二話-6 冬香の覚悟
片桐さんと喫茶店で話したその翌日、僕たちは彼女からの願いで早速会うこととなった。
この会うということさえ、僕たちには一々気を遣わなければいけない。
まず、片桐さんがどうやって学校に転入してきたのか。力と求心力を失い、権力を持たない今の大蓮寺家に咲夜を通さずに転入してくるような荒業は出来ないはずだ。確実にどこかの家が大蓮寺家に介入したと考えるべきだろう。
その介入した家がどの家なのかは分からないけど、出来るだけこれ以上の介入は防ぎたい。その為の方策は咲夜が練っている。
今回の話にその家が身を乗り出して来るかは分からないものの、あるという前提で今の所は動いている。
僕と接点を作りたい場合は片桐さんを使ってこちらに近寄ってくるだろうと予想されるけれど、今のところそれらしい影は見当たらない。
やって来たのは片桐冬香さんただ一人だった。護衛の人は後ろに控えていてもこちらに来る気配はない。
彼女は僕達の前に立ち、腰を曲げて深く深く頭を下げた。
「皆様、おはようございます。この度は私情似てお世話になります。片桐冬香です。こちらは粗品になりますが、先日のお詫びも兼ねて受け取って下さると嬉しいです」
「これはこれは、どうぞお構いなく。それではお嬢様、私はお茶菓子のご用意をして参りますので」
片桐さんを招いた後、菓子折りを持って倉橋さんは下がる。彼女の方へ軽く頭を下げてから、片桐さんが僕たちの方へ向いた。
そして、再度腰を直角に曲げて深々と頭を下げる。
「宝蔵さん、大蓮寺さん。昨日は大変な失礼を致しまして……」
「謝罪を受け入れるわ。でも、その件に関しては中で話をしましょう。ここは人目につくわ」
ここ宝蔵邸は担当地域のどこにでも駆けつけられるようにと地域の中心地にある。当然、辺りには住宅街や商店街があるのでこの建物と面している道路には人が行き交っている。
僕がここにやってきているというのは殆ど周知の事実となっているので少しばかり注目度が高いのが困りものだ。
そんな訳で初めての人がいきなり頭を下げている図というのはあまりに目立ってしまう。早々に中に入ってしまった方がいいだろう。
道中、畏まった様子の片桐さんに苦笑しながら咲夜が問いかける。
「そういえば、貴方のことは何と呼んだ方がいいのかしら? 片桐さん? それとも大蓮寺さんと呼んだ方がいい?」
「今は……片桐でお願いします。今の私に大蓮寺は相応しくありませんから」
「そう、分かったわ。私のことは咲夜と、彼女のことはややこしいから清花と名前呼びでいいでしょう。それで、色々と話したいことはあるけど、まず最初に言っておくと清花に大蓮寺と名乗らせたのは私だから。そのことに文句があるならこっちに言って頂戴ね。そこのところは理解しておいて」
「文句なんて……。清花さんがそう名乗る以前から大蓮寺には多くの取次依頼がありました。そのことに苛立ちがありましたが、それを契機に大蓮寺家のを見る他家の目が変わったのも事実です。悪いこともありましたが、良いこともありました」
「あとは力さえ取り戻せれば、お家復興も夢ではないと」
「……そう、ですね。力を使えないのが当然だと思っていた私はともかく、母や祖母は未だにその夢を諦めきれていません。私はそんな家族の姿を見るのがあまり好きではありませんでしたが。でも、最近の二人は凄く期待感に溢れてて、清花さんの話題も頻繁に出てくるんです。……私自身はただの一般人として過ごした時間が長くて、自分が退魔師だという自覚は全くないんです。だから二人と一緒には喜んだり出来なかったのですが……」
過去の栄光を目の当たりにしてきた人とそうでない人との意識の差か。
なのに、僕という存在が現れてからもしかすると自分たちもという淡い期待を胸に抱いた家族から同世代だというだけで彼女にも同様かそれ以上の期待が押し寄せてしまった。けれどどうやったって浄化の水を出せないことに苛立ちを感じてしまう、無理もないことだ。同じ立場ならと想像をすれば安易に責めるようなことはではない。
