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5(夢を見る)

  *


「なに驚いてるのさ」ヒカルはからっと笑い、「幽霊でも見たって顔してるよ?」

 薬呑みを使って唇と咽喉をちょっぴり湿らせてくれた。お蔭で今度は言葉に出来た。「いつも突然なんだから」

「そりゃまぁ、あたしは特別なので」

 まったく。とんだ〝特別〟よ。

「隣の部屋に、」

「分ってるって」皆まで云わせず、ヒカルは白い歯を見せた。

 ライカは自分の婚約者を送り付けてきた。彼女は幾つかの看護資格を持っていた。それにしたって失礼とは思わないのかしら、あの研究バカ。まったくホントに気の利かない子。

 彼女はアレには過ぎた子だった。

「大丈夫、バレやしないよ」ヒカルはベッドのすみに腰掛け、わたしの気持ちを見透かしたように続けた。「バレたって関係ないよ。観測なんて相対性だからね。絶対的に考えれば大した問題でないでしょ」

 息子たちに文句をつけるのは筋違いだろう。「残念だわ」

 あは、とヒカルは笑う。

「わたしは死ぬの?」

「うん。明け方前にね」

「そう」

「いよいよ実習船の一本釣りだね」

「実験は成功する?」

 ヒカルなら分っている筈だ。〝特別〟な時間を生きるヒカルなのだから。

「あたしがあんたと同じ、おばあちゃんになるの期待してたらがっかりするよ」

 なんて憎らしい。憎めないのに、小憎らしい。

「実験と云うより救出計画だね。ジョウントアンカーに着想を得た超重力発振器。それがあたしたちの位相のズレを修正する」

「そしてあなたは無事に帰る」

「うん、無理」

「そう」

「こうね、石になっちゃうんだ。キラキラした結晶」

 記憶のどこかで引っかかるものを感じた。

「ライカの失敗は続く成功のために必要なんだ」

「どうして、」

「調査隊が消えたって知ってる? 知らないでしょ。彼らは助かる。次の重力発振器は誰も思いもしなかった組み合わせで作られるんだけれども、これの完成はジョウントアンカーの解明には無理でも、利用するには充分な技術になるんだ」

 滔々と語るヒカルに、不意に怒りを憶えた。「あなたはライカの仕事を否定するのよ!」

「違うよ。肯定するんだよ。ライカの為に、あたしはここに居るんだ」

「分っていてどうして、」

「分っていたから全部、織り込み済み」

「それでも、」

「分ってる。許して欲しいわけじゃないよ。あんただって分ってる筈じゃん。なんで消えた実習生の中で、あたしだけがあんたのところに姿を見せられるのか、考えなかったとは云わせないよ」

 勿論、その通りだ。「文字通りお見通しですものね」

 思いの他、嫌みったらしい言葉がこぼれて、我ながら驚いた。同時に涙がこみあげ、目からあふれた。


   *


 ヒカルは手にしたタオルでそっと拭ってくれた。「別に意地悪したいわけじゃないんだ」

 分ってる。分っているよ。ヒカル。

 それでも涙は次から次へとあふれて止められなかった。ヒカルは余さず、優しく拭ってくれた。

「戻ってくるのは空っぽの船。見つかるのは無機物と、出所不明のキラキラ石」

「分っていてライカにそれを?」

「あんたが肌身は離さず身に着けていてくれたから、あたしはそれを〝道しるべ《アンカー》〟にして、迷子にならずに済んだんだ。ありがとね」

 わたしは泣くことしか出来なかった。ヒカルは薄く硬くなってしまったわたしの身体を柔らかく抱きしめてくれた。「失敗したライカはあんたの遺品から石と論文、あたしのメモを見つける」

 不意の言葉に困惑した。「論文?」

「あんたの卒業論文」

「まさか、」

「まさかだよ」身体を離したヒカルは、ぺろっと子供みたいに舌を出した。「ヒントになるなんて思わなかったでしょ」

「ありえないわ」

「うん、ありえない。なにしろ化石みたいな論文だもん。でもきっかけになるんだ」

「……変な気分」

「直ぐに慣れるよ」

 思わず笑った。「慣れてどうするの」

「あたしと一緒に楽しめるってことで」

「なによ、それ」

 ふと、何もかもが腑に落ちるのを感じた。「それもいいかな」

「でしょ。じゃ、あたしは行くね」

「最期までいてくれないのね」

「先で待ってるってことで許してくれない?」

「先って?」

「水泳部のこと憶えてる?」

「どのこと?」

 ヒカルは立ち上がって、「一緒に泳いだこと。あの夏。あのプール」

 一瞬でわたしは娘時代に帰った。光り輝く水面のさざ波と消毒薬の匂い。眩しい陽射しと、日焼けあと。未来なんて関係なかった。過去なんて存在しなかった。あの瞬間、あの場所だけが全てだった。

 素敵。

 いいわ、許してあげる。

「でもその前に」ヒカルは云った。「回収された石を持っていかないとね」

「どこへ、」云って思い当たった。「十歳のあなたのところね」

「うん」ヒカルは頷いた。「それをあたしはあんたに渡す」

「頭がこんがらがりそう」

「あたしも自分が消えた時間より前に行くのは初めて」

「大丈夫なの?」

「失敗したところで上手くかなかった方法を見つけたってだけだよ」

 からっとヒカルは笑う。わたしも笑う。

「じゃ、お先に」

 言葉を残してヒカルは消えた。

 そしてわたしは夢を見る。

 魚になった夢を見る。

 夢の中で、ヒカルと出会う。


  ─了─


2016-09-13 03:14:52

2014-10-18 13:37:56

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