2日目 西岳山荘 ヘリ激写
燕山荘で朝の身支度を終えて出発したのは午前8時。快晴。
稜線には他の登山者が列を成す。
歩く。ひたすら歩く。今日はどこまで行くのと陽介が問い、槍ヶ岳頂上直下の槍ヶ岳山荘まで行くんだよと修三は答えた。昨日の疲れは全く無い。稜線下には雲がたまっているところもあるが、稜線上には何もない。夏の澄んだ空を見ながら無心に歩くのは実に気持ちが良い。まったく今日登らずしていつ登るのかというほどの登山日和であった。
修三と陽介はいつもどおりくだらない話ばかりした。
そしておよそ11時。不安定なガレ場(大小多数の岩ばかりの地形)を苦労して登り、大天井岳に登頂した。頂上では槍ヶ岳、穂高を背景にして自分を撮影してもらった。とても良い写真で、人に見せるときは良く使う1枚となった。地平線に富士山の姿を小さく見つけた。
大天井岳を過ぎて一人の登山者の姿を見つけた。スリムな体形、高価そうなウェア、軽やかな脚運び、無駄の少なそうなリュックサック。ベテランだなあ、と二人で感想を言い合う。
「あんなリュックサック小さくて大丈夫なのかな」と修三は言った。2泊は必要となる表銀座縦走ルートに対して、また他の登山者に比べても、そのリュックサックは二回りは小さい。
「プロじゃないの」陽介が適当に言った。
二人とも経験が浅くて結局よくわからない。
その登山者は遠くからでも目立った。だんだん離されていくのが見えた。
時間はあるし焦ることもない。二人は歩き続けた。しかし稜線上をこれほど長時間歩いたのは初めてのことで不思議というか快感というか、妙な感覚になってくる。頭の中はすっきりしている。体は良い感じに温まっている。汗は流れる。風が冷たい。眺めが良い。朝起きてただ歩くだけ。陽介とは馬鹿な話。シンプルだ。14時西岳山荘に着いて、常念岳を見ながらアイスを食べる。先は長いのですぐ出発する。ここから200メートルほども下ってまた登るきつい道となる。
と、しばらく歩くと雨がパラつき始めた。
修三には予備知識がある。3000m級の夏山は午後になると上昇気流で雲が湧き、天候が崩れやすい、雷雨となりやすいのだ。だから午前中が勝負となるのだが、さてどうするか。しばらく立ち止まって木陰で空を見る。いつの間にか黒雲が垂れ込めている。風も出てきた。次の山荘までは1時間ほどだろうか。
「よし、戻るぞ」修三は陽介に言った。戻るなら今しかない。そしてそれは正しかった。
西岳山荘に投宿して昼寝から目を覚まして16時半。雷雨となっていた。
「やるじゃないか」陽介が言った。
雷雨はしばらくすると止み、霧が湧いた。
とくにやることもないので、読書したり、山荘の周りを散歩したり時間をつぶす。
この山荘は畳の間に皆で雑魚寝する形態だが、修三の隣に何だか変な登山者がやってきた。
荷物は白いナイロン製のスポーツバッグだけ。さらに半袖半ズボンだった。なんだろう、この人は、と思った。
夕食を済ませたころ、また一人登山者が入ってきた。しかしフラフラで頭から血を流している。
「大丈夫ですか」山荘の主人が呼びかける。
その登山者は力無く座り込んだ。山荘は騒然となった。昼間、自分たちの先をすいすいと歩いて行った、あの目立つ格好の上級者と思しき登山者だった。話を聞くと濡れた岩で滑落したという。それをなんとか自力で這い上がりここまで戻ってきたのだ。山荘の主人が包帯を巻いて応急処置をする。修三はガムテープ持ってますけど要りますか?と申し出た。山荘の主人は、大丈夫、しかし頭をやられているからなあ、病院で診てもらわないとわからないよ、と怪我人に説明する。ヘリコプターが呼ばれることになった。
ヘリは30分ほどでやってきた。着陸用の広場を遠巻きにして宿泊客が見守る中、怪我人は運ばれていった。皆が写真を撮りまくる。どいつもこいつも野次馬だ。もちろん修三も撮った。野次馬の後ろ姿と舞い上がるヘリを収めた一枚が特に良い。タイトルは『野次馬とヘリ』だな。
「野次馬どもの写真だよ」修三がデジカメの画像を見せる。陽介の後ろ姿も映っていた。
「はっはっは、君もその一人だよ」
二人は屋内に戻るとビールを一杯飲みながら、隣の変な登山者と話す。自分たちと同じルートを来たのだという。多分30代後半だろう、ファッションは山に不似合いだがとても気さくで穏やかで話しやすい。言葉の端々に含蓄めいたものを感じる。
「今、僕は罪滅ぼしのためにあちこち登っているんだ」
「そうですか」意味不明だったが、質問するのはためらった。
「明日は奥穂高まで行くんだよ」
「その格好でですか」大丈夫かな、と陽介も思ったのだろう。修三たちの感覚からするとむちゃくちゃである。何かあったときに対応できない。
「大丈夫♪大丈夫♪」彼はお気楽だ。
「そうですかー」
修三は布団に入ったあとで、大丈夫の意味が違うのかもしれない、と気付いた。
21時消灯。
後年、その変な登山者のことをたまに思い出したが、罪滅ぼしとはなんだったんだろうと今でも思う。彼の友人とか親類が山で死んだのだろうか。わからないままだ。わからないままに彼の背負ったものの重さを思う。