薔薇の令嬢は勇気を振り絞りたい
「クレア、君に……一生のお願いがあるんだ。とりあえず、話だけでも聞いてもらっていい?」
街に出るための馬車に乗るなりフォルクハルト様に問われた。
一生のお願いだなんて大きな話だ。私に叶えてあげられるやつだろうか? そんなことを思いながら、私はこくりと頷いて見せる。
「俺は、学園で……あの女の魅了にかかったふりをするためとはいえ、君に酷いことをした」
「……いえ、それは、大丈夫です」
仕方がなかったことなのだ、と理解しているので今更なんとも思っていない。
「クレアがなんと言おうと、なんと思おうと酷いことをしたのは確かだ。だから、信用もなくしたと思う。それでも信じてほしくて何度も言うんだけど、俺はクレアが好きだ」
おおう突然の告白に心臓が止まりかけた。
しかし心臓はなんとか止まらずに動いているけれど、唇のほうは金縛りにでもあったかのように固まってしまった。何も言えない。
「もちろんクレアを愛してるんだけど、それだけじゃなく、俺はクレアに恋をしてるんだ」
……恋!?
「子どもの頃から、もうずっとずーっとクレアに片想いをしてる」
ひぃ。もしやこの人、私を殺そうとしている? 馬車の中で?
「俺が勝手にクレアに恋をして、俺が勝手にずっと好きでいる。それだけで幸せだ」
フォルクハルト様は甘くとろけるような笑顔でそう言った。
私の心臓は早くも限界を迎えており、もう胸が痛い。動悸息切れに効く薬をくれ今すぐに。
しかしこれはただの告白だな。一生のお願いがあるって言ってたはずだけど。
「それだけで幸せなんだ。それだけで、幸せなはずで……」
「……フォルクハルト様?」
何かを言い淀んでいる。こんなスーパーストレートな告白をすらすらと流れるように言い放ってきたくせに、今更何を言い淀むことがあるというのか。
「それだけで物足りないと言うわけではないんだけど、その、一生のお願いがあって」
「えっと、私に出来ることであれば……」
善処はするつもりだ。
「俺、クレアの恋人になりたい」
「……?」
恋人どころか婚約者では?
婚約者ってことは結婚の約束をしているってことなんだから、結婚を前提にお付き合いしているみたいな状態なんじゃないの?
「恋人じゃ……なかったのですか?」
え、私は結婚を前提にお付き合いしているつもりだったのだけれど、フォルクハルト様的には違ったの?
「や、そ、えっと、婚約をしているからただ一緒にいるわけではなく、こう、お互いがお互いに恋をしているっていうか」
すごいしどろもどろだぁ。
「してますけど……?」
そもそも以前言ったはずなのだ。私はフォルクハルト様が好きだと。
……言わなかったっけ? あれ? あれ、私の妄想だった?
「へ……?」
「……へ?」
……へ?
しばし謎の沈黙が続く。
ちなみにフォルクハルト様も私も顔が真っ赤である。
「え、えっと、クレアは、本当に俺を……?」
「えーーーっと、はい」
「恋……?」
「……恋」
改めてそう問われると恥ずかしい。
恋をしていたらだめだったのだろうか?
「だめ、ですか?」
「だめじゃない! だめじゃないけど、嬉しすぎて心臓が止まりそう」
フォルクハルト様でも心臓が止まりそうになることってあるんだ。
「じゃ、あ、俺たちは恋人……ってことに、なる?」
「そうだと、ずっと思ってました、けど」
「待、いや、俺は片想いだとばかり」
「え、あの、言いました、よね? 私、フォルクハルト様が好きですって」
「そ、それはその、聞いたけど、俺の都合のいいように解釈しちゃいけないんだろうなって勝手に思ってたから」
もしかしてフォルクハルト様、メロディが長い間片想いしてたみたいなこと言ってたし、長い片想いをこじらせていたりして……?
「じゃあクレア、あの、一生のお願いなんだけど」
「はい」
「俺の恋人でいて。ずっと。結婚してからも」
「……ん?」
結婚してからも恋人? どういうことだ?
