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二話-5 嘘吐き




 学校に通うようになって数日が経った。今では最初の威圧した印象も薄れたらしく、教室の内外の生徒たちからよく話しかけられるようになった。

 僕としては男子生徒がよく話しかけに来るのを想像していたのだけれども、現実としては毎日女の子に囲まれていたりして。咲夜はモテて良かったじゃないと言うけれど、あれはそういうのではない。どちらかと言えば逆の意味合いを多分に含んでいたと思う。僕はそういうことには詳しいんだ。

 そうやって男子生徒が遠ざけられた結果、彼らは密かに僕との関わりを持とうとするしかなくて。


「好きです! 一目見た時から好きになりました! 付き合って下さい!」


「ごめんなさい。今は退魔師としての活動の方が大事なのでお付き合いとかは考えられないんです」


「そ、そうですよね! 困らせてしまったすみませんでした! 妖怪退治、応援してますから! くっそぉぉぉぉぉーーーっ‼︎」


 人気のない場所に呼び出され、頭を下げながら握手を求められたのは何回目だっただろうか。

 頬をかいて照れながらとか、壁際に追いやろうとしてきた(逃げたけど)人とか、花束を用意していた人とか、割と個性のある人が印象に残っている。

 それらの人たちにお断りをする為の、初めの頃は辿々しかったお断りの台詞も今はスラスラと口から出るようになってしまった。

 心の籠っていない、期待値数ゼロパーセントの返答を貰った男子生徒は顔を腕で覆いながら走り去っていく。それから少しして、木陰から咲夜が出てくる。彼女は悪役のような笑みを浮かべては去っていった男子生徒の方を見やった。


「通算二十人目撃破おめでとう。たったの五日でこれだけの人をフったのは人類で清花が初めてじゃない? ギネスにでも登録したらどう?」


「また馬鹿みたいなことを言ってる……はぁ」


 まだ授業が始まる前、下駄箱で靴を履き替えようとしたところで呼び止めを食らったと思ったらこれだ。

 玉砕を覚悟の上らしいけれど、本当に人の貴重な時間というものを何だと思っているのだろうか。

 早朝、授業が始まる中間休み、お昼休憩、放課後と何度も何度も告白をされるのは本当に勘弁願いたい。

 断るのも神経を使うし、断る際の文句を考えるのも億劫になる。咲夜から全て同じ文言で断ればいいと指示されていなければ学校に来るのすら嫌になりそうだったくらいだ。

 学校側としても異性に告白をすること、それ自体を迷惑行為だと認定することは難しいらしく、このことに関してはあまり期待は出来ないでいたりするのがもどかしい思いでいっぱいだ。


「いい加減、そろそろ終わって欲しいよ。特に最後の方は断り文句を統一しているんだから、それを聞いたら皆も成功なんてしないって分かり切っているだろうに。何でこうも続くかな。そもそも最初に恋愛はしないって断ったはずなのに」


「もしかしたらという一縷の望みを捨て切れないのかもね。貴方ってそう思わせるところがあるみたいだから」


「それって……どういうこと?」


 自分にはあまり思い至る記憶がないので問うと咲夜は鼻が笑った。


「見た目だけで言えば、清純そうで世間知らずのお嬢様っぽいところとか? 内情はどうあれ、見た目とか雰囲気が他人にそう思わせるってことなんじゃない?」


「そうなのかな? 自分じゃだいぶ凛々しくなってきたかなって思ってたんだけど」

「ただの気のせいよ」


「…………むぅ」


 食い気味にそう断言されてしまった。

 妖怪退治も短期間に相当の場数を経験してきて強くなったと同時に、顔つきも少し凛々しくなったと思ったのだけども、どうも勘違いらしい。

 手鏡でキリッと表情を整える自分を見てみる。やはり多少は逞しくなって気がするんだけど……。


「馬鹿なことをやっていないで、さっさと教室に行くわよ。全く、身の程を弁えない馬鹿のせいでとんだ時間の損だわ。最低限でも収入で上を行かないと成功確率なんてないに等しいに決まっているでしょうに。ねぇ?」


