四話-5 帰さないという強い意志
一番肝心な話がサラッと流される程度で終わってしまったけど、何度か出席したことのある人の言葉で嘘ではないということは情報として確かなのだろう。もう少し詳しく聞きたかったけど、今更捕まえて話すのは相当な労力が要るということで諦めた。
あとは余った時間をどうするかだけど、そこは後を任された景文さんが張り切るようだ。
「二人さえ良ければ建物の中を案内したいんだけど、どうかな?」
人生の中で五家ほどの家を見るのは初めてなので知識欲として見てみたい気持ちはかなりある。
ここまで来るまででも、どこもかしこも少し前に暮らしていた一流の旅館のように感じられた。
出来ればもう少し見てまわりたいと思っていた所だ。
「僕は見てみたいな。咲夜は?」
「私も気になるからお願いしようかしら。五家の内側を見れる機会はそうはないものね」
賛成を得られたということで景文さんは頷いて僕達を先導し、ついでに解説もしてくれる。
「ここを見学しに来るのは殆どが門下生として来る子たちで、基本は関係ない余所者は入れないようになっているからね。道場や修行場は今いる建物とは別の場所にあるから、こっちの案内が終わったら行ってみようか」
「それならこっちは差し詰め本家の人間専用といったところかしら?」
「当たり。土御門姓は基本こっちで暮らしてるんだ。ちなみに清花さんたちが今日最初に入ってきた入口も、門下生たちが入ってくる所とは別の場所だったんだ。どこからか二人がやって来る情報が漏れていたみたいで入り口には門下生たちがべったりだったらしいからね」
それは悪いことをした、のかな。囲まれたところで何をしてあげられる訳でもないけども。
「こっちには本家の人間用の特別な訓練場もあるんだ。見ていく?」
「お願いしようかな。僕はあまり他の人の修行を見たことがないから」
「それなら新鮮に感じるかもしれないな。もうすぐ着くから楽しみにしてて」
そうして案内された場所は木造建築の建物と地続きで繋がっている天然の洞窟だった。
中からは肌寒い冷気と共に濃密な力が流れ出ている。この流れには最近見た覚えがある。
「こんな所にも龍脈があったんだ」
「少し弄ってはいるけどね。ここでは程よく体に負荷が掛かって普段より効率的に修行が出来るんだ。勿論だけど、この霊力の奔流に耐えられるくらいじゃないと修行として成立しないから、本家の人間に認められた人のみが入れるようになってるって訳さ」
「ちょっと入ってみたいけど、この服装じゃ色々と邪魔になりそうだから諦めるかな」
「じゃあそれは次の機会ということで。清花さんなら文句なしで入れると思うから楽しみにしててよ。他にも面白いところがあるから行って「あーーーっ!……見つかったか」
背後から聞こえてきたのは綾乃ちゃんの声だった。おそらく話し合いが終わったことを知って僕たちの居たところへ行ったもののその時には移動し終えたところで、慌てて後を追ってきたといったところだろう。
綾乃ちゃんは淑女然とした装いには似合わない形相で実兄を睨みつけながら走ってくる。
「清花様とは私がお話ししたかったのに! なんで先に行っちゃうのこの馬鹿兄ぃ……っ!」
「後で時間を作って貰うから気にするな。だからまた後でだ」
走ってきた勢いのまま、景文さんの作り出した瞬間移動の陣に突っ込んだ綾乃ちゃんはこの場から姿を消した。全くもって容赦のない無慈悲な術の行使だった。
「えっと、どこに移動させたの?」
「母親のところに飛ばしたから、多分事情を察して足止めしてくれると思う。さぁ、次に行こう」
なんて事ない様子で歩き出す景文さんに、咲夜と目線を交わす。
僕でも咲夜とのじゃれ合いに力を使うことはあまりないけれど、彼はそれが当たり前といった様子で自然と使っていた。
これが土御門家の普通なのだとしたら、これが術師として成長する秘訣なのかもしれないと感じる。
