北前球場入り
今日の試合会場である北前球場が、肉眼でもはっきりと見えるようになった時だった。
『3アウト、試合終了ー! 3対1、酒田ブルティモアズが接戦の末最上オールラインズを下して代表決定戦進出! 好ゲームとなった今日の北前球場第2試合も、全国大会出場経験のある強豪チームが競り勝って代表決定戦進出を決める構図となりました!』
―へえ。強いね。
―やっぱ勝っちゃうか。
―接戦にも耐えられるもんな。
AMラジオを聴かなくても試合終了のサイレンが聴こえるくらい北前球場に近付くと、マイクロバスはそこで停まった。球場手前にある駐車場の出入り口手前で、何台か車がブレーキランプを灯して停まっていたので、それに追従するようにブレーキランプを灯して停まった。
「混んでんの?」
「交通整理やっでだな」
停まっている車の列の先を良く見ると、道路の真ん中に交通誘導員が立っており、左にはこれから球場を出るであろう車の列が、交通誘導員の奥、向かって右側の対向車線にはこれから球場に入るであろう車と、それを避けて直進しようとする車が車列を成していた。
ただこれだけ混雑しているのも無理はない。今日の北前球場は第1試合に山形スタイリーズ、第2試合には酒田ブルティモアズと、連続して全国大会出場経験のある強豪チームが登場した上、酒田ブルティモアズは今日は地元・酒田にある北前球場で試合を行ったので、地元住民を中心に尚更人が来易かった。その上2試合とも好ゲームだったので、これを聞き付けて後から来た人も少なくない。そう考えれば自ずと混むのは必至である。
少し待った後、車列の先頭から順にブレーキランプが消えて、徐々に動き始めた。交通誘導員がこちら側に出していた停止の合図を解き、左手に持った赤の誘導棒と白の手袋をはめた右手で進行の合図を出したので、先頭から順にこの道路を直進したり左ウインカーを出して北前球場の駐車場に入ったりした。
マイクロバスもこれに続いて、徐行でゆっくり進みながら左ウインカーを出して北前球場の駐車場に入った、が…。
―何か…、変な目線を感じる…。
N`Carsのメンバーはマイクロバスが北前球場の駐車場に入って以降、1度も左右を見ることは無かった。そしてそれを理由まで含めて察知した徳山監督は、一旦停止しかけたマイクロバスの運転手にこう伝える。
「ここで良いですか」
「いや、もうちょっと奥のほうまで行って貰って良いですか」
「あ…、はい。そうですね」
できるだけ小さくしたジェスチャーと俄かに見せた表情で両者にのみわかるように伝えると、マイクロバスの運転手はそれを左目で受け取ると床まで踏み込みかけたクラッチペダルを少しずつ戻して、アクセルペダルに踏み変えて少しずつ踏み込み、球場の外周に沿うように続く道に入っていった。徐々に加速していくマイクロバスが向かった先は…。
「そこが…選手用の通用口ですが…」
「あ、はい。ありがとうございます。ここでお願いします」
「わかりました」
選手用の通用口だった。徳山監督は先程の指示でこの場所まで行くよう暗喩的に伝えていたのだ。マイクロバスの運転手は選手用の通用口にできるだけ近い位置にマイクロバスを進めると、そこでゆっくりと停車した。クラッチペダルとブレーキペダルをゆっくりと踏み込んで停車すると、ドアの自動開閉ボタンを押して、マイクロバスの左側の中央付近にある自動開閉ドアを開けた。
「あ、帰りは最初からここに…」
「わかりました」
選手用の通用口はほぼ先程の駐車場と球場を挟んで反対側にある駐車場に近い位置にあったが、先程のほうがアクセスが良く人が集まり易い為か、こちらは人も車も比較的少なかった。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「皆、バスから降りたら道具と荷物を持って速やかに移動して!」
「トランクルームは?」
「もう開けちゃって! …良いんですよね?」
勢いで指示してしまった永田、マイクロバスの運転手に確認を取る。
「あ、どうぞ」
「良いって! 早く早く早く!」
「焦りなさんな」
「てかお前こそ早く降りろよ」
―あっ。
周りのほうが速やかに行動していた上、冷静に行動していたのに萩原と小宮山の発言を受けて気付いた。しかし降りるや否や、
「ありがとうございました」
「キャプテンが焦ってるようやから皆で落ち着かせたって」
「ちょっとぉ」
―関川さーん…。
副キャプテンの発言でキャプテンは呆れ返ったが、これだけに留まらなかった。
「永田、これこれ…」
「あ」
関川がバッグを体に掛けるような仕草をして、初めて自らのバッグをマイクロバスの中に忘れてきたことに気付いた永田、降りた直後のマイクロバスにすぐに引き返して取りに行った。
―あーあ。焦ってるとか言われて公式見解になっちゃった挙げ句に忘れ物とは…。
バッグを持ってマイクロバスから降りてきた永田に、関川が声を掛ける。
「お騒がせしました…」
「永田、ちょっと…」
「ん?」
「こうやって…深呼吸して…」
―?
