼくは、行けないって」
消え入りそうな声だった。
一瞬なにもかも忘れて、そんな声を出させた男に、怒りが湧いてしまった。
「そ、んな……のって……!」
「だったらって、わたしが残るって、一緒に生きてくって、ふたりだけでこれから、生きてこうって……」
掌がじっとりして、ヤヴァかった。
行かないでくれって、切実に想った。
でも彼女には幸せになった欲しいと、切実に想った。
世の中うまくいかないもんだな、と哀しくなった。
「ぼく、お前には幸せになって欲しいって……その為に、今まで傍にいたんだって……でも、もう大丈夫だなって……わたし――」
「輿水さんっ!」
我慢できなかった。堪えられなかった。
好きな子がひとりで泣いてるのを、ただ黙って見てるだなんて。
俺は振り返り、輿水さんを、抱き締めた。
と思ったら、俺の両手は空振りした。
「どわぁ!?」
そしてド派手に、すっ転んだ。地面にガツン、と顔面を叩きつけた。痛かった、とても。確かに鼻もそうだが、心がとっても。
「ど、どういうこと?」
「先輩、可愛い天才後輩のハナシ、まったく聞いてませんデスね?」
「あ、いや……」
いきなり核心を突かれ、俺は二も無く三も無く、沈黙するハメになった。
「ごめんなさい」
「素直でよろしいデス。デハ大変恐縮というか面倒デスが、再度説明します。現在輿水先輩トハ、交信こそ可能デスが、触れたりイチャついたりは、無理デス」
「いっ、イチャって……!」
「ナニカ反論デモ?」
ぐーの音も出なかった。俺は黙って続きを促すことにした。
深雪ちゃんのドヤ顔見るのは、今日で何度目だろうか?
「現在、この世界の誰ニモ輿水先輩の姿を見ることは叶いまセン。ただ意思疎通が出来るだけデス。これ以上は、残念ながらこの超・天才少女の深雪にも手を尽くしようがありまセン。これ以上を望むナラ、輿水先輩自体に手を下していただく必要がありマス」
俺はフッ、と気がついた。
深雪ちゃんも俺が気がついたことに、気づいたようだった。
「……お任せしマス」
うん。
「せいぜい愛の力、お見せくだサイ」
てめぇがいうかこのリア充。
そういう想いは、なんとかかんとか胸に押し留めた。押し留めて、俺は彼女の声がしたほうを向いた。
向いて、胸に手を当てた。
「……あの、」
俺は深呼吸して、覚悟を決めた。
「俺……俺は、俺は、その……輿水さんに、いて、もらいたいです……もう言ったと思うんですけど、俺、輿水さんが、好きで、好きで、すげぇ好きで……だからその、行って欲しく、ないです、ないです、その……もちろん付き合ってなんて思ってるわけじゃなくて、でも輿水さんが椿樹くんのことを愛してるというのはよくわかったし、理解も出来るところではありますけど、でも、その、この世界にも、あの、少なくとも俺は、その、居て欲しくて、だから、あの……駄目、ですか?」
なんて情けない口上だと思った。こんなんでどうこうなる相手なんて、居るわけないと思った。愛の力なんて、俺には無理だって。
俺は更なる罪を重ねたような気持ちで、こそこそと顔を上げた。
「はい」
最初から居たように。
そこには等身大の日本人形が鎮座ましましていた。
頭、真っ白になった。
「…………え?」
「はい、ありがとう、ございます……わたしを、みてくれて」
心臓が、身体がぐらぐらと揺れた。
知らず、涙がこぼれていた。
「みえるよ……みえる、キミの、姿が」
「わたし、わたし……ずっと苦しくて、悲しかったけど、でも両親のご期待にも、沿いたくて、でも駄目で、そんな時椿樹くんに……!」
「俺が!」
今度こそ。
俺は彼女を抱き締めていた。
「俺が! 椿樹くんの代わりに、ご両親の代わりに、他の世界のありとあらゆる人間の、代わりになんてはならないのはわかっているけれど――!」
「代わりじゃないです」
彼女は俺に抱き締められるがまま、天を仰いでいた。
「代わりじゃないです……あなたはわたしにとって、唯一無二の存在です……好きです」
その言葉が、耳に染み通るようで。
「あなたと……生きていきます」
世界すべてが、俺を――俺たちを祝福しているようで。
「よっしゃあああああああああ! BBQするばいBBQ!」「先輩、ウザいデス。BBQではなくキチンとバーベキューといってください」「じゃ、みな、で……遊ぶ、か?」「き、喜一郎?」「よっしゃあ! じゃあ6人で、トリプルデートばい!」「な、なに言って!?」「いい、な、それ……」「な、喜一郎そんな!?」「い、やか?」「そ、そういうわけじゃ……」
バイブに、俺は改めて携帯をみた。
『といってもふたりはなんだかんだでくっつくと思うけどね、ごちそうさま、アンドおめでとう!』
敵わないな。
そして俺は、改めて彼女に。
「じゃあ……とりあえず、カラオケ行く?」
「わたし、歌とか知らないんで……教えてくださいね?」
俺は今なら、RPGを全力で歌える気分だった。
空は青く澄み渡り、海を目指して歩く。怖いものなんてない。
ぼくらはもう、ひとりじゃない。