なんてことを小声で話してみると。
「あれはただ単に貴方といる時間を邪魔されたくないから邪魔者を排除しただけでしょう」
「そうかな? ……そうかも」
もう少し仲良くしてあげてもと思わなくもないけど、ある意味では気安い関係とも言えるのかもしれない。綾乃ちゃんも景文さんのことを嫌っている様子ではなかったし、仲の良い兄妹のじゃれ合い程度に見ておくとしよう。
それと同時に、僕との関係性にも慣れてきたらあんな対応をされるのかとも考える。
するような、しないような。されたいような、されたくないような。だけどちょっと興味はあるかもしれない。
そんなことを考えている間も彼の解説は続く。
「あそこは医務室だね。門下生がいる修行場とは違ってこっち側の方は多少厳しめではあるんだけど、代わりに専属の術師を兼ねた医者もいるし、医療設備としては他所の家より充実していると思うよ」
「修行に怪我は付きものだからね。……と言ってたら誰か運ばれてきたのかな?」
担架に乗せられて子供が運ばれてくる。運んでいる青年らしき人たちはこちらを見て驚いていたものの、すぐに医務室と看板が書かれている部屋に入っていく。
パッと見た限りだと腕の骨折だろう。他に異常は無さそうだったので手を貸す必要はなさそうだ。
「ああいった怪我は多いの?」
「訓練内容によるかな。確か今日は中高生組で組み手が予定されていたはずだから、そこで何かあったのかも」
「組み手もするの? 陰陽師って、想像だと術師志望が多そうだけど」
「いざという時に動けない人ほど早死にするって考えの下で授業の一つに取り入れてるんだ。一定の近接格闘術を修めないと次の段階に行けないよう訓練内容も組まれているんだよ」
「なるほどね。それは親御さんも安心するかも。体を鍛えていた方が危ない時は走って逃げられるし」
野生動物も妖怪も、死に際の最後の一噛みほど恐ろしいものはない。
勝ったと油断しているところで喉笛を噛み千切られて死んでしまった人は数え切れないほどいることだろう。
反射的に体を動かすことが出来れば致命傷を避ける可能性は高くなるし、肉体を鍛えるに越した事はないのは自明と言える。
術師として名高い土御門でもしっかりとしているのだなと感心していると景文さんは少し困ったように苦笑していた。
「怪我をすると虐待だ、とか怒鳴り込んでくる人もいるけどね」
「そういう時はどうしてるの?」
「本人の意思次第かな。一旦辞めてまた再入門する人もいればそのまま戻って来ない人もいるし、別のところへ教わりに行く人もいる。だけど結果を残すのは大抵残り続ける人だね。意志がブレる人は術の精度にも伸び悩む傾向にあるっていうのが研究で分かってきてる。術師としても幼い頃から訓練した方が伸びも大きい。だから俺たちは残ることをお勧めはするけど、法律的にも無理強いは出来ないから」
「そっか。子供の内から先々にまで影響のある選択をするのは難しいよね」
「差がつくと言っても本人の努力と才覚次第なところもあるから全ての人に当て嵌まるって程でもないよ。本人にやる気があれば、そこのところは監督役とか俺たち本家の人間がよく見てやって何とかしてあげるって感じかな」
やはり土御門家は大きな派閥だけあって人を育てる為の体制も整っているらしい。
こういった設備のある場所で修行が出来て、なおかつ競争相手が盛り沢山というのは理想的な修練場所と言えた。
「僕はこういう場所には来たことがないから凄い新鮮だね。咲夜もそう思うでしょ?」
「維持費とか収入面の方が私としては気になるけれど」
「そっち? ……でも、確かにこれだけ広いと色々と入り用になるよね」
その辺りは退魔師だから優遇されていそうな気もするけど、詳しいところは僕も専門外なので全く分からない。
「俺もそこは関わってないから詳しくないけど、例えば護符作りなんかは作った当人に一部還元されるから人気だよ。一枚辺りの値段はそこまでじゃないから本当に小遣い稼ぎ程度だけどね」