「俺も、なんか、自分でも何言ってるのか分からないんだけど、俺はずっとクレアを好きでいると思うんだ。もちろん愛してるんだけど、好きで」
「好き」
「今だって、もう何年もクレアが好きで、でもクレアを好きな気持ちに慣れることなんかなくて……だからちょっとでもいいからクレアも俺を好きでいてほしいなって。俺のワガママなんだけど……」
「ふふ、善処します。好きな人の一生のお願いなら、叶えたいなって思います」
「へへ、えへへ、俺たちなら叶う気がするね」
なんて、なんとも甘酸っぱい会話をしていたら、馬車が停まった。目的地に着いたらしい。
私たちは未だ少し赤いままの顔で、馬車を降りる。
するとそこで見てはいけないものを見てしまうことになった。
「……あれ」
私の見間違いでなければ、あれは私の妹だ。
見間違いを疑いたくなるほどげっそりとやつれてしまっているし顔色も物凄く悪い。
「俺の見間違いでなければ、あれはクレアの元家族かな?」
フォルクハルト様も気が付いたようで、私をそっと背中にかばってくれる。妹から見えないように、ということだろう。
こういう優しいところと広い背中が本当に好きだな。もう困ってしまうくらい好きだなぁ。
「おそらく、私の妹だった人物だと思われますね」
「なんか猛烈にげっそりしてるけど」
「……ははは」
ロリコンに嫁いだんだもんなぁ。そりゃあやつれもするだろう。……とは思っていたけれど、まさか一目見ただけで分かるくらいげっそりしているとは。
そんな妹は、げっそりとした顔のままジュエリーショップへと入っていく。
それを見た私たちはふと顔を見合わせる。
「鉢合わせはしないほうがいいよね」
「そうですね」
妹は私のことが嫌いだったみたいだし、きっと鉢合わせればろくなことにはならないだろう。
「良かった、俺たちの目的地があっちじゃなくて」
「ですね」
なんて言いながら、私たちはそのジュエリーショップに背を向けた。
私たちの目的地はとりあえずコスメショップだもの。メロディが化粧品が足りないって言うから。別に足りないこともないと思うのだけど。
でもフォルクハルト様はお出かけしたいみたいだったし、一応これがご褒美みたいな感じなのだろうな。
……メロディは「大好きなクレア様と一緒に街に出て、あわよくば手なんか繋いじゃったりして、恋人同士みたいに歩いてみたりして、とか考えてますよあの人」って言ってたし……実際は一生恋人でいてってお願いされちゃうくらいだったし……私が甘えてみたりしたら本当に喜んでくれるのだろうか。
本当に喜んでくれるのだとしたら、勇気を出してみる価値はきっとあるはず。どうしたものか。
そもそも手を繋ぐってどうしたらいいんだろう? ぐっと掴めばいいのかな? いやでもどのタイミングで? 突然手をぐっと掴まれたら怖くない? いやいやでもでも荷物が全くない今がベストタイミングの可能性もあるか? ……ダメだ緊張する!!
まずコミュ障でちょっと前まで他人との会話さえままならなかった私にはハードルが高過ぎるんだよなぁ。
「クレア。あの店だよ」
「はいっ!」
フォルクハルト様が指をさした先には、化粧品に疎い私でも聞いたことがある高級店だった。
その看板を見ただけでビビる私をよそに「いつもは来てもらってるんだけど」とフォルクハルト様が呟いている。
「俺がクレアとデー……出かけたかったから」
フォルクハルト様、今デートって言いかけたな。デートだと思ってるってことだよな。
よし! いけ私! 女は度胸だ! 心の中でそう叫んで、私はすぐ近くにあったフォルクハルト様の左手をきゅっと握った。
「……へ?」
あ、ヤバい。フォルクハルト様の目が点になってしまった。この反応は……どっちだ?
「えっと、あの」
「……て?」
「嫌、ですか?」
私がそう問いかけると、握っていた手にぴくりと一瞬力が入る。
「イヤジャナイ」
めちゃくちゃ早口でなんて言ったかちょっと分からなかったけど、首をぶんぶんと横に振っているので嫌じゃないのだろう。おそらく。
「クレアの手、小さくて、握りつぶしそう……」
「そんな馬鹿な」
私の手が小さいのではなくてフォルクハルト様の手が大きくて分厚いだけだと思う。
……嫌がられてないならもうなんでもいいけど。
「えーっと、じゃあ、行こうか」
そう言ったフォルクハルト様の笑顔がなんとも眩しくて、私はこくりと頷いて見せるだけで精一杯だった。
こんなに喜んでくれるなら、勇気を出してみて良かった。
「クレア、欲しい物とかある?」
しっかりと手を握られたまま入店し、店員さんたちに生ぬるい視線を送られている気がするわけだけど、フォルクハルト様はそんなことを気にすることなく私に声をかけてくる。
「ええと」
ふと視界に入ったのは、薔薇の形の小瓶だった。中身には液体が入っている。
「薔薇だね」
私の視線を追ったフォルクハルト様が言う。
「そちらはネイルオイルです」
フォルクハルト様の言葉を拾った店員さんが声をかけて来た。
