現地練習(守備編)
山形県S市 元空き地のグラウンド
『6回裏終了6対2、再び集中打で4点差とリードを広げた山形スタイリーズ。今日大会3日目の北前球場第1試合はこれから最終回、7回表を迎えます。4点を追う上山グローアップズの攻撃』
グラウンドには萩原、都筑、松浪の3人が既に現地集合していた。長井から酒田に向かっている他のメンバーを待つ間、3人はでき得る限りの準備を終えて、萩原と松浪は3塁側ベンチに座って、都筑は携帯ラジオにイヤホンを繋いでラジオのチャンネルをAMラジオの放送局に合わせて今日の北前球場の第1試合の実況を聴いていた。
バシィ!
『空振り三振! 最後はストレートで三振を奪いました、1アウトランナーがありません!』
―4点かぁ…。6回のようなムードが来るとも思えないから決まりかな…。あとアウト2つあるけど。
「今何アウト?」
「1アウト」
萩原の質問に都筑が人差し指で「1」を示しながら答える。
キィン!
『打たせてサード武田の守備範囲。ファースト八鍬へと渡って2アウト』
―序盤からこうやって打たせてるよね。今日はこのピッチングで行くって決めたのかな?
確かに今日の横山は打たせて取るピッチングが際立つ。どこか前回のピッチングと比べてスッキリした印象を受けた。
キィン!
『打ち取ったセカンドゴロ、谷沢からファースト八鍬へと渡って3アウト、試合終了! 北前球場第1試合は6対2、山形スタイリーズが上山グローアップズを下して代表決定戦進出!』
―やっぱりな。あっ。
第1試合の勝敗が決したと同時に、他のメンバーを乗せたマイクロバスと、S市役所で管理している車が南北からそれぞれグラウンドに向かって来た。
―バスはわかる。役所…? ああ、そっか、ここ2時間だけ貸し切りにするんだっけ。
「瞬、響、来たよ」
「あ、マジ?」
「よし、準備だ」
「もう終わっただろ」
「いやそうじゃなくて、出迎える準備」
「あ、そっちか」
先に市役所の車が左折でグラウンド前の場所に入る。続けて、マイクロバスも右折で同じ場所に入った。
その後市役所の車が少し距離を取った上で180度右回りにUターン。マイクロバスの運転席のドアにピッタリ横並びになるように停めると、市役所の職員が車から降りてマイクロバスの運転席に近付いて来た。
「おはようございます」
「おはようございます」
「今から2時間で、12時半には引き揚げということで…」
「はい」
マイクロバスの時計は午前10時近くを示していた。ほぼピッタリのスケジュールで移動できたことでその後の行程もスムーズに進んだ。
「では、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
今日のスケジュールは昨日の時点で徳山監督が既にバス会社にも連絡していた。この為、今のやり取りもスムーズに進んだ。
マイクロバスは少し先の場所に行って停車。これを見て、市役所の職員は車のトランクから伸縮できるロープが付いた2個一組のカラーコーンを2組と、「貸切中」と大きく、その下に「10:00~12:30」と小さく書かれた立て看板を降ろして、グラウンドの入口前に立て看板を真ん中に、両サイドにロープ付きのカラーコーンが来るように置いた。
「2時間だから、スピーディーにやりましょ」
永田の号令の下、N`Carsのメンバーはバスから荷物を持って速やかに降りると、トランクルームから道具をどんどん降ろしてグラウンド前まで運んで行った。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
勿論スピーディーな中でも、礼儀は欠かさない。マイクロバスの運転手に対しては勿論、このグラウンドを貸してくださったS市役所の職員にも必ず挨拶する。
トランクルームから全ての道具が運び出されたことを確認して、永田はトランクルームの扉を閉めた。
「道具全部運び終わりました」
「よし。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「では、この後もよろしくお願いします」
「はい」
永田と徳山監督はマイクロバスの運転手に一礼した後、グラウンドへと向かった。スピーディーな行動を求めて、メンバーがそれに応えたこともあり、いつもより早い時間でメンバーと荷物・道具の移動が終わった。
メンバー全員が荷物・道具を自分の後ろに置いて、グラウンド前に横1列に並ぶ。
「気を付け、礼! お願いします!!」