「土御門家の護符ってどこまでのことが出来るの?」
「人によって全く違うから一概には言えない、かな。例えば俺だったらある程度の普遍的な術は再現出来るけど、職人と呼ばれる人はその更に上の術まで再現出来るらしいよ。ただそうなると一枚辺りの値段が跳ね上がるから、そこまで行ったら小遣いじゃなくて稼業になっちゃうね」
「そうなんだ。じゃあ僕の霊具が仕事を奪わないといいけど」
幸いというか、僕らはお金にはそんなに困ってはいない。あればあるだけいいけど、それで他の人が生活出来なくなるのはまた別の話になってくる。そこのところは咲夜が上手く調節してくれているだろうから心配はあまりしていないけども。
「そこは値段で需要と供給を調節出来るからいいのよ。ねぇ、土御門君?」
「そうそう。作った物の価値が気になるなら作った霊具を審査会に出してみるとかはどう?」
「審査会、ねぇ。あそこは協会の管轄じゃなかったかしら」
「咲夜さんが躊躇するのも分かるけど、一般的な価値基準が決まるのはあそこしかないから仕方ないと思う他ないよ。今の清花さんなら忖度……ありになっちゃうかもしれないけど良い評価は貰えると思うよ?」
「なしも困るけれど、ありも困るのよね」
忖度というのは第三者の目に触れた時に問題が発生するものだから後々のことを考えればない方が良い。
特に金銭の絡む話では慎重を期した方が後々の面倒が無くていい。
だけどそういう忖度はこちらが求めなくても勝手にされるものでもあるらしいから困りがちだ。
確かに今の僕たちの立場だとないとも言い切れない話だろう。
「協会にはウチのも何人か出向してるから何とかしてくれると思うよ?」
「それもまたコネでしょう。全く、これだから特権階級に慣れた人間の思考回路は……」
助け舟を出したつもりが叩き返されて肩を落とす景文さんは少し気の毒ではある。
「次はどこに行くの?」
「つ、次はそうだな……。訓練場に行ってみよう。そろそろいい頃合いだろうから」
「いい頃合いって?」
「さっき組み手をするって話をしただろ? 時間通りだとそろそろ休憩が終わって再開してる頃合なんだ」
「そうなんだ。けど僕たちが行くと訓練の邪魔をしちゃうんじゃない?」
「それは自己責任ってことで。監督役がキッチリやるだろうから心配はないよ」
土御門家ほどの家なら門下生たちの統率もしっかり取れているということだろう。
……ということもなく、道場を覗きに行った僕たちを出迎えたのは監督役を抜いた門下生の全員だった。
道場にいる子たちの年齢は大体が中学生以下の子達だ。高校生以上の年齢の人はそれなりに年数を重ねているだけあって修行も次の段階に行きここにはいないという。だからここにいるのはまだ見習いも見習いの退魔師のひよこ達になる。
そんな子達にとって特級退魔師というのは雲の上の、そのまた上の存在らしく、自分との距離が遠すぎて逆にどれくらい凄いのか分からないのだと監督役は語っていた。
それでも大妖怪との戦いがあちこちで映像として流れている今、その戦いの規模を目の当たりにして何となくその凄さは理解しているのだとも。それで言えばやはり八岐大蛇の破壊痕が一番分かりやすくて印象的らしく、子供達は口々にそれらのことを語り合っているのが聞こえてきた。
その中の一人の女の子が恐る恐るといった感じが目の前まで来て問いかけてくる。
「ねぇねぇ、本当に本物の清花ちゃんなの⁉︎」
「本当に本物だよ。ほら」
「わぁーっ! 本物だぁぁぁ!」
手のひらに水を生成して色々な形に変形させていくと、主に小学生くらいの子供たちから黄色い歓声が上がる。
このはしゃぎようには流石の監督役も頭を抱えてしまっている。そこに関しては申し訳なく思う。
主に小さい子が僕を取り囲んでいる為、中学生の子たちは遠巻きに見ているだけだけど、その視線の熱は小学生の子らと大差ない。