他でもない、そんな思いをさせてしまったのは僕の責任でもある。
「ごめんね。そこまで思い詰めさせちゃってたなんて、想像力が足りなかった」
「いえ! これは偏に私たちが力を失ってしまった不甲斐なさから来ているものですから! 清花さんが思い悩むことではありません!」
手をブンブンと振ってこちらに非がないことを訴える。昨日の件で委縮させてしまったかなと思うものの、どうもこちらの方が自然体のように思える。
昨日の状態は色々なことがあって心がささくれ立ってしまい苛々してしまった結果、言葉遣いが荒くなってしまっただけなのかもしれない。
その証拠に歩き方や所作なんかにも気品というか、教養の良さが滲みだしているというか。咲夜に並ぶ淑女然とした立ち振る舞いを感じる。
「そういうことにしておくけど……一つ聞いていいかな?」
「はい。なんなりと」
「昨日と今日の君、どっちが普段に近い? 今の様子を見ていて、言葉遣いを戻していいよって言うかどうか迷ったからさ」
「え……っと、あ、あははは……どちらかと言うと、今の方が素です。はい。せ、先日は大変お見苦しい姿を……っ! あれは通っていた高校で浮かないようにと使っていた言葉遣いでして! で、出来れば祖母には言わないで欲しいんです。あんな言葉遣いしてるって知られたらどれだけ怒られるか……っ!」
どうやら今の姿が本当の彼女らしい。
倉橋さんから教育を受けているからこそ、彼女も日々努力してきたのだということは分かる。その祖母という方はとても教育に熱心だったのだろう。
祖母のことを嫌っている様子でもないので、怖いけれど大事な家族といったところなのかもしれない。
そんな彼女からすれば、僕は突然現れて自分の家を乗っ取ろうとしている外敵に見えてしまい、結果ああなってしまった。そうなっても彼女の立場からすると何もおかしくはない。そこに何の配慮もなかったこちらの落ち度だと言っても過言ではないくらいだ。
「別に怒っている訳じゃないから気にしなくていいよ。こっちとしてはいずれ大蓮寺家の人と接触するのは折り込み済みだったから、いずれはこうなっていたと思うよ。そうだよね、咲夜?」
「えぇ。予定が思いの外早くはなってしまったけれど、大蓮寺家の浄化の水を使う以上は避けては通れない道だったしね。そういえば、今日見た時から聞こうと思っていたのだけど、大蓮寺家の娘としてこの子に何か言いたいことはないの? 今の貴方の立ち振る舞いを見ていると、この子に何か思うところとかあるんじゃない?」
「咲夜? 僕だってこれでも頑張っているんだけど? それは酷くない?」
確かに他の女の子と比べられると見劣りはするかもしれないけど、倉橋さんの日々の特訓のお陰で女の子らしい所作は段々と身に付いて……身に、付いて……。あれ、何でだろう、心の涙が止まらない。
「あ、あれ? 清花さん!? 急に落ち込んだりしてどうしたの!?」
「い、いや……いいんだ。これは僕自身の問題だから」
僕自身、女の子としてはまだまだなんだと思い直すことにして前向きにいこう。
高みは遥か上にあった方が向上心と戒めとして丁度良いくらいだ。
「ほら、例の動画を貴方も見たんでしょう? この子って戦い方とかに男の子っぽいところがあるから、それを気にしているのよ」
「……あぁ」
残念なことに片桐さんからもそう見えていたらしい。確かに女性退魔師で、かつ接近戦を仕掛けている人なんてあまりいないという話だし、勇ましく戦う姿をそう捉えられるのは致し方ないと思う。
「別に悪く言っている訳じゃないわよ。清花の場合はそれを補って余りある部分で女の子をしてるのだから、文句がある訳ではないのだし……」
咲夜の視線が僕の胸に向かう。それを追うように片桐さんも僕の胸を凝視して。
途端に空気が冷えてきた。
「それ、詰め物はしていないんですよね?」