「お願いします!!」
これから2時間に渡り貸して頂くことになったグラウンドに、全員で一礼。その後、荷物と道具を持ってベンチ前に置いた。
「道具は道具で纏めて。荷物は自分のがわかり易いように1列に並べて」
ここもスピーディーに行う。いつものグラウンドではなく、公共のグラウンドを貸して頂いていること、2時間限定であり、遅くとも12時半には出なければならないという条件の下での利用の為、いつもより行動のテンポを速めに行って無駄な時間を減らして、練習に使う時間を増やす。
「さて、ベース…、あ、あれ? 何でもう埋まってんの?」
「オレらが来た時に埋めたんだよ」
「あ、そうなの!?」
―そっか都筑たち現地集合だもんな…。来た時に先回りできるか。
「グラウンド整備は…」
「それもやった」
「砂が風でしょっちゅう飛ぶからね」
現地集合の3人が前以て準備してくれたこともあり、更にテンポを速くすることができた。有り難いことに、グラウンドには既に必要なラインも全て白線で引いてある。
「よしわかった、ランニング」
「はい!」
永田の号令で全員がランニングの準備に入る中、黒谷だけが何かを探していた。
「ロージンバッグ置いてない…」
「ロージンは飛んでまうから置いてへんだけやろ」
この質問に片山が答えたように、風で飛ばされ易いものは置かないようにもしていた。
「ピッチャーにとって重要なもんがそんなしょっちゅうも飛ばされてもうたらアカンやん」
「ああそっか。でもグラウンド整備がここまでできていたもんだから…」
「そのあたりもちゃんと考えて整備されとるで。ほな、行くで」
ここは日本海に近いグラウンドなので、潮風がしょっちゅう吹き付ける。今日も強い潮風が吹く中、N`Carsの練習が始まった。
ベンチ前では、徳山監督と井手マネージャーが会話をしていた。
「随分風が強いですね」
「海が近ぇがらな」
「帽子とか飛びそう」
「そうだな…飛ばねぇと良いけんど」
「髪セットしていても何度も整えないと…」
「そのくらいの風なんだもんな…。でもそれは向こうも同じ条件だがら、あまりあれこれ言えねぇぞ」
同じ球場で戦う以上は同じ条件の下で戦うのだから、あまり文句を言ってはならない。これが今回のような気象条件となれば尚更である。勿論それは今練習をしているN`Carsのメンバー全員が言わなくてもわかっていた。井手も勿論わかっていたが、敢えて確認の意味でこの会話を持ち掛けた。
N`Carsのメンバーがキャッチボールを始めた頃、徳山監督はノックバットをバットケースから取り出した。
「えっ、もうノックやるんですか?」
「時間が限られでるがらな。キャッチボールが終わったら残った時間を巧く2分割して前半をノック、守備練な。で、後半はバッティング練習に充てる。限られた時間でどこまで対策できるかだ」
ランニングからキャッチボールまでの一通りのウォーミングアップが終わったところで、徳山監督は集合をかける。
「集合!」
「はい!」
全員が徳山監督の元に円陣を作って集合した。
「今から残りの時間で、守備練習とバッティング練習に充てます。前半は守備練習、シートノックに充てます。で、後半はバッティング練習で、全員に打って貰うんだけど、ちょっと特打ちみたいな感じになるかな、っていう」
「特打ち?」
「何だそれ?」
「詳しいことはバッティング練習に入った時に話すがら、取り敢えず今はノックに集中で」
「はい!」
「それじゃ~…、シートノック!」
「はい!」
永田の号令で、全員がそれぞれのポジションに全力疾走で就く。今日は片山が先発ピッチャーなので、片山はピッチャーズマウンドに、永田は外野のライトの定位置に就く。
「外野陣!」
「んー?」
「今日風強いから、そこ頭に入れといて―!」
「わかったー!」
永田は更に、外野手全員にも声を掛ける。既にわかっている萩原はともかく、自分を含めた他のメンバーはこのグラウンドでシートノックを受けるのは初めてなので、予め注意をしておく。
「内野陣、今日風強いから、フライん時気を付けてな!」
「おー!」
ピッチャーを含めた内野手全員には、キャッチャーの関川が声を掛ける。その後、関川はライトにいる永田とアイコンタクトを交わして、
「気を付け、礼! お願いします!!」
「お願いします!!」
アイコンタクトを受け取った永田を先頭に、N`Carsメンバー全員がノッカーの徳山監督に挨拶をして、シートノックが始まった。
「行ぐぞサード!」
「はい!」
キィン!