そして子供たちの熱気は少し話をした程度で収まるようなものではなく。
「じゃああれやって! みずのりゅうがバーッて出るやつ!」
「ごめんね。あれは神様だからここじゃ呼べないんだ。凄く偉い存在だから、準備とか色々必要で気軽には呼べないんだ」
「そうなんだー。じゃあべつのことやって!」
「別のこと? うーん」
生憎と僕の術はどれも実戦を想定したものばかりで、見栄えを重視したようなものは全くと言っていいほどにない。
大蓮寺家としてならあるのだろうけど、僕は教えてもらっていないのでここで再現することは不可能だ。
何か見せてあげたい気持ちはあっても思いつかないでいると、監督役の男性がそっと耳打ちしてくる。
「それならあちらの的を術で射抜くのはどうでしょう。この年頃の子らにとってはあれを破壊することが一つの達成目標なのです」
言われた方を見ると、今いる所から約十メートルほどの場所に大きな丸が描かれた木の板が立てられている。あれを壊すのは子供たちくらいの年齢では出来ない子もいそうではあるか。
「なるほど。それくらいでしたらやってみます」
「申し訳御座いませんが、よろしくお願いします」
監督役はやけに後ろを気にしながら下がっていく。
景文さんに肩に手を置かれて顔を青ざめさせているけど、見なかったことにしよう。
「それじゃあ、あれを壊してみようと思うけど、この中で出来る人はいるのかな?」
「はい! 私、出来ます!」
「そうなんだね。じゃあ、ちょっとお手本を見せてくれるか?」
「わ、分かりました! やります! やらせて下さい!」
年頃は綾乃ちゃんと同じくらいの中学生くらいの女の子だ。
やや緊張気味に手を挙げたはいいものの、少し気負い過ぎなところがありそうなのは少し心配かもしれない。
他の子達が騒ぎながら応援する中、その子は深呼吸してから両手を前に翳して火の術を行使する。
放たれた火矢は確かに的に当たったものの、途中で消えかけていたこともあって壊すには至らなかった。
大勢の前で自分がやると言ったにも関わらず失敗してしまったことで泣きかけるけど、その前に寄り添って肩を叩く。
「惜しかったね。でも壊すより難しい的当ての方を成功させたんだから胸を張っていいと思うよ。あとは術の威力を上げるだけだからきっとすぐに出来るようになるよ」
「ほ、本当……ですか?」
「本当だよ。見た感じだと焦っていたせいか術の形を固められていなかったから、そのせいで的に当たるまでに霊力が拡散してしまったんだと思う。だから練習方法としてはまず火の形を自由自在に変えられるようになって……あっ」
相手が自分よりもっと小さい子だったからか、つい色々と喋ってしまった。
こういうのは監督役の人が子供たちに適した育成方法でゆっくりとやっているというのに。
見れば仕方ないといった様子で苦笑してこちらを見ている。やってしまったものは仕方ないということだろう。
ならば僕に出来るのはきっちりと責任を取ることだ。
「こんな感じで形を変えて維持する練習を続ければ術を遠くに飛ばしても威力が減っていくことは無くなると思うよ」
先ほども見せた水の動きに加えて、刀、手裏剣、犬や猫といった様々な形に変形させていくとその度に歓声があがる。
これを良い機会と思ったのか、監督役の人がやってきて大きく拍手してくれる。
「これは凄いですね。そこまで一瞬で形を綺麗に変えられる人はそうはいないと思います。並々ならぬ修行をされてきたのですね」
「ありがとうございます。大事なのは自分で形を維持する意識を強く持つこと。それを遠くに投げても維持し続けることだよ。こんな風にね」
変形中の水を槍の形に変えて発射する。的の方を見なくとも命中して木製の的を破壊したことで今までで一番の声量が耳を突いた。
「ねぇねぇ、もっとおしえて! わたし、清花ちゃんからおそわりたい!」