なんてことを至極真面目そうに片桐さんが聞いてきて。
それを聞いた咲夜が鼻で笑った。
「もしかすると、あそこに浄化の力が詰まっているのかもしれないわね。どうする? 何ならもぎ取って確かめてみましょうか?」
「浄化の水が使えるってことは同じ血が流れる言わば親戚のようなもののはずですよね? 少しくらい、分けてくれてもいいのでは……」
「ちょっと、二人とも?」
人の身体的特徴を冗談のタネにしないで欲しいことを視線で訴える。
というか、昨日今日会ったばかりの片桐さんのそれは冗談なのか真面目なのか分からないので止めて欲しい。
「ご、ごめんなさいっ。つい……っ」
ハッとなって謝ってきた片桐さんとは対照的に、咲夜の方はどこ吹く風だった。
場を和ませようとしたのかは判然としないけれど、ともかく少しは話しやすい空気にはなったか。
「全く、咲夜が変な事を言い出すから片桐さんが乗っかったんだろ。少しは悪びれる様子くらい見せろ」
「その不自然に膨らんだ物を削れば少しは信憑性が上がるのではなくて?」
「自分で胸を話題にしておいて自分で拗ねないでくれるかな。そういうところは咲夜の面倒なところだよ」
「誰が面倒な女ですって?」
「そのまんま面倒だから言ってるんだよ。そろそろ自覚すれば? ……いいから、早く座れる場所に行くよ」
いつまでも立ち話もしていられないので、ぶすっとしている咲夜とそれを見て苦笑している片桐さんを後ろに僕が先導する。
向かうのは会議室。ここは防音の設備が整っているので密談には持って来いの場所だ。そこに僕たちは机を間に挟んで座った。
本題に入る前、飲み物を待っている間に咲夜が問いかける。
「そういえば、あの後はご家族に話はしたの?」
そこは僕も聞きたかったことなので耳を傾けると、彼女はバツの悪そうな顔をして愛想笑いを浮かべた。
「その、一人だと冷静に考えられないと思って両親とお婆ちゃんに正直に話したんです。自分目線にはなりますけど、出来る限り詳細に」
「ふぅん? 中々殊勝な心掛けね。もっと自分に都合のいいように報告することだって出来たでしょうに」
「は、初めはお母さんに愚痴を言おうって思って電話したんです。ですが会話を使用としたその時にふと頭に過ったんです。これ、嘘がバレたら後が怖くないかって。それで正直に話したんですが……それがお婆ちゃんにも伝わってしまって……」
片桐さんは沈鬱そうな顔で搾り出すように語る。それはそれは恐ろしい体験をしたようだ。
「お婆ちゃん、凄く厳しい人なんです。曲がったことが大嫌いで……」
「それで大目玉を食らったのね」
「はいぃ……。五時間もお説教されました……」
それは……中々のお婆ちゃんのようだ。
僕や倉橋さんは予定が詰まっているのでそこまで時間が取られないから助かっただけでかもしれないと、ちょっと同情する気持ちがある。
そんな訳で延々と説教された結果、彼女は先日の行いを省みることとなり今に至るということらしい。
ともあれ、こうして落ち着いてお話しが出来るようになって何よりだ。あのまま意固地になって対話拒否にでもなっていたら流石に咲夜も送り返していただろうし、そうなったら色々と台無しになってしまうところだった。
「さてと、それじゃ今日の目的を果たす為のお話をしようか」
大門先輩に注いで貰ったお茶を啜り、僕は話を切り出した。
その話題に移ろうとした時、片桐さんが手を挙げる。
「その前に聞いてもいいですか?」
雰囲気からして軽く流すような話題ではないらしい。
頷いて先を促すと、彼女は緊張した面持ちで話しだす。
「今日、先ほど顔を合わせた時……いえ、昨日からずっとお二人は私に対して良くしてくれていますよね」
「清花はともかく、私は上から正論ぶつけただけだけど」
「それだって、別にあんな風に悪者になる必要なんてなくて、もっと優しくして懐柔することだって出来た……違いますか?」
