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幸い、転生特典でインベントリと鑑定のスキルは持っている。なんてご都合主義!でも本当に神様ありがとう!
春一番が吹く日、10歳になった。家令に生まれた日を聞いたら春一番が吹いていたと教えてもらったので、その日を自分の誕生日だとすることにしたのだ。
早春のまだ肌寒い日、そろそろ逃げるつもり。
その足で呪いを解除しに行く予定。前世どおりの黒目黒髪でもいいんだけど、行く先々で呪われた子だと嫌悪されたりして目立ちたくない。
家令に庶民の男の子の服を手に入れてもらって、髪を全部帽子の中に詰め込んで、夜中に離れからそっと出ていく。離れにはわたししか住んでいないから楽勝だ。
家令には感謝している。逃亡先も準備してくれた。今までどうもありがとう。最後、男の子の服を渡してくれた時、少しだけ抱きしめてくれた。『お嬢様お元気で。』
夜の街を歩く。夜はまだ寒い、石畳の上から冷えが伝わる。風が吹くとぶるりと震えてしまう。
離れの図書室でこの街の地図を見た。古くて今の街とはちょっと違っているが、大きな古い建物の位置は変っていない。
美の女神の教会。そんな教会あるんだよね。美しさを望む女性の参拝者が多いらしい。母も妊娠中に参拝したんだろうな。わたしと美の女神様の接点はこの教会だろう。
教会は迷える子羊を救うために、夜でもその間口を開けているらしいとこれまた本に書いてあったので、そっと扉を押すと本当に入れた。
誰もいない教会は暗くてシンとしている。ステンドグラスも夜は綺羅めいていないし、少し怖い。でも、ここまで覚悟を決めてきたんだ。静かにそろりそろりと女神像の前まで行く。
さぁ、黒目黒髪を解除しよう。
美の女神像の前で、髪を切る。生まれてから一度も切ったことがなく伸びっぱなしの髪をざくっと肩ぐらいまで切った後は手当たり次第短く切っていき、最後、離れから持ってきた石鹸を竹筒に入れた水で薄めて頭に浸して刃物で反り上げる。つるつるになった!
で、祈る。
美の女神様、女性の美の象徴である髪をすべて剃り落としましたので、黒目黒髪の解除をよろしくお願いいたします。
頭を下げて真摯に祈ったら、ぼおっと自分の体が光った。
『真摯な祈り受け取りました。』
美の女神様からの声が聞こえた。これで解除ができたと思う。離れから持ってきた鏡をインベントリから出して見てみると、つるつるの頭にはそよそよとうっすら髪がもう生えかけていた。暗がりの教会の中だけど、自分の体がまだぼっと光っているので、髪の色が見える。赤茶っぽい。目も赤っぽい茶色だ。
髪に神が宿るって本当だったんだな。黒目黒髪の解除は髪を全部剃り落とせばいい。それだけだったが、命と同じような価値のある女性の髪を全部剃り落とすのはよっぽどじゃないと出来ないことだと思うし、あのぼろぼろの本を読んで『黒髪を変えるには毛を全部切り落とせ』という記述を発見していなければ、解除方法もわからないままだった。
前世の記憶がなければ、本を読んで知識を蓄えようと思えなかっただろう。教えてくれる人もなく愛してくれる人もないまま無知のまま殺されてしまっただろう。
せっかくこの世に生まれてきたのだ。楽しみたいよね。
美の女神像の前で切り落とした髪はいつの間にか消えていた・・・。不思議だね。
つい、にやりと笑ってしまった。
あの人たちは、生きているうちに、解除されることがあるなんて知らないんだろう。
目が覚めたら自分の髪や目が真っ黒になっているんだ。さぞ驚くだろう。
そして、わたしは逃げた先で亡くなったと推測されるだろう。
子どものうちに亡くなったら母親に黒目黒髪は移るって噂されていたもんね。
自分が黒くなって、初めて、わたしを離れに探しに来て、空っぽの離れを見て何を思うのか。
無知は罪だ。
必死で黒目黒髪の解除方法を探せば、自分の家の離れの図書室にその方法を見つけ出すことができたのに。確かに本に書いてあることが全部正しいかどうかわからないけど、先人の知恵のひとつだ。試してみる価値はあると思う。それなのに黒目黒髪は呪われているんだと思い込み、呪われた子を産んでしまったという恐怖から目をそらし続けた結果だ。
実際わたしはただ髪が黒くて目が黒いだけで、肉体も精神も健康だ。噂なんてあてにならないと思う。でも、実際のわたしをちゃんと見たことがない人にはわからなかったのだろう。あの人たちにとって、わたしは一人の人間ではなく『呪われた子』という記号でしかなかったのだから。
でも、今後、呪いを返されたと思うだろう母が、自分の黒い髪と黒い目とどう付き合っていくのかわたしは知らないけどね。
ぼろぼろの呪いの解除方法の載っていた本はわたしが持っているし、まぁ今度こそ本気で呪いの解除方法を探せても、貴族の大人の女性が教会の女神像の前で髪をつるっぱげに出来る勇気があるかどうかだよね・・・。
わたしはそのまま春の香りのする夜の街を走り抜けていった。
誰もいない離れで一人筋トレに励み、日夜階段の上り降りをし、離れから出ることが出来ないならと離れの中を走り回って鍛えた体。
離れに置いてあった、ベッド、チェストや椅子などの家具類、シーツやタオルなどのリネン類、図書室の本、食器やカトラリー、以前住んでいたご先祖様方の大量の古いドレス。
離れは半分物置みたいになっていた部屋も多かったので、使わない壺とか埃の被った絵画にごてごての成金趣味みたいな置物もあったので、それらも持っていく。
離れのメイドや使用人たちの部屋の備品も。
その他生活に必要なものは全部、離れのものをインベントリに入れてきた。
離れはほとんど建物部分しか残っていないだろう。離れの中を走り回って、全部の部屋を探検したからね。
これから一人で生活していかないといけないから、餞別として貰っていく。それぐらい良いよね。それに家令にちょっとだけお小遣いももらってきた。これで当分はしのげるはず。
家令の準備してくれた逃亡先に急ぐ。
走り疲れて、逃亡先のぼろぼろの家に離れから持ってきたベッドをインベントリから出して、これまたインベントリから出した毛布にくるまり、すぐさま寝てしまった。
次の日、10歳で冒険者ギルドに登録できるので、憧れの冒険者になった!
薬草を採取してお金を稼ぐ。なんて異世界生活!
髪の毛は赤茶色を維持しているようで、5分刈りの男の子ぐらいには伸びてくれた、赤茶でタワシみたい。だからお貴族様のお嬢様には絶対見えないと思う。顔の造作は綺麗目なので、少し汚していつも帽子を深めに被ってごまかしている。
郊外の逃亡先の家は家令が契約してくれた。街の中心地の立派な家を購入すれば親にばれそうだから、古くてもぼろぼろでもいいから郊外の人があまりいないあたりでと頼んでおいた。家令が奥様のドレスを1枚購入するよりお安かったですと言っていたから、うまくごまかしてくれたのだと思う。家令のおじいちゃんが味方にいてくれて本当に良かった。