―すぅー…、はぁー…。
関川の動きに合わせて、永田も深呼吸する。繰り返す毎に、モーションもゆっくりに、呼吸も長くなる。
「1回そのまま、周りをよう冷静に見てみ」
深呼吸したことで一旦落ち着いた永田は、周りを冷静に見渡す。
―落ち着いたようやな。
「皆ごめん」
「アイツも大変やな」
「えっ、誰が?」
「浩介。チームの面倒に加えてこんなテンパっとるキャプテンの面倒見なアカンから…」
「あー」
―しかしキャプテンがこんなに焦りまくってるチームが良く2勝できたよな…。
片山と会話していた都筑にこう思われていることはおそらく知らないであろうキャプテンは、改めて指示を出す。
「ごめん、速やかに移動してっつったけど、まずはやることやろう、うん」
冷静になった永田は、本来出すべき指示のほうに替えてN`Carsのメンバーに指示を出した。
「ここに横1列に並んで」
メンバーを横1列に並ばせて、道具と荷物は自分たちのすぐ後ろに置く。
「気を付け、礼! ありがとうございました!!」
「ありがとうございました!!」
「こちらこそ、ありがとうございました。試合頑張ってください」
永田を先頭にナインが一斉にマイクロバスの運転手に挨拶すると、運転手から激励された。
その後球場役員に挨拶すべく、球場入り口にダッシュで向かおうとしたが…。
「そんなに焦る必要あるか?」
「時間十分あんで?」
「距離近いから落ち着いて行こ」
というメンバーの声に対して、永田は1人真面目に答える。
「だって行動はスピーディーにじゃん」
一連の会話を聞いていた徳山監督は、良く会話を吟味した上でこう結論付ける。
「スピーディーにやるのに越したことはねぇけどよ、あまりスピーディー過ぎでも駄目だ。ゆっくりじっくり、落ち着いて確実に行動していくのも大事だ」
確かに徳山監督の言う通り、今日は今朝の集合時間から早め早めの行動に集中していた。だがこれとて今日の試合会場である北前球場に確実に間に合わせる為である。態々前日にスケジュールを変更して貰ってまでこの行動に踏み切ったが、その結果、早過ぎるペースで北前球場に到着してしまった。
徳山監督の助言もありN`Carsのメンバーは歩いてゆっくり球場入り口に向かった。
球場入り口に着くと、N`Carsのメンバーは球場事務所の正面に向かって、道具と自分の荷物を後ろに置いて横1列に並んだ。
「気を付け、礼! お願いします!!」
「お願いします!!」
「こんにちは、よろしくお願いします」
N`Carsのメンバーが球場役員に挨拶すると、球場役員も笑顔で返す。
「じゃ、三塁側のロッカールームに」
「はい」
徳山監督の指示で、N`Carsのメンバーは道具と自分の荷物を持って、三塁側のロッカールームに向かおうとした時だった。
「こんにちは!」
「こんにちは!」
「!?」
何ごとかと思った。良く見たら、先程まで同じく三塁側のロッカールームで試合後のミーティングを行っていたであろう酒田ブルティモアズのメンバーが、道具と自分の荷物を持って、ロッカールームから出て来てこちらまで向かっていた。N`Carsのメンバーが見えるなり、彼らは順次脱帽の上挨拶、一礼した。
「こんにちは!」
「こんにちは!」
少し状況を理解するのに時間がかかったが、N`Carsのメンバーも酒田ブルティモアズのメンバーに順次脱帽の上挨拶、一礼した。
「あの、N`Carsさんでいらっしゃいますね?」
酒田ブルティモアズの監督だろうか、誰かがN`Carsのメンバーに尋ねる。これを聞いた徳山監督が取り次ぐ。
「はい」
「酒田ブルティモアズの監督の者ですけど、これからロッカールームに…?」
「はい。でも第4試合ですけど」
「でしたら今ウチが出ましたので、この鍵をどうぞ」
「ありがとうございます」
「奥のロッカールームの鍵です。試合頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
徳山監督が酒田ブルティモアズの監督から三塁側の奥のロッカールームの鍵を受け取ると、酒田ブルティモアズの監督とメンバーに挨拶をしてロッカールームに向かった。これに続くように、N`Carsのメンバーも順次脱帽の上挨拶、一礼してからロッカールームに向かった。
お互い全員のメンバーと擦れ違うまでの間、常に平常心で堂々としていた酒田ブルティモアズのメンバーに対して、N`Carsのナインは若干ながら緊張気味だった。思いがけないところで檄を貰ったのもそうだが、何よりも全国大会出場経験のある強豪チームをこれ程間近に見て、そのオーラからプレッシャーを覚えないわけがないだろう。
「ありがとうございました!!」
「ありがとうございました!!」
向こうは球場役員に挨拶してこれから北前球場から帰路に着くようだ。一瞬永田が振り返ると、どうやら酒田ブルティモアズの監督が先程徳山監督に渡したロッカールームの鍵のことについて、球場役員に説明しているようだった。
三塁側の奥のロッカールームに着いたN`Carsのメンバーは、徳山監督が鍵を開けて扉を開くと、各自挨拶をしてから中に入った。