それは僕も思ったことではある。あんな風に叩きのめすようなことをしないでも穏便に話を進めることは出来たはず。
なのに、なぜそれをしなかったのかは疑問に感じてはいた。片桐さんの出方次第では余計に拗れる可能性もあっただろうに。
問われた咲夜は軽く息を吐いた。
「私があえて厳しくしたと思われているようね。けど、それは間違いよ」
「そう……なんですか」
「あれは単純に対比の問題よ。私が貴方を徹底的に攻撃をすることで、清花が相対的に優しく見えるというだけのね。そうしておけば怒りの矛先は私に向かうから対処がし易かったし、私が口八丁で言いくるめるより当事者の言葉の方が真実味があって受け入れ易いからね。あとは貴方とのいざこざが長引けば長引くほど私たちにとって事が面倒になる可能性があったから時間を掛けたくなかったの。だから多少強引かつ、どんな終わり方になったとしても早急な解決を図ったという訳よ」
僕の方は咲夜が説明をし出すとついつい深く考えずに納得しかけてしまう自分がいるけれど、気になった部分について聞いてみる。
「面倒ってどういうこと?」
「例えば……そうね、時間が掛かった場合は新しく仲裁をする人間がやって来たりとかかしらね。貴方が来るまでに多少の時間があったということは仕込みは済んでいるということでしょうし、その情報はもう入って来ているのよ。だったら速攻で解決するか、最悪は貴方を追い出してその仲裁役が入って来れないようにする方を選んだの。貴方の機嫌次第で結果がコロコロ変わるより、ある程度私が結果を操作したかったってことよ」
あの時にそんなことまで考えていたらしい。
僕はどうすれば彼女に力が戻るのかくらいしか考えていなかったけど、やはり視る視点が違うのだと感じる。
「今だから言える正直な話になるのだけれど、貴方が理性的になるかならないか、どちらに転んでも私としては構わなかったのよね。仲が良くなればそれが最良だけど、仲違いしたとしても結局は私たちに頼らざるを得ないのだから、その時は貴方の態度の件を使って話を自分に有利に進めていっただけだし。初めて会った人間に短期間での更生を期待するほど私たちに余裕はないのよ」
言い終わって茶を啜る咲夜に片桐さんはドン引きだった。
あの時の片桐さんの勢いでは咲夜に反発して意固地になっていた可能性は十分にあった。自身もその未来があっただろうことを想像出来たのだろう、片桐さんは顔を青くして口をあんぐりと開けている。
その様子を見て、咲夜は口角を釣り上げて笑う。
「だからあの時清花が言ったでしょう? 自分で決めろ、って。どちらに転んでも構わない以上は今回の結果に対して、私は貴方に選択に任せることにしたの。その点で言えば貴方は見事に大正解を引いたってことね。一応はよくやったと褒めてあげるわ。あの状態から今に持って来れる可能性はかなり低いと私は見ていたもの」
「あの、でしたら……もっと、こう……優しく宥めたり……そうしたら」
「そうしたら? 思うに、あの時の貴方にそれをしても意味がなかったように思うのだけど? とてもではないけれど怒り狂って他人の意見を聞き入れる状態じゃなかったでしょう? きっと私たちがいくら説明をしようとも聞く耳を持たなかったはず。仮に優しくしてあげたとして、それで貴方が落ち着いて話が出来るまでどれくらい掛かったのかしらね。自分ではどのくらい必要だったと思う?」
「……しゅみません。私が馬鹿でした」
「分かればよろしい。私は別に悪いことをしたと思っていないからあの場での発言を謝ったりはしないわよ」
確かにあの時の片桐さんには他人の言葉を聞き入れるような余裕はなかった。
咲夜が彼女の燃え盛る火に大量の水をぶっかけて強制的に鎮火させたことでやって僕の言葉がかろうじて届く隙間が出来ただけだ。
その為にはあれほどの口撃が必要だった、ということなのだろうと考える。