 そこまで言うつもりはないけど、時間の無駄だというのは同意見だった。


「まぁ、その……毎回付き合わせちゃってごめんね」


「相手が突飛なことをするのを防ぐ為の監視でもあるし、勝手に怪我をされた挙句にそれを貴方のせいにされるような事態になるよりは、ね」


 告白というのが一世一代のものだというのは自分でも理解はしている。だからどうせ断るからと彼らの想いを無碍には出来ない自分がいる。

 けじめとしてせめて正面から断ると自分に言い聞かせてはいたけども。こう何人も連続で来られると迷惑意外の何物でもない。

 せめて相手のことを知って、少しでも成功確率が上がったと思ってから来てほしいものだ。

 男の告白なんて受けるつもりは毛頭ないけど。


「次からはもっときっぱり断ることにするよ。悪いけど、時と場合を選べない人にはそんな配慮はしなくていいって今なら思うから」


「その方がいいわね。というより、あれだけ迷惑を掛けるなと言われていたのにもう忘れたのかしらね」


「それでも止まらない何かがあるんじゃないかな。僕にはそういう経験はないから分からないんだけどさ」


 異性を恋愛的な意味で好きになったという経験をしたことがないので僕に告白をしてくる男の子たちがどういう気持ちでいるのかは分からない。だからこれはあくまでも僕の想像に過ぎないけど。


「どうせ、止まらないのは性欲でしょうよ」


「それは言ったらお終いってやつじゃない?」


 身も蓋もないとは正しくこのことを言うのかもしれない。

 中身が同じ男として何か反論しなければいけないのだろうけど、残念ながら的確に言い返せるだけの語彙力が僕にはなかった。

 全国の男子生徒に心の中で謝罪をしておく。


「じ、授業が始まっちゃうから早く行こうか」


「次に呼び出しでもされたら奴らのアソコ、ちょん切っておいた方が良いかしら。それか料金でも徴収しようかしら」


 物騒なことを言い始めた後ろの咲夜を無視しつつ、僕は急いで教室に向かうことにした。

 その道中に聞こえてきた囁き声が僕たちの足を止める。

 生徒たちも授業があるからと急いで離れたせいで詳しい話は聞けなかったけれど、聞いた内容にまず間違いはないはずだ。それは目を合わせた咲夜も同じなようで、僕達は同じようにため息を吐く。

 話の内容が予想はされていたものの、もっと先になると思っていた事柄だったからだ。


「一応聞いておくけど、今の聞いた?」


 少し遠かったので咲夜が聞こえたかどうかという意味で問いかけた、のだけども。


「勿論聞こえたわよ。けど、私はそんな話は聞いてないんだけど?」


「ってことは、勝手にやられたってこと? それはまた、怖いもの知らずがいたものだね」


「校長はここの管理者が誰かって忘れてるのかしらね。あー明日から代わりのを探さなくちゃ。あー忙しいわー」


「忘れてはいないだろうけど、舐められているんだろうね。咲夜も、そして僕も」


 聞いた内容は本来ならここら一帯の地域の管理を任せられている咲夜にまず話を通すべきだった。先の代替要員の人たちでもこちらの意見を取り入れないで人選を決定するなどの勝手をしているというのに、舌の根の乾かぬ内にこれだ。明らかに僕たちを格下と見て勝手をしてこちらが激怒をしたとしても問題ないと思っている。


「咲夜はどうする気?」


 噂の内容とは、明日やって来るらしい新しい転入生についてのものだった。十中八九、僕がいるからと送り込まれた人と見ていい。

 その人たちがどういう人なのかは分からないし、最初から疑ってかかる訳ではないけど、どうしたって送り込まれて来た人という先入観は拭えないのは仕方ない。向こうもそれを承知で来ていることだろう。


「……さて、どうしてくれようかしらね」


 そう言って笑みを深くする咲夜の横顔を見て、僕はこれからやってくるであろう新しい転校生に憐憫の情を禁じ得なかった。

 翌日になって先生からお知らせがあると報告される。

 咲夜の目論み通りに転入生という出来事に際しての生徒たちの落ち着きはかなりのものだ。最初に僕という存在を持って来ることで後々にやって来るであろう人物に対しての衝撃を和らげることは成功していると言っていい。

 時期が時期だけに僕との関連性を考えている生徒は多く、同級生たちの視線の多くはこちらに向けられていた。


「えぇと、皆さん耳が早いようですが、知っての通り、またしてもこの教室に新しい仲間が増えることになりました」


 先生も僕がやってくるのは突然のことだっただろうに、この短期間にまたしてもやっ来るとは思っていなかっただろう。困惑や焦り、それからこの教室の担任になってしまったことの後悔のようなものが顔から滲み出ている気がする。

