家族会議
魔王城 別の客間
皆が眠っている時間、この部屋の中はまだ暑苦しい雰囲気が包んでいた。
「だから、先の説明でもう納得しているだろう。これ以上何を説明すればいい?」
丸テーブルを囲うように魔導師と魔法使い、戦士の三人が座っていた。魔導師はジト目で見つめる一人娘、魔法使いに向かい思いその口を開いた。
「そうですね、私が結婚してからのお父さんの女性関係でも。昔は私がそばにいたので"そんな"には羽目を外していませんでしたが、私が家を出たとたん、この数年は連絡一つ無しでしたものね」
「おっさん、その年でも相変わらず女の尻追いかけるの好きだよな」
戦士も珍獣を見るような目で魔導師を見る。
「なっ、人を天然記念物のように言うな!? これでも私はまだ42だぞ、それに一夜を共にしたいという女性はこれでも結構いるんだぞ!」
魔導師は胸を張るが、魔法使いは額に青筋を立てた。
「お母さんがまだ生きていた頃は、こんなナンパ男じゃなかったのに……もう一度聞きますけど、本当に隠し子はいないんですよね? お父さんの女遊びはある程度仕方ないのかもしれませんが、亡くなったお母さんに恥じるようなことにはなっていないのですのね?!」
「当たり前だ、そのあたりは天才といわれたこの魔導師に抜かりはない。第一、俺はそこまで一人の女に入れ込むことはないからな」
何が天才なんだかと、頭を抱える魔法使い。戦士はそれを見て念のため確認をする。
「なあ、おっさん。クローディアの母親はどうだった?」
「あれは良い女だった。病気でなければそれはもちろん……」
魔法使いの目が据わっていた。
「つまりお父さんは、かなわなかった願望を叶えるために、セイトを愛人に育てるつもりだったと……」
「おっさん、その長期計画はすごいと思うけどよ。さすがにあの年齢からってのはどうかと思うぜ?」
魔法使いと戦士はゴミを見るような目で魔導師を見つめる。
「まっまて、俺の守備範囲はそこまで低くないぞ! セイトは容姿的にはまだ数年は必要だ」
「「数年ね……」」
うっ、と魔導師は墓穴を掘ったことに気づき、冷や汗を流す。
「いや、あれは愛人というよりどちらかと言うと弟子(生徒)だぞ。それに自分が作った対象を恋愛対象とするのは、俺だって気持ち悪い!」
魔導師はを語るが、それはあまり娘夫婦には伝わらなかったようだ。
「はあ、今後お父さんをできるだけ監視するということで良いですけど。あと、どうしてホムンクルホムンクルスに興味を持ったんです?」
魔法使いは父親に呆れつつ、本題に入った。魔導師はその問に、何だそんなことかと口を開く。
「簡単なことだ、偶然だ」
魔導師は、胸元から紙で包まれた煙草を取り出し、火をつける。
「ここ禁煙ですよ」
「細かいこと言うな、少し頭を整理したいだけだ」
魔導師は指先から小さな火を作ると、タバコに火をつけて一度だけ深く吸う。
「一年ほど前かな。立ち寄ったノースランド連合の小さな村でな、市が開かれていたんだんだが、その中の雑貨屋で奇妙な本を見つけたのだ」
「本ですか?」
魔法使いは首を傾げる。
「そうだ、タイトルは"ホムンクルスの作り方"というものだ」
「うわっ、なんだそりゃ。あからさまにパチモン臭いっていうか怪しすぎだろっ」
思わず戦士が座った椅子をのけぞって、一段大きい声になる。
「俺も最初そう思ったが興味本位で手にとって中を読むと、これが見事に本物のような内容だったわけだ。しかも、その内容を理解できるのは俺ぐらいの知識が必要なぐらいのな。実際店主の若い女も怪しい感じだったんだがな、全然売れないからとタダ同然の値段で買わせてもらった」
「若い女……それが一番の理由ではありませんか?」
魔法使いのツッコミに魔導師は顔を一度そむけて口をとがらす。
「そんなことはないぞ、世間話のついでに連絡先を聞いたが教えてくれなかったしな。仕方なくその本だけ買ったわけだ」
「……結局口説いてんじゃねぇかよっ」
戦士は義父に対してため息をつく。
「まあ、とにかくだ。その女を口説けなかった方のショックが大きくてな、一ヶ月ほどその本の存在を忘れていたんだが、ある時ふと思い出して、その本を取り出して読みふけった。するとどうだ、そこに書かれていたある程度の材料は俺が持っていた物でなんとかなりそうだった。他に特殊な機材が必要だったが、それは馴染みの職人に頼んで作ってもらったわけだ。そして、3ヶ月後にはホムンクルスの作成に取り掛かることができた」
「かなりスムーズですね。でもお父さんの知識欲が駆られるのはわかります、確かキメラの研究もしていましたものね」
魔法使いは、少し興味が湧いて身を乗り出した。
「確かに。でも、その作成方法は錬金術というよりも、魔導で作る"人工的な使い魔"に近いという感じでな、俺の知らない知識もそこに書かれていた。そりゃ作らない訳にはいかないだろって感じだ。実は他の髪の毛のサンプルでも作ったんだが、何度か失敗した。それは細胞の培養が上手く行かなかったことが原因なんだが、その中で上手くいったのはクローディア姫の母親の細胞だけだった。そういう意味では優秀なDNAだったといえるな」