しかしながら、このままだと片桐さんの中で咲夜の印象が悪くなったまま残ってしまう。それはあまり良くないことのはずだ。
「咲夜のことだから、もしも片桐さんと仲違いになっていたとしても別の考えがあったんだと思うよ。その為に自分を悪者にして僕の話が通りやすいようにしたんでしょ?」
「そう、なんですか?」
僕からしたら咲夜は簡単に目の前の人を見捨てられる人じゃないことは分かっている。だから一緒になって活動をしているのだから。
それは片桐さんであっても例外ではないはず。
問われた咲夜は少し視線を逸らしながら答える。
「……何のことだか分からないわね」
「と言ってるけど、ただの照れ隠しだから気にしないでね」
責めるような視線を受けるけれど気にしない。咲夜は本当のことしか言っていない。しかし、全てを語った訳ではない。恥ずかしいからと言わなかったことはおそらく多いはずだ。なら、その部分を僕が補っていけばいい。
それはそれとして言葉足らずな部分は後で怒っておこう。倉橋さんにもお願いして。
そうして誤解が解けたから、片桐さんは改めて咲夜と向き合ってくれたみたいだ。
「あの……私のことで大変なご苦労をお掛けしてごめんなさい」
「謝罪されることでもないけど、結果的には良い方向で纏まって良かったわね。最も、結果と言ってもこれからのこと次第だけど」
改めてこれからのことについて話し合うことになる。
今回の話の肝は片桐さん……本当の大蓮寺家の娘である冬香さんが浄化の力を使えるようになるかという議題だ。
彼女が浄化の力を使えるようになれば僕の唯一性が薄まり、多少は僕の環境の改善に繋がるはずだ。
そういう意味でも片桐さんには力を取り戻して欲しいところではあるのだけど、やはりこればかりはやってみないと分からないことだらけだ。
「どういう経緯で力が使えなくなったかは僕は分からない。そもそも根本から無くなったのか、封印されたような状態なのかも。どうすれば昔のように使えるようになるかとか、そういう普通に考えられることは他の人が全てはやり尽くしたと僕は思ってる」
「一通りやれることはやったでしょうね。それで? 貴方はこれをどう解決するつもり?」
二人の視線がこちらに突き刺さるほど強く向けられている。ここで冗談なんて言った日には刺されかねないほど真剣な眼差しだ。
「普通に出来ることは確かにやり尽くした……。でも、それでも他の誰にも出来ないことが一つだけあると思うんだ」
「浄化の水……ですね」
そう、そもそもの発端である浄化の水は、問題を解決しようとした時には既に使えなくなっていたという。治す為には治療対象そのものが必要かもしれないという二律背反。唯一の解決方法が浄化の水だったとしたら、殆どお手上げの詰みの状況になる。
ただし、それも今までの話。今の僕の力で、それこそ一番力のあったとされる初代浄化の水使いに匹敵するとすら言われているこの力でどうにか出来ないのかという考えだ。
「もしかしたら何とかなるかもしれない。というか、僕にはこれしか出来ないんだけどさ」
「皮肉なことね。浄化の力を使えるようになる為に浄化の力に頼るだなんて。清花がいなければ一族として終わっていたかも知れないじゃないの」
「本当ですね。清花さんがいなければどうなっていたことか」
少ししんみりとした空気が満ちる。けれど、まだ何も解決はしていない。
「まだやってみなければ分からないよ。とりあえずやってはみるけど、駄目かもしれないという可能性はあるからね」
本当にこれで治るのかどうかなんてやってみなければ分からない。
もしもの時のことを考えるとぬか喜びなんてさせられないから、余計な期待をさせないように断言は今はしないでおく。
何にしても、まずはやってみなければ何も分からないので早速取り掛かることにする。
彼女が一日で腹を決めてここまで来たのも、出来るだけ早い解決を望んでのことだろう。今もやる気に満ちた目をしていた。
「それじゃあ……その、水を使うから衣服を脱いでおいて欲しいんだけど……」