―あ、あれ!? フライ!?
いつものシートノックなら、サードゴロが飛んで来る筈なのだが、なぜかいきなりフライが上がった。
しかし都筑、
―あ、でも、この風なら…。
パン。
風に吹かれて右往左往する打球を、冷静にキャッチ。
「ナイスサード!」
「次ショート!」
「はい!」
キィン!
続くショート、小宮山へのノックもフライが上がる。
「風あるから気を付けて!」
「OK!」
周りを制して、自分が捕ると手を挙げるが…。
「あ、あれ!?」
日本海から吹く強い潮風の前に、打球の落下点の予測が定まらない。
パシッ。
どうにか捕ったのだが、だいぶぎこちない打球処理だった。
「ナイスショート!」
―めっちゃフラフラしてたけど。
「次セカンド!」
「お願いします!」
キィン!
セカンド梶原へのノックもフライが上がる。
「風あるよー!」
「ん。オーライ!」
パシ。
都筑に続き梶原も冷静にキャッチ。
―涼より無駄な動きなかったぞ?
「次ファースト!」
「お願いします!」
―大ごとになりそう。
キィン!
ファースト三池へもフライを上げる。
「オーライ!」
「風気を付けて!」
パシッ。
「あっ…」
タッ。
三池の後方に回ってバックアップに入っていた梶原が、三池が一度ファーストミットで弾いたフライをダイレクトのまま素手でキャッチ。
「栄次ナイスカバー!」
「悪り悪り」
すると梶原は構わんと言わんばかりにグローブでジェスチャーをした後、そのまま定位置へ戻った。
「フォロー大事に。お互いやっといてね」
更に内野陣にもグローブでジェスチャーを交えながら声を掛ける。
―今日随分フライ多くねーか…?
「次、外野―!」
「外野行くよー!」
ライトの永田がフライの多さを気にする中、今度は外野ノックが始まる。
キィン!
「レフト―!」
―外野にしてみたらフライのほうが多いから当たり前だけど。
レフトの桜場が風に右往左往される打球をレフトのラインから切れた辺りで捕る。それを見たライトの永田はレフトの捕球位置からセカンドベースを結ぶ線の延長線上後方に走りながらバックアップする。
「次、センター!」
「お願いします!」
キィン!
次はセンター・萩原への打球。センターから大きく右中間の方向に反れたが…、
タッ。
持ち味の俊足を活かして冷静にランニングキャッチ。
「ナイスキャッチ!」
捕った後ボールを素早く中継のセカンドに返す萩原に永田が声を掛ける。ここまでは良かった。ここまでは…。
「次―、ライト―!」
「お願いします!」
―1番の不安要素。
―不安でしかねーわ。左隣の子はさ…。カバー行っとく?
―行っとけ…。アイツも誘うんだった。
都筑、萩原、松浪が、まだこのグラウンドでノックを受けていない永田の守備を早くも不安視している。
―後ろがちょっと賑やかになりそう。
梶原も念の為を思ってか、後方に下がる。
キィン!
ライトに打球が上がる。そこから打球は風でライトから右中間に持って行かれる。
「間に合っ…、」
ポーン!
大きく反れた打球に体を目いっぱい伸ばすも届かず。グラブの下をバウンドして通過した。そのボールをバックアップに走っていた萩原がジャンプ一番、ナイスキャッチ。
「はいセカンド!」
「良ーし!」
そのままセカンドの梶原にボールを返して、定位置へ戻る。
「悪い…」
「いや良いよ良いよ」
―とは言ったものの…、風がどうこう以前に捕球技術も怪しいもんなあ…。
―瞬行かせて良かった…。こりゃレクチャーするしかないか…?