「細胞……DNA……? ですか。時々お父さんの知識はどうも理解できないことが多いです」
魔法使いは魔導師を不思議な目で見つめる。
「まっ、まあ、それは色々あるわけだがな。とにかくだ、俺がホムンクルスを作るにあたり一番悩んだのは、"魂"をどうするか? ということだった」
「魂? なんだそりゃ、心とかそういうやつか?」
戦士の問に、魔導師は頷く。
「まあ、似たようなものだ。身体という器を作ってもな、そのままでは空っぽだ。ゴーレムを作るならそれでも良いが、それではつまらん。心、自我を待たなければそれは人間とは言えない。そのため、降霊術である女性を呼び出し、そのコピーした魂をベースにデータ化を行い、フォーマットした」
「ちょっ、ちょっと待ってください。わからない単語はさておき、お父さんは降霊術も使えるのですか!?」
魔法使いが慌てるのも当然だ。この世界において、降霊術というのは一部の高位のネクロマンサーが使える"かも"知れないというものだった。実際にそれを見たものは殆どおらず、伝説といってもよい。
「俺は天才だからな。まあ、ホムンクルスの身体に合わなければ、フォーマットした無垢な魂といっても定着は難しい。だから俺は彼女を、クローディア姫の母親の霊を呼び出し、魂のベースにしたわけだ」
それを聞いた戦士と魔法使いはしばらく無言だったが、ゆっくりと魔法使いが目の前の存在に口を開く。
「お父さんは……一体何者なんですか……?」
それに対し、魔導師は頭を掻く。
「俺はただの天才だ、あとその話は今はどうでもよい。でな、あいつ、セイトは確かにクローディア姫の母親に近い存在といってもいい。だが、記憶も、短いといっても生きてきた経験も違う。だから、それはただ似ているだけの別人といえる。セイトは、セイトという人間と言っていい」
魔導師は二人にそう言うと、新しいタバコを取り出す。そして古い煙草をかき消すと、同じように火をつけて目を閉じた。
「ただ、彼女がクローディア姫の母親だとは俺も知らなかったのは本当だ。第一、彼女がいた村には今後立ち寄る予定もなかったし、親族に出会うことも無いとふんでいたからな。本当に変な因果だよ、まったく」
「因果……ですか」
因果という言葉が、魔法使いの頭に強い言葉として残る。
「娘よ、そろそろ俺からも質問いいか?」
「あっ、はい」
魔導師は目を閉じたまま、娘の魔法使いに問う。
「俺は天才で頭の回転も良いが、クローディア姫と魔王との関係などわからないことが多い。これまでのことを全部教えろ」
薄目を開けた魔導師は魔法使いと戦士をじっと睨むように見る。その視線の奥の力強さに二人は息を呑む。
「わっ、わかりました。全て話します……」
魔法使いと戦士はこれまでの経緯を丁寧に魔導師に語る。それは主観は除いた客観的視点で書かれたレポートのように、最終的に淡々と魔法使いの口からまとめられて語られた。それを聞き終えた魔導師は、再び目を閉じて、5本目のタバコに火をつける。
「なるほど、やっかいだな、こりゃ」
魔導師は頭を掻きながら、背中を反った。魔法使いと戦士は、魔導師の次の言葉を待つ。
「いい女だと思ったんだが、嵌められたかもな」
「「はぁ!?」」
魔導師は二人の反応は気に留めず、言葉を続ける。
「俺に本を売った女、これも事前の予防策の一つだった可能性があるってことだ。つまり、俺にホムンクルスを作らせたかったんじゃないかということだよ。その存在とやらが」
「ま、待てよ、おっさんがホムンクルスを作りだしたのは、あの存在がクローディアを危険視する前だったんだろっ?」
戦士の反論に魔導師が口元を歪める。
「誰がおっさんだ、このバカ義息子が。あのな考えてみろ、この世の中には絶対というものは無い、だからこそ頭の良い奴は色々な策を予め用意する。多分、500年前の魔王と勇者の関係を割いたのもそいつだろう。そしてイレギュラーとなる可能性も考慮して、対処方法もいくつか用意していたということだろう」
「その一つがホムンクルス……」
「正確にはクローディア姫の母親のだ」
魔法使いの言葉を、魔導師は更にはっきりとしたものにする。
「しかし、そのためにセイトをどう利用するかまでは今のところ分からんな。そいつの心理分析をするにしても情報が足りない」
魔導師は胸の前で腕を組み、天井を見上げた。天井近くには魔導師の煙草の煙が漂うだけだ。
「俺もお前たちの父親として一肌脱ぐしか無いか……」
魔導師が遠い場所見つめるように言う。魔法使いと戦士は珍しく真面目な顔の魔導師を見た。
「お父さんの力を私たちに貸してもらえるのですか?」
「あのなあ、何のために大人がいると思っている? お前は大きくなったもしれんが、俺にとっては一人娘のままだ。俺が大人としてお前たちに力を貸すのは当たり前のことだ」
二人に向い、魔導師は余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
「で、この城には他にも良い女はいるのか?」
「「台無しだぁ!!」」
魔法使いと戦士は天井に無かって叫んでいた。