 僕だけでも扱いには細心の注意を払わなければいけないというのに、更に増えるというのだから無理もないか。


(今度、高い胃薬を贈ろうかな)


 このままでは胃腸炎になったりして体調を崩してしまわないか心配だ。


「新しい子も退魔師ということで注意事項は大蓮寺さんと一緒です。中にはこの言付けを無視して迷惑を掛けている生徒もいるそうですが、その方はこちらで名前を控えているので次はないと今ここで言っておきます。他の方も、くれぐれも大変な苦労をされている退魔師の方々には極力迷惑を掻けないよう心掛けて下さいね」


 先の宣告を聞いて、先生に視線を投げかけられた告白をしてきた生徒たちが顔を真っ青にしているけど、そんなことには構わずに先生が外にいる転入生に入ってくるように声を掛けた。そうして扉が開くとそこには一人の女生徒が立っていて、入室するなり迷うことなく僕に対して鋭い視線を向けてきた。

 探るような、訝しむような、疑うような、そして怒りの籠ったそんな目で。少なくとも、僕に対してあまり良い感情は持っていないことは確実なようだ。

 なぜそんな目で見てくるのか、思い当たる節が皆目見当がつかないこちらとしては首をかしげるばかりだ。

 もしかしたら過去に何かしてしまったのかも知れない。そう考えていると、隣から肩を突かれた。


『貴方、あの子と面識でもあるの?』


 小声の問いに小さく首を横に振ると、咲夜は呆れたように嘆息して。


『じゃあ、単なる私怨ね。上の意向で無理に出向させられたか、名声に嫉妬をしているか。あるいは別の……そうなるとある程度候補は絞られる訳だけど、さて……』


 率直に考えられる理由としてはその辺りなので、本当にその通りだとしたら八つ当たりにも程がある。

 とはいえ、それらは本人の口から理由が語られるまでは決めつけはしない方がいい。こちらまで喧嘩腰でいてはお互いの溝は深まるばかりなのだから。


「では簡単に自己紹介をしましょうか。片桐さん、お願いします」


「はい」


 片桐と呼ばれた子は、僕に見せた敵意のような顔は鳴りを潜めてにこやかな笑顔で教室中を見渡していた。


「片桐冬香です。家の事情でこちらに引っ越しして来ました。初めてのところで右も左も分かりませんが、何卒よろしくお願いします」


 頭を下げて挨拶をした彼女にまばらではあるけど拍手が贈られる。視線を上げる間際、再び僕に対して視線を向けた。すぐに視線を外されたけど、明らかにこちらを意識しているのは明白で。それに気づいた生徒もいる。あまり隠そうとはしていないみたいだ。