「監督ー」
「次サード…、ん?」
「オレちょっと外野行っていいすか?」
「何だー? コンバートがー?」
「いやレクチャーです」
「レクチャーったって…、おめ自分のノックは良いなが?」
「あ、自分のノック受けてからにします」
ショートの松浪が外野に行くと言い出した。自分のノックを受けてからというが、レクチャーとは言え大丈夫だろうか。
―レクチャーって…、何すんなやアイツ…?
「サード行くぞ!」
「お願いします!」
ノック2周目、今度は控えのメンバーがノックを受ける。まずはピッチャーも兼任するサードの黒谷から。
キィン!
「響」
「ん?」
「お前外野やったことあんの…?」
「いや、無い」
「無いのに何で行くんだよ」
「次ショート!」
「あ、オレだわ。涼どいて。お願いします!」
今の話に疑問を持った小宮山が訊ねたが、ノックの順番が松浪に廻って来たので、松浪は小宮山を一旦制してノックを受ける。
キィン!
先程の黒谷に続き、松浪にもフライを上げる。定位置からセカンドベースの後方まで回り込んで…、
タッ。
冷静にキャッチ。
「オレもう外野行くわ」
セカンドベースに入った沢中にボールを返すと、そのまま松浪はライトの方向へ走る。
―レクチャーってライト?
「真早くボール返して! ノックでしょー?」
「あっ、そうだそうだ。お願いします」
キャッチャーの相澤に催促されて、沢中はボールをホーム方向に返した。そのままノックを受ける背後で、ノックを受け終えたばかりの松浪が走ってライトに着いた。
キィン!
「えっ?」
「うん、レクチャー」
「レクチャー…ったって…、何すんのや?」
「外野フライのレクチャー」
―本業内野のお前が何で…?
「次ファースト!」
「お願いします!」
キィン!
ファースト・戸川へもフライを上げる。これを戸川は確りと捕って、まず内野手8人のノックが全員終わった。
「次、外野行ぐぞー!」
キィン!
今度はレフトへ大きな当たり。この当たりが左中間へ大きく反れたが…、
パシッ。
これからノックを受けるセンターの中津がカバーに走る中、レフトの峰村が風でここまで持って行かれた打球をランニングキャッチ。
「今の見た?」
「見たけど…」
「ボールの真下よりも後方で待つ。或いはそこに走って回り込む」
「いやまあそりゃそうだけど」
「次センター!」
「お願いします!」
「で、そこに…」
キィン!
今度はセンター・中津への打球。これも定位置から右中間へ大きく反れる。これからノックを受けるライトの菅沢がバックアップに走る。
「風の強さを計算するわけ。今は丁度レフトからライトにやや強く吹いているから…、」
パシッ。
中津がランニングキャッチ。
「やや強く吹いた分を計算するわけ。さっきのは多分定位置方向に打ったのが上空付近で大きくこっちにズレたから、そのズレた分、本来の落下点から何m動くかな、って計算するの」
「打球を見て、それから風を計算する感じ?」
「いや、実際は…」
「次ライトー!」
「お願いします!」
キィン!
今度はライト・菅沢に打球が上がる。センターの中津がバックアップに走る。
「風の強さを予め頭に入れておいて、それから打球を見て落下点を読んでそこに回り込む。打球が上がってからだと風がある分間に合わない」
「ああ、そういうこと」
―って、あれ?
―ちょっと後方に強くなった?
パシッ。
途中で風向きが変わり、頭を越えそうになったが菅沢はどうにかキャッチ。
「今の充のように、途中で変わることもあるけどさ。基本はこうだから」
「ああ」
「まあでも実際にやったほうが早いか」
「だね」
「あ、ちょっとオレ涼に言って来なきゃ」
「?」
そう言うと、松浪は再び走って本来の定位置であるショートに戻った。
「涼」
「ん?」
「オレさ、永田にちょっとレクチャーしてくるから、お前のノック終わったら呼んで。すぐ戻る」
「ああ」
小宮山にこう言うと、松浪は再び走ってライトに戻った。
―大変だなアイツ。
「次ピッチャー!」
「はい!」
キィン!