コミュ障的には店員さんに声をかけられるなんて苦手中の苦手なのだが、フォルクハルト様がいるので大丈夫だ。助かる。
「そのデザインの瓶でしたら、こちらもございますよ」
そう言って店員さんが持ってきてくれたのは、ネイルオイルとやらよりも大きな薔薇の瓶だ。可愛い。
「こちらはルームフレグランスです。かつて薔薇の令嬢が作ったという新種の薔薇を見て感銘を受けたガラス細工の職人が作った逸品です」
店員さんの説明を聞いた私たちは、ふと顔を見合わせて笑う。
「じゃあ、これを買おう。二人の寝室に飾りたい」
「え、あ、はい」
二人の寝室という響きに顔が熱くなる。そしてなんとなく気恥ずかしくてフォルクハルト様から顔を逸らしたところ、店員さんまで釣られて顔が赤くなっていた。なんてこった。
「俺たちの出会いのきっかけだし」
フォルクハルト様はぽつりとそう零して、つないだままの手にきゅっと力を込める。
フォルクハルト様のこういうところが可愛いんだなぁ。
なんて思っている間に、フォルクハルト様は店員さんとなんだかんだと会話をし、結局あれやこれやとたくさん買っていた。
「あんなにたくさん……」
購入したものが紙袋に詰められ、御者の手に渡り馬車に乗せられていく。
それを見た私は、呆気にとられていた。
「いや全部クレアに似合いそうだったから。あとはー……普段使い用の髪飾りとかも買う?」
「え、いやもうアクセサリー類は午前中に」
「あれは普段使い出来ないでしょ?」
「いやそうですけれども」
なんて押し問答をしていた次の瞬間、私の目の前にゆらりと少女が立ちはだかった。
「ひぇ」
完全にホラーだった。いや元妹だったけど。生きてるけど生きてない感じが強すぎてほぼ幽霊だしホラーだ。
「おい」
フォルクハルト様が、多方面に向けて小さく呟き、私をかばうように立ってくれる。
鉢合わせないようにって護衛達にも言っていたのに、という顔をしていた気がする。
「ねえ……家に帰ったらアンタからお母様に私を連れ戻してって言ってくれない?」
元妹が蚊の鳴くような声で言う。
どういうことだ?
「毎日毎日裸にされて……あちこちべたべた触られて……結婚がこんなにおぞましいものだなんて私聞いてない……」
ロリコンなんかのとこに嫁ぐからそんなことになるんだろうが。
「クレア、帰ろう」
フォルクハルト様は私に気を遣ってこの場を離れようとしてくれている。しかし、私にも言いたいことがある。
「私ね、もうあなたの家族じゃないの。だからあの家には帰らないし、きっとお母様にも二度と会わない」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃない。家族との縁ももうすぐ切れるわ。赤の他人になるのよ。嬉しいでしょう? あなた言っていたものね。アンタみたいなのが姉だって知られるのが恥ずかしいって。それじゃあね。さようなら」
元妹の顔には一瞬強い怒りが滲んだけれど、そのまま膝から崩れ落ちて使用人と思われる人に連れていかれた。
「ごめんなさい、フォルクハルト様」
「どうして謝るの?」
その場を離れて馬車に乗り込んだところで、私は小さな声で謝罪をする。
「せっかくのデートだったのに、台無しにしてしまって」
「デっっ……! あ、いや、全然気にしてないから大丈夫。俺はクレアと二人で過ごせただけで大満足だから」
「あれで……良かったのでしょうか」
「え、なにが?」
「酷いことを、したのかなって……」
「俺は正直、アレは自業自得だと思うよ。改心した様子が伺えるならともかく、膝から崩れ落ちる前にすごい顔をしてたから」
怒りに満ちた顔だったなぁ。
「これは俺の想像だけど、あの子は今も自分に悪いことが起きるたびにクレアのせいにしてるんじゃないかな」
「……そういう子でしたが、でも今は一緒にいないのに」
「結婚が決まった時、クレアに勝ち誇ったような顔をしてたんでしょ?」
「あぁ、まあ」
そんな顔をしていたなぁ。
「クレアに勝つために結婚を選んだ、だからこうなったのはクレアのせいだって歪曲した考えが彼女の中に育ってるんじゃないかなって。まぁ俺の想像だけどね」
「……そういう子でしたね」
「だから、俺はあれで良かったんだと思うよ。あのくらい突き放さないと、また近寄って来られたらクレアの心がすり減ってしまうよ」
あぁ、フォルクハルト様は私のことだけを心配してくれるんだな。
「クレアがあの場で突き放さないようなら、俺が全権力を使って遠ざけただけのことだけどさぁ」
「……ありがとうございます」
私は笑っているフォルクハルト様の手を改めてぎゅっと握り、すぐ近くにあった彼の肩に頬を寄せ、そのまま全体重を彼の左腕に預けてしまったのだった。
お久しぶりです。
この作品全部に加筆修正をしていたら番外編が途中だったことに気が付きまして。
資料を探したら途中まで書いてあったので一気に書き上げてしまいました。待っていてくれた方がいらっしゃいましたら申し訳ありません大変お待たせいたしました。
楽しんでいただけたのであれば幸いです。