 しかしいくら掘り返してみても片桐という姓は記憶にない。やはり私怨の筋が濃厚か。


『どうしよう……仲良く出来るかな』


『こちらからする必要はないわ。その為の努力は全て向こうにやらせればいいのよ』


『なるほど。流石は咲夜だね。僕じゃ思いつきそうもない発想だ』


『その流石がどういう意味なものなのか、小一時間話し合う必要はありそうね』


『あいたたた。急に抓らないでよ、いったぁ……』


 今は話し合う必要はないので、僕はそっと窓の方へ視線を向けて逃げた。

 彼女の席はどうやら僕たちとは真逆の廊下側で、先生によって接触が少なくなるよう配慮された席なようだ。

 今回は急な転入なこととのために質問の時間は設けないようだ。

 一時限目が始まってそれぞれに生徒が殺到する中、授業が始まる直前に片桐さんが僕の方へとやって来る。

 嫌でも注目を集める中、彼女はそれを意に介さない様子で口を開く。


「不躾で済みませんが、放課後、時間はありますか? お時間はそれほど取らせないので」


 鬼気迫ると言うのはこのことを言うのか。怒るでも睨むでもなく、まさにこれ追い詰められたような必死の表情には流石に面食らう。

 ただ、ここで下手に逃げると後々面倒そうだと、彼女の瞳を見て思った。


「分かりました。彼女……咲夜も同席しますけど、構いませんか?」


「構いません。それでは、放課後によろしくお願いします」


 あの様子では僕と友好的になる為に来た訳ではなさそうだ。

 恐らくは大人の都合で来させられたはずだけれども、そんな子を警戒されると分かっていてわざわざ送り込んできたのか。その意図が分からない。

 彼女の、彼女たちの思惑を確かめる為にも冬香と名乗る彼女について行くことに決めた。咲夜もそこに特に反対はないみたいだ。

 そうして転入早々、同じく転入生の子に一日の節々に強い視線を向けられつつ過ごした学校生活。

 非常に気まずい思いをしながらもやっとのことで迎えた放課後の時間。本来なら新しい同級生となる他の生徒たちと親睦を深める為に使うだろう時間。

 しかし彼女は他には目もくれずに、僕のところへやって来て無言でこちらを見る。


「……では、話し合いをする前に場所を移しましょうか。周りに聞かれたい話ではないでしょう?」


「賛成です。ここの地理には詳しくないので場所はお任せします」


 生憎と、僕も最近やってきた転入生側なので詳しくは知らないということになっている。僕からの視線を受けた咲夜がため息交じりに頷いた。


「そういうことなら静かで密談にはうってつけのところがあるわ」


「そんなお店があるんだ?」


「私もそこそこ使っているからね。主に貴方絡みでだけど」


「そういうことなら僕も連れて行けばいいのに」


「恥ずかしがり屋には難しい場所ってことよ」


 彼女一人を向かわせて何かあったら嫌だけども、僕が行くとそれはそれで面倒が増えてしまうなら仕方ないと納得する。

 咲夜の指定する場所でいいと片桐さんの賛成も得てから僕たちはお店へと向かう。

 道中では前に僕と咲夜、後ろに片桐さんという形で歩いてはいたけれど、彼女は終始無言で僕を後ろから睨みつけるのみ。


「ここよ。休業中ってあるけど、ただの偽装だから気にしないで」


 紹介されたお店は退魔師などとは関係ないような一般人の方が経営しているお店らしい。咲夜もここでの活動をするに当たって顔を広げる努力をしている際に紹介をして貰ったという。初めて来たけれど、落ち着いて話が出来そうな空間で心地が良い。

 今は他のお客はいない。予め咲夜が無理を言って貸し切り状態にしてもらったからだろう。

 静かな空間に店主の人がコップを磨く音が響いている。こちらに視線を一度も向けないのは経験の賜物だろうか。

 僕たちが席に着いてからすぐに飲み物が差し出され、その後に店長は店の奥に引っ込んで行った。密談の場所として使われているというのは本当らしい。


「さて、ではお話をしましょうか」


 それぞれの頼んだ飲み物が目の前に揃ったところで咲夜が切り出した。

 しかし、その直後に彼女は大仰に手を広げて挑発的な笑みを浮かべる。


「とは言っても、貴方も別に仲良しこよしをしに来たって訳ではないのでしょう? 最初からそのつもりだろうし、つまらない化かし合いはなしにして、さっさと本音で語り合わない? それが望みだからあんな態度を取っていたと思っているのだけど?」


 そう、仲良くなりたいというのなら、初対面の時のあの態度は有り得ない。

 代理で派遣されてきた退魔師二人の態度を思うと、あまりにも後先を考えてなさ過ぎる。

 彼女をここへ送ったひとたちは彼女に僕をどうにかして欲しいと思っているというよりは、彼女と僕を会わせることそのものが目的なのかもしれないと感じた。


「それともまずは丁寧に挨拶からしましょうか? ほら、清花。まずは貴方からしてあげなさい」


 言葉を遮るように机が強く叩かれる。しかし視線は煽った咲夜ではなく、真っ直ぐに僕に向けられていた。


「そうよ、私はアンタのことを快く思ってなんかいない! 澄ました顔をした大嘘吐きなんて仲良くしたくもない! 当たり前でしょ!?」


 いきなりの怒号にどうしたものかと迷う。別に怖くも何ともないけども、腫れ物を扱うがごとくどう接するべきか困ってしまった。


「落ち着いて下さい。いきなり嘘吐きと言われても……」


 とりあえず宥めようと手で制しながら応えるけど、彼女の怒りは更に激しさを増すばかりで。


「嘘吐きに覚えがない? じゃあ、アンタの父親と母親の名前を言ってみなさいよ! ここで! さぁ!」


 更に力の限り机を叩いて立ち上がる片桐さん。まさに憤怒そのものといった様子で激昂している彼女に一体何があったというのか。

 その質問と怒りにどんな関係があるのか、僕には全く以て分からない。

 ここではぐらかすのは得策ではないと、彼女の目を見据えて言葉を返す。


「それは答えられません」


「それ見たことか! やっぱり言えないんじゃない! 今現在の大蓮寺家の血筋で子を為せる女性はたったの三人! そのいずれもがアンタの存在を認知していなかった! どれだけ過去を遡っても大蓮寺清花という存在が生まれる余地はないんだ! 言えッ! どうしてその力を使えるのかを!」