ピッチャーへのノックなので、片山が投げるモーションを終えてからノックが放たれる。そしてこれも高々と上がるフライだったが…。
パン。
風が強く吹いていたにもかかわらず、何も無かったかのように涼しい顔でキャッチ。
「次もういっちょピッチャー!」
「京太や」
「お願いします!」
キィン!
同じくピッチャーの高峰も、ピッチングモーションを終えてからノックを受ける。これもピッチャーズマウンドの方向に高々と上がる。
―+風…、っとと。
パン。
「ポケットキャッチ」
「ポケットキャッチで結構。捕れりゃ何でも良いべ」
頭を越えそうになった打球を、右後方に3分の1程回転して差し出した右手にはめたグローブで、捕球面を上に向けたままキャッチ。そのルックスから、ポケットキャッチというのだが…。
―京太にとってはポケットキャッチは下手なヤツのまぐれキャッチと同じことや思てんねんな…。グローブ差し出したら偶々入りましたいう…。
実際、高峰は今のキャッチングに不満があったらしく、やや乱暴な口調で答えながらボールを返していた。
「次、キャッチャー行くぞ」
「お願いします」
キィン!
今度はキャッチャーへのノックで、先に関川が受ける。フライが上がるや関川はキャッチャーズマスクを捨てて鋭くスピンしたまま真上に高々と上がったフライを捕りに行く。
バシィ。
鋭くスピンしたことでスライスし易くなっている上、風で煽られていつもより一層難しいフライになっている筈だが、無難にキャッチ。
「はい」
「いや、そのまま持っててええやん」
ホームカバーに入った片山にゆっくりとボールをトスすると、関川はこう返された。
「どうせホームでしかボール扱わへんのに」
「これも練習のうちや」
―…ま、そっか。
「よし次」
「祐希」
「お願いします」
キィン!
続いて同じキャッチャーの相澤が受ける。これも高くスピンがかかったフライが上がり、相澤はキャッチャーズマスクを捨ててそれを捕りに行く。
バシィ。
若干右往左往されつつもキャッチ。そしてこちらもホームカバーに入った高峰にボールをトスする。
「いやお前もかよ」
「だってホームカバーも練習のうちじゃん」
こう言い返されて、暫くその場に立っていた高峰を見て、相澤が促す。
「良いから戻ってよ」
「ああ」
高峰がマウンドに戻ったのを見て、徳山監督が改めて説明する。
「こんな具合で時間を見ながらノック打っていきます。最初のノックでわかったと思うけど今日はフライ多めのノックで行ぐがら。時間が来るまでの間に、風とそれを伴ったフライさ慣れとけ。わかったな皆!?」
「はい!」
―やっぱ風慣らしだったか。
―いつものシートノックなら必ずサードゴロから始まるもんな。
―フライばっか打つわけだ。
昨日このグラウンドで自主練習をした松浪、都筑、萩原がそれぞれ心の中で三者三様の意見を述べる。
「で、次からはランダムにノックを飛ばすがら。いつでもおめだづのとこさ飛んで来ても良いように用意しとけ。良いな!?」
「はい!」
ランダムにシートノックをするというのは、つまりはより実戦形式に近い形でノックを受けるということになる。実際の試合ではどこに打球が飛ぶかわからない。そのつもりでノックを受けることになるが、たとえそれがノッカーからランダムに飛ばすと宣告されてもノッカー以外はどこに飛ばすかわからないのである。だからいつ来ても良いように、ナインは打球を呼ぶ。
「さあ来い!」
「さー来い!」
―まあ元気のええとこに飛ばすやろな。
―こっちが投げる前に自分でさあ来い言うてもしゃあないもんな…。その役はバックに任せて、こっちはまず投げることから。
先に投げる役を引き受けた片山がいつも通り投げて、それを関川が捕ったと同時にノックが放たれる。つまり、ピッチングとノックに使うボールは違う物である。
キィン!