浄化の水を使えば当然濡れることになる。そうなれば色々と人の目には晒せないことになるので窓のない部屋である会議室を選び、運び入れてあったベッドに片桐さんを仰向けに寝かせる。
脱いで欲しいという言葉にはまだ続きはあるのに、待ちきれないとばかりに豪快に脱いでいく。
ここには男性はいない——ということになっている——ので、片桐さんも特に気にした様子もなく下着姿になっていた。
そして下着にまで手をかけたところで気付いたように問いかけてくる。
「えっと、下着まで脱いだ方が良いですか?」
「あっ、あぁ、うん。ぬ、濡れることになるからその方がいいかも。一応、濡れてもいい替えの服はこっちで用意しているから。裸は流石にアレだからそれに着替えてくれれば大丈夫だよ。僕達は一旦部屋を出るからその間に……」
「でしたら、今ここで全て脱ぎます。その方が早く始められますよね?」
「えっ!? いや、確かにそうだけど……って脱ぐのが早いっ!?」
そうと決まったら早速とばかりに衣服を脱ぎだしてあっという間に素っ裸になってしまった。早く治して欲しいという思いの現れかもしれないけれど、あまりの予想外の出来事に思わず顔を背けてしまう。慌てて目を腕で覆ったので大事な部分は見ないで済んだものの、脱ぐ寸前の姿まではバッチリ瞼に焼き付いてしまった。
すぐに咲夜が手渡した病院服のような衣を纏ってくれたものの、その時の光景が中々瞼の裏から離れてくれない。
自分や咲夜で女性の裸には多少は慣れたものだと思っていたのはやはり間違いだったようだ。
「ど、どうしたんですかっ? 清花さん、どこか悪いところでも⁉︎」
いきなりおかしな行動をした僕を気遣うような声に咲夜が答える。
「この子、あまり他の女の人と接する機会がなかったから、肌を見たり見られたりするのが恥ずかしいのよ」
「えっ? あっ、恥ずかしがり屋っていうのは本当だったんですね」
「そうよ。こんなことで顔を真っ赤にするくらいには初心な子なの。あまり煽らないであげてね」
最後のその言葉には少し待ったを掛けたい。
「寧ろ積極的に煽って来るのは咲夜の方……」
「何か言った?」
「いえ、何でもないです……」
とりあえずは予め用意しておいた着替えに着替えてくれたお陰でどうにか直視出来るくらいには落ち着いた。
それでも半裸に近いことには変わりなく、濡れてしまうから施術時にどうしても直視してしまうのでここに来ると決めた彼女のように強い覚悟を持つしかない。……のだけど、中々ほぼ初対面の異性の素肌を見る決心が出来ないでいる自分がいて……。
決心が出来ずに目を手で覆った僕の脇腹を咲夜が突いて来た。
「いつまでそうしているつもり? 貴方が露出が多い方がやり易いって言うから脱いだのよ。彼女が一番恥ずかしいのだから、清花も覚悟を決めなさい」
「わ、分かってるよ……!」
殆ど初対面の僕たち相手に裸体を晒している片桐さんが一番恥ずかしい思いをして耐えているのだから、見る側の自分がいつまでも恥ずかしがっているのはおかしい。理屈としては理解はできる。
自分の裸体を見ていると思えばそれほど恥ずかしくはないと、意を決して目を開ける。
「…………」
「あの……」
片桐さんが恥ずかしそうにしている。
「…………」
その姿がとても官能的というか……。
「目がエロい」
「あ痛っ」
引っ叩かれてしまった。まぁ、今のは自分が悪いのだけども。
そういえば咲夜の時にも同じような反応をして叩かれた記憶があったような、なかったような。その時の記憶はあまりにも鮮烈に過ぎて吹き飛んでしまっているようだ。
それにしても、やはり厳しい祖母の教育のお陰だろうか。肉付きは程よく、変に痩せ過ぎず肥え過ぎずといった良い塩梅に肉体が仕上がって——
「いいから真面目にやりなさい」
「……はい。すみませんでした」
煩悩を消し去る為、とりあえず僕は今暫しの瞑想に耽った。