「それは出来ないんだ。ごめんね。僕も自分のことで忙しいし、君たちの先生からお仕事を奪うようなことは出来ないからね」
やんわりと、しかし明確にお断りをすると子供達から「えーっ」という不満の声が溢れる。
ここにいるともっと居て欲しいという声に引き摺られてずっと居てしまいそうになるので、ここらでお暇することにしよう。
景文さんたちも特に用は無さそうなので離れることに異議はなさそうだ。
「それじゃ、僕たちはこの辺で。見学は出来なかったけど楽しかったです」
そう言って監督役の人に挨拶をしていると、子供達の中でも輪の外にいた大人しそうなが僕の服の裾を掴んでいた。
監督役が体を持ち上げて謝りながら離そうとしていると————
「清花さま、いつ景文さまとケッコンするの?」
「えっ」
と、純粋な疑問として聞いてきた。
止まる時間。いや、正確には止まってはいないのだけど。
それでもここにいる人たちの全員が動きを止め、言葉を言い放った子に集中し、次いでこちらに視線を移す。
「えっ、とぉ……」
突き刺さる沢山の視線。子供達の純粋な視線に、景文さんの期待感、咲夜のいろんなものが入り混じった感情。
監督役の人は何も聞いていないと耳を塞いで心を無にしていた。きっとそんな場面がいくつもあったのだろう。これも処世術か。
この場に冬香や名雪さんがいたら大笑いをしながら詰め寄ってきていたに違いない。
そんな取り留めのないことを考えている間にも時間は進む。子供達は何故答えないのかと不思議に思いだしていた。
だから、ここは逃げることにした。
「あっ、にげた!」
「追えーっ!」
「つかまえろーっ!」
「うわっ、いきなり水のかべが⁉︎」
「なにこれっ、じゃまで行けないよ⁉︎」
大人なら煙に巻いたり最悪は脅してでも黙らせることは出来るけど、子供相手にそんな無体なこと出来る訳がない。
ということで、ここは逃げるが勝ちだ。いや、別に勝ち負けの話ではないのだけども。
逃げるついでに咲夜を連れて来たので景文さんも付いて来てくれることだろう。今の彼と顔を合わせるのは気まずいけど、流石に土御門家の中で供も連れずに出歩く訳にもいかない。
「貴方は何をやってるの」
「まぁまぁ、咲夜さん。流石にあれは逃げた方が面倒が少ないと思うから」
「……幼い子は色々と遠慮というものがないから仕方がないわね」
あの場では何を答えたところで騒動になるのは目に見えていた。
一番無難なのははぐらかすことだろうけど、それだって時間稼ぎとしては愚策だ。
あの年頃の子達は気になることにはとことん追求したがるものだから。
僕の場合はそれを本に向けていたけど、あの子達にとっての情報源は僕そのものなので逃げようがない。
何となく触れ難いような、少し気まずい空気が流れながら歩いていく。
子供の言ったこととはいえ全くの絵空事という訳でもない。
意識はしつつもまだ話題としては避けていただけで、お互いに忘れてはいない。
寧ろ、以前より強く意識はしている。しているからこそ余計に話題に出来ないだけで。
「土御門君、今はどこに向かっているの?」
「今は庭師が手入れをしている庭園に向かってるよ。あそこなら子供達も入って来られないし、自然に囲まれていて気分が自然と落ち着くだろうから」
説明を聞きながら歩いていると、建物から離れたところには緑が広がっていた。
建物と繋がっていた洞窟といい中々に謎の多い土地だけど、ここにある管理された様々な植物や花、生き物が多くいる小さな池と風情ある趣の庭園は確かに心落ち着けられそうだ。
その一角には人が休む為の椅子が設置されている。三人で座ろうと近づいたところで、咲夜がそのまま通り過ぎて行った。
「私は少し離れた所にいるから心置きなく話をするといいわ。会うのも久しぶりだし話さなければいけないことあるでしょうから。そうそう、いくら土御門家の中とはいえ盗み聞きをされると困るから自分たちを囲う程度の結界は敷いておきなさい」