他のプレイヤーがノックを受けている中、永田は時折他のプレイヤーのバックアップに入りつつ松浪に言われたことを反芻していた。
―風を読んどいて、元のフライからどんくらい動くかだな…。打球がいつ飛んで来るかはわかんないから、それまでは風を読むことに徹するか…。
「さあ来い!」
「さー来い!」
「永田、わかってるな?」
「予め風を読んで、それから、でしょ」
―ていうかさっきから反芻してたなコイツ。
キィン!
「ライトぉ!」
―このフライなら落下点はこの辺なんだが…、今は風がこの方向に吹いてるからこの辺まで…、あれ!?
言われた通りにして打球を追った永田だが、風が思ったより強く吹いていたらしく落下点と予測した位置よりも更に後方に下がる。
―あ、あれあれ…、
パシィ。
下がりながら体を左後方へ3分の1程回転させて、左腕を目いっぱい伸ばしてグローブの捕球面を上に向けたままキャッチ。
「こっちもポケットキャッチ」
「しかもジャンプのおまけ付き」
―うるせえな。
―これだからポケットキャッチは気が進まねぇんだよ。
周りの意見に苦笑しながらボールを内野へ返球する永田に対して、結果的に同じようなキャッチングになった味方を見て反抗心を顕わにする高峰。
―ほらなー。ポケットキャッチは背ぇ向けてグローブ差し出せば誰でもできんじゃん。何でキャリア続けてるヤツと数年もブランクがあったヤツが一緒なんだよ。
「…京太、京太」
「ん?」
「1球毎に交代やったろ。次オレやで」
「ああ」
他のポジションが1球ノックを受けたら同じポジションを共有する他のプレイヤーと交代する中、ピッチャーだけは1球投げる毎に交代する。今は高峰が投げたので、次は片山が投げる。
キィン!
打球がショートの頭上に上がる。ショートにいる小宮山が手を挙げる。
「OK!」
一旦風に戻されたかと思いきや、再び後方に伸びる。
パシィ。
体を右方向に向けながら、左腕を目いっぱい伸ばしてキャッチ。これを見て、松浪は永田にレクチャーする為に入っていたライトから本来の定位置であるショートに戻った。
「ノック受けんのー?」
「うーん」
「わかったー」
キィン!
―て、戻って早々にノックですか。
松浪が戻るなり徳山監督はショートにすぐさまフライを打つ。
「オーライ!」
―大変だなあアイツも。走って戻って来たところでノックだからな。
パシッ。
この慌ただしい状況にも拘らず、松浪は風の影響を受けた打球を涼しい顔で無難にキャッチ。そのままボールを返すと、ノックを受けに行ってから戻ってくるまでの間に時折松浪の一連の行動に内心色々考えていた永田の元に走って戻って来た。
「何か…申し訳ない」
「いや良い。…今はそんな難しくない風だよ」
「あれそうなの?」
―そういえばさっきより弱いような。
キィン!
「ライトぉ!」
「え、またオレ!?」
「いや充充」
「あそっか」
―てか見とけよ。
パシッ。
―さっきよりは…無難ですね。
「次飛んで来たらお前だから…風はそんなに難しくないけど基本はそのままだから」
「あいよー」
―予め風を読んどいて…、それから打球を見て落下点を予測する。
先程ノックを受けた菅沢のキャッチングを見て、風はそれ程難しくないと結論付けた永田は、自分のところに打球が飛んで来るまでの間、時折バックアップに入りながら松浪に言われたことを何度も反芻しつつ、風を読んでいた。
キィン!
「オーライ!」
センターの萩原とライトの永田が追いかけるが、先に永田が右中間の後方に回り込んで声を掛けて、右手を挙げるジェスチャーで自分が捕るとアピール。
―大丈夫か…?