 大蓮寺家に関してよく調べているようだ。そして、何となくだけど彼女の正体が予想出来た。

 その語り口から言って、僕が大蓮寺を名乗っているということに怒っているようだ。赤の他人ならいざ知らず、その理由で怒る人は考えられる限りでそう多くはない。咲夜ならもっと早くから気づいていたかもしれないけれど。

 だからこそ、僕は彼女の怒りを真っ向から受け止めなければいけない。


「答えられないと言った理由に食い違いがあるようですね」


「何が!」


 尚も激昂する片桐さんに、僕はキッパリと告げることにした。


「ここで僕の両親の名を出したところで、僕には良いことなんて一つもありません。寧ろ、その情報が表に出ることによって両親という不必要な干渉を受けると考えれば寧ろ悪いことしかありません。なので例え大嘘吐きと罵られようとも、僕を利用しようとする大人たちの要らぬ干渉を受けて不利益を被るくらいならば、甘んじて嘘吐きの誹りを受けましょう。僕が答えられないと言ったのはそういう意味です」


「こ、の……っ! 言わせておけば!」


 僕の出自を紐解けば、絶対に元の性別が知られることとなる。いずれ知れ渡るにしても、今はまだその時期ではない。

 目の前の彼女の顔がどんなに憎しみに歪もうとも、僕たちには僕たちの考えがある。優先するべきことを間違えてはいけない。

 だからと言って、彼女を見捨てるという選択を取る訳でもない。それはこれからの話し合いによって決まることだ。


「落ち着きなさい。貴方の方こそ、言いたい放題言っておいて自らの出自を隠しているじゃないの。そこのところはどうなのよ」


 見るに耐えかねたのか、咲夜が横から口を出す。それに対して彼女は鋭い視線で睨み返した。


「宝蔵の出来損ないは引っ込んでなさい!」


「出来損ないなんて、浄化の水が使えなくなった欠陥一族には決して言われたくないわね」


「なんですって……っ!」


 眉を逆立つほどに釣り上げた片桐さんの顔を見て、咲夜が不敵に笑う。

 感情的になっている片桐さんと違い、咲夜の言葉は冷静に言葉を選んではいる。選んであの言葉というのがちょっとあれだけども。

 わざわざ口を出してきたあたり、ここは自分に任せろということだろう。そのまま咲夜が続ける。


「あら、やけに大蓮寺家の内情にやけに詳しいと思って鎌をかけたら見事に当たっちゃったわね。大嘘吐きだなんて、もしかして自己紹介だったのかしら? そんな性根だから力を使えなくなってしまったのかもね」


 クスクスと煽るように笑う咲夜。つい数秒前までは出自が分からないと言っておきながらのこれである。

 片桐さんが隠し事が出来ないくらいに感情的になっていたというのもあるだろう。薄々気づいてはいたけれど、やはり彼女は大蓮寺の関係者で間違いなかったらしい。

 裏が取れたことを確認するでもなく、咲夜は腕を組んで背もたれに体を預けた。


「今回ここに来たのは落ちぶれた元名家が突然蘇った浄化の力欲しさに虫のように群がってきた、といったところかしら? 退魔師というものはね、名でも血でもなく、力こそ全てなの。私がそうであるように、清花がそうであるように、大蓮寺家も同様にね。私と違って何も成すことの出来ない存在価値が底値の貴方に、現役で最前線で体を張っている彼女に何を言う資格があるというの? 雑魚妖怪一匹すら自力で倒せない貴方に誰かを糾弾する資格なんてあるはずがないでしょう? 知らないようだから教えてあげるけど、寝言というのは寝てから言うものよ。分かったかしら?」


「ぐっ、うぅ……っ! 言わせておけば! 私だって……っ、私だって、力があれば……っ!」


「たらればの話があるのなら、私だってそうよ。戦えるだけの力があれば欲しかった、ってね。でもね、現実としてそんなことは有り得ないの。だから、貴方がすべきことは決して清花を罵ったり責めたりすることじゃない。そんなことをしても貴方自身には何も利益がない。意味もなく敵を作るくらいなら、自分の為、家族の為に額を地面に擦りつけて媚び諂ってでも相手に取り入る気概を持ちなさい」