言ったきり返事を聞かないまま植物を観察しに奥の方へと進んで行った。
咲夜にはあの眼があるからどれだけ離れようとも迷ったり逸れることはないから安心ではあるけども。
「清花さん。とりあえず座ろうか」
「そうだね。結界もやっておくよ」
周囲に盗み聞きをするような悪意は感じないけど、万が一ということもある。
術を防ぐ結界の内側に物理的に音を遮断する為の水の膜を張ることで僕たちの会話は誰にも聞かれることはない。
そして結界を敷いたことで、今の今までずっとこちらを観察していた視線が消えるのを感じた。
「離れて行ったみたいだね」
「後で直接苦情を入れておくよ。勿論グーで」
そう、後を付けていた当主様は僕の張った結界を抜けず、逆に自分が補足されていたことに気づいて逃走した。
僕というよりは景文さんの恥ずかしい話を知りたいといった様子だったけど、残念ながら恥ずかしいのは僕も同じなのでお帰り願った訳だ。結局、終始あの人は僕ではなく景文さんに執心していたような気がする。二人の間で一体何があったのだろうか。
それはいいとして、今はもっと別の大切なことがあるので心を落ち着かせる為に軽く息を整えた。
「さっき子供達の言ってたことだけど」
「あれは子供の冗談でってことにしても俺は平気だけど……」
「あの戦いがなければもう少し余裕があったんだけどね。お互いにちょっと急ぎ足にならないと色々と面倒になりそうじゃない?」
「面倒って?」
「ほら、さっきの手紙の……」
言われて思い出したらしい景文さんは、難しい顔をして唸り始めた。
「……確かに、あの時は父を張っ倒そうと思ったけど」
「そんなこと考えてたんだ。……本気みたいだね」
冗談かと思ったけどどうやら本気だったらしい。自分の嘘感知能力には何も引っ掛からなかった。
「あの程度で嫉妬するのはみみっちいとは自分でも思うんだけど」
「別にみみっちくはないと思うよ。あれは明らかに目的を持って景文さんの父親が煽ってたし」
「だよな⁉︎ あれって俺に対しての嫌がらせだよな⁉︎」
「初めから終わりまでずっとそっちの方ばかり気にしてたけど、そうなる要因に心当たりはないの?」
「……結構ある」
随分と言い難そうにしているということは原因が自分にもあると自覚してはいるらしい。
意地悪の対象を僕に向けられた訳ではないからこちらから言うことは何もないけど、これが続くとなると結構面倒そうだから当主の参加を辞退させられたのは大きいと言える。
……今日見た限りのあの人だと約束なんて忘れてやって来そうだけど。
「それはとりあえず置いておこう。あれは今のままだとあの手紙みたいに諦めない人が沢山出てくるってことを言いたかったんだと思う。……思うことにしておいて」
「で、出来る限り思い込むよ」
「頑張ってね。……それで、そうなるとお互いに今まで以上に異性関係について面倒になるのが予想出来るよね。今回みたいに沢山手紙を送られてきてるってことは、僕たちの仲はそこまで発展していないと思われてるってことだから。だとすれば、多分だけど景文さん宛にも手紙は来てるんでしょ?」
「……そう、だな。そこについては否定出来ないんだけど」
「女の子たちも必死だろうから仕方ないよ。……そこで、周囲にそう思わせない為に一つ施策を打とうと思うんだ」
「まさか、偽装婚約者作戦とか……っ⁉︎」
「あっ、そこまではまだ行かないかな」
景文さんは地面に崩れ落ちた。
期待の表情をしていたところ申し訳ないけど、それは流石に気が早すぎる。
いくら異性の対応が面倒だからと嘘でも婚約をすれば周囲も即座に動くしかなくなってしまう。
周りを牽制するには様子見をさせつつ、手は出しづらいという絶妙な状況でなければいけない。
その為には——
「だから、逢引きしよう。勿論、二人きりで」