―風向はさっきと同じで、風力はそれ程ないから多分この辺…。
パン。
こちら向き、つまりホーム側に向き直った永田、打球の正面且つ両手でキャッチした。
「おー!」
「ナイスキャッチ!」
―いちいちうるさいなあ…。
「永田、その調子! それ続けてこ!」
ボールを返した後、今のキャッチングに必要以上に褒めるナインに内心でツッコミを入れたり、レクチャーに来ていた松浪の檄にはジェスチャーで応えたりして、永田は再び定位置に戻った。
しかし、今のキャッチングはまだまだまぐれと思っている永田は、それ以降も時間が来るまでナインとともにノックに励んで、風の時のフライの処理のテクニックを頭と体で覚えるだけ覚えようと努めた。
―よし、そろそろ時間だな。
「次のノックでラスト! 捕ったらバックホームしてあがって!」
「はい!」
守備練習に充てた時間が間も無く全て経過する。ノックの最後はいつも通りの捕ってからバックホームという流れだが、内野もまさかフライを捕ってバックホームか?
「行ぐぞ」
「お願いします!」
キィン!
これまでと同じようにフライが上がり、各プレイヤーは打球が飛んだら捕ってバックホーム。
「バック!」
「ありがとうございました!」
一連の打球処理が終わったら順に引き上げる。少しずつ引き上げていき、そしてこの人も。
キィン!
「ライトぉ!」
永田の元へ打球が上がる。元々浅いフライだったのが風の影響で徐々にこちらまで伸びる。
バシィ。
「うおぉ」
ダッシュしてきたところに伸びた打球が来た為にいつもより速い打球が来たと感じた永田だったが、顔の近いところにグローブを出してキャッチ。
「ナイスキャッチ!」
「バックホーム!」
「ヘイこっち!」
カットに入った内野手にストライク返球をして、引き上げる。
「ありがとうございました!」
その後も徐々にナインがそれぞれノックを終えて、引き上げる。勿論バッテリーも。
キィン!
「ピッチャー!」
「オレや」
パン。
「バックホーム!」
「要るか」
「しとけ」
「はい」
ピッチャーフライではあるが一応バックホーム。
「はいバック!」
「ありがとうございました!」
「あ、待った」
「何や」
「念の為マウンドに残ってて」
「ノック終わったで?」
「ええから」
引き上げようとした片山を関川が引き留めて、片山はもう一度マウンドに戻る。
「もういっちょ」
「京太」
キィン!
「ピッチャー!」
「OK!」
パシィ。
「バックホーム!」
―ほれ。しとけってんだべ?
先程と比べると割と潔くバックホームを受け入れる。そして先程の説明をわかっていたのか、
「ありがとうございました!」
と挨拶した高峰はそのままマウンドに戻る。
キィン!
「キャッチャー!」
「オレや!」
関川の頭上にフライが上がる。すぐさまキャッチャーズマスクを捨てて捕ろうとするが…、
「開次、協力してや!」
―協力…? って、こういうことか…?
バシィ。
真上から一塁側ベンチ近くまで大きく風に流されたフライをキャッチ。その後素早い身の熟しと強肩で…、
バシィ!
ホームベース前でしゃがんで構えていた片山に強烈なストライク返球。
「タッチ! …この為に動かしたんやろ?」
「うん。ありがとうございました!」
片山の質問に頷きながら答えると、関川は挨拶をして引き上げた。
キィン!
「キャッチャー!」
「オーライ!」
続いて相澤。同じく高々と上がったフライに対して、キャッチャーズマスクを捨てて追う。
バシィ!
「バックホーム!」
バシィ!
「タッチ!」
こちらも一塁側ベンチに向かう大きなフライだったが、同じようにキャッチした後、ホームカバーに入った高峰にバックホーム。
―左利きはええなぁ。一塁側のフライやったらグローブとベース近いから捕ってすぐタッチできるもんな…。
「ナイスキャッチ」
「うん、ナイスカバー。ありがとうございました!」
相澤と高峰がお互い褒め合うと、相澤は挨拶をして引き上げた。
「よし、皆終わったな。1列に並んで」
全員のノックが終わったのを確認して、永田の号令でN`Carsナインは横1列に並ぶ。そして、
「気を付け、礼! ありがとうございました!!」
「ありがとうございました!!」
一斉にグラウンドとノッカーの徳山監督に脱帽の上挨拶、一礼した。限られた時間一杯を使って守備練習が終わった。