「あ……う……ぅ」


「立場を弁えなさいと言っているのよ。三流にも値しない人が一流に向けていい目ではないのよ、それは」


「そんなこと……私だって分かってる! 自分に価値がないことくらい、嫌って言う程思い知らされてきた!」


「だったらそんな余計な誇りは捨てるべきね。実を伴わない名に意味はないと思い知るといいわ」


「お婆ちゃんとお母さんの頑張りが無駄だったなんて言わせない! 言わせ……ないんだから……っ。絶対、意味はあるんだから……っ」


 咲夜の正論の連打に溢れんばかりの強気で臨んだはずの片桐さんは再起不能なほどの精神的損耗を受けているようだった。

 崩れるように椅子に腰を掛け、力なく垂れた腕が彼女の心境を物語っている。

 その時、机の下の二人からは見えないところで咲夜が僕の太ももを突いてきた。

 恐らくだけど、僕に何か言えというつもりなのだろう。咲夜が鞭で僕が飴と言ったところだろう。

 確かにやり口としては有効だろうけれど、あまり感心しないやり方ではある。そのことは後で問いただすとして。

 傷心で項垂れている彼女に、何と声を掛ければいいのか。

 少しばかり考えて、これだと思ったことを口にする。


「片桐さん……いえ、大蓮寺さん」


「……なによ」


「もしも、大蓮寺さんが浄化の水をその手に取り戻したいと思うのならまた今度、改めて僕を尋ねてきて下さい。お力になれることがあるかもしれません」


 この場で慰めの言葉をいくら言ったところで今の彼女には響かない。なら、少し時間を置いて冷静になって貰った方がいい。

 冷静になってこちらの言葉を聞けるようになったら、僕は彼女の為に何かをしてあげようと思う。

 本当に彼女が大蓮寺の血筋ならば可能性は幾らかある。

 しかしながら、使えなくなった理由も経緯も分からないし、調べなければ本当に再び使えるようになるのかは全くの未知数だ。けれどやってみなければ分からないこともある。試して駄目なら、また別の道を探せばいい。

 同年代で、血縁上は従姉妹という関係に当たる以上は出来ることならしてあげたいという気持ちはある。

 僕の素性がバレない範囲で、になるけれども。

 咲夜もこうなることを見越しての口撃だったのだろう。これが飴と鞭というやつなのかもしれない。

 飴である甘い言葉を掛けられた彼女はゆっくりと、縋るような眼差しでこちらを見ていた。

 信じたい、けれど信じきれないといったところだろうか。


「そんなことをして、貴方に何の利益があるっていうのよ」


「それはまた今度、大蓮寺さんの気が向いて尋ねてきた時にしましょう。今ここで話すべきことではありませんから。それとも、今の状態でまともに話すことが出来ますか? 僕の言葉を穿った見方で受け取らないと約束出来ますか?」


 冷静さを欠いた頭で交渉事なんてするべきではない。そのことを理解する余裕くらいは戻ってきたのか、彼女は沈鬱そうで首を横に振る。


「少なくとも、僕たちは大蓮寺さんの敵になるつもりはありません。それを嘘だと思い糾弾し続けるのか、それとも信じて手を取り合うのかは貴方が決めて下さい。どちらにせよ、一度頭を冷やして冷静になる必要があると思います」


「これがこっちの連絡先よ。失くしたりしないでね」


 先ほどボコボコに打ちのめしてきた相手から差し出された紙切れを取り、彼女は目を瞑った。

 そのままたっぷりと時間を使った彼女は立ち上がって頭を下げた。


「……今日は帰ります」


「勘定はこちらでしておきます。どうか気を付けて帰られて下さい」


 無言で頷いて、大蓮寺さんはフラフラと覚束ない足取りで帰って行った。

 一番うるさくしていた人物が去ったからか、店内はいきなり静まりかえったようにも感じられる。

 会話の内容はとてもではないけど一般人の人たちには聞かせられないようなものばかりだった。貸切状態にして正解だった。


「咲夜、僕たちも出ようか」


「そうね。こっちも色々と情報収集しないといけないし、さっさと帰りましょうか」


 外には複数のこちらを伺う気配があるし、その中に悪意はない。恐らくは大蓮寺さんの護衛の人だろう。

 視て知っているはずの咲夜からそこに振れられないので、彼女のことは護衛の人たちに任せるとしよう。

 ちなみに、予め釘を刺されていたにも関わらず咲夜に無断で転入生を招いた校長に関しては即日退任が言い渡されたという。

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