移動の車中
マイクロバスが走り出した直後、徳山監督と永田は揃ってフロントガラスの上に表示されているデジタル時計の時間を見る。
―バスの時計で7時58分か。ちょっと早ぇけんど、まあ良いが。
―こっから2時間で、ギリギリ10時前…。間に合えば良いけどな…。てか…。
「そろそろ第1試合じゃね? そう言えば」
「あっ、ラジオ聴くか」
今日の大会第4日目も、一昨日の大会第3日目と同じく1日4試合が組まれている。第1試合の開始時間は、開会式のあった大会第1日目は1日2試合で午前10時スタートだったが、それ以降は一貫して試合数に関係なく午前8時スタートである。つまり、3日前の大会第2日目は1日3試合で、一昨日と今日はどちらも1日4試合だが、全て第1試合は午前8時のスタートである。
「ラジオ入ってますよ」
「あっ…、でも…、ん?」
入っていることは入っていたが、周波数が違っていた。
「一応AMですけど、それ違う放送局ですよ」
「北前球場の実況中継は違うキーの放送局だった筈…」
岩手出身の永田が先に気付きかけたが、真っ先に指摘したのはどちらも山形出身の小宮山と三池だった。
「あ、本当ですね。わかりました、停まってから変えますので、暫くお待ちください」
「すみません無理言って」
「いえ、大丈夫です。これもサービスのうちなので」
ちょっと時間は喰うようだが、快く引き受けてくださったようだ。
小宮山と三池が指摘したAMラジオ局は、羽前球場の実況中継を予定しているAMラジオ局だった。今日大会第4日目は、大会第1日目と同様この羽前球場と、N`Carsが試合をする予定の北前球場の2つの球場でそれぞれ4試合ずつの合計8試合が行われる。大会第2日目と大会第3日目はこの2つの球場の他に置賜球場、N`Carsが1、2回戦を戦った北郡球場でもそれぞれ1日4試合を行ったが、今日3回戦は羽前と北前の2球場でのみ行われる。
しかし、ラジオを変えてくださるとは仰ったものの、すぐに停まれるようなところがない。というのも、この国道287号線と国道348号線の重複区間は出発してから暫くの間、信号機のある交差点等がない。交差点等はあっても信号機がないという箇所が何箇所かあるのみで、それ以外では車を停められるような店はない。あっても営業時間外というオチである。結局、漸く停まれたのは…。
山形県N郡S町 広野交差点
この交差点に着いてからだった。前走車が赤信号で停車していたので、それに追従する形で停車した、このタイミングだった。
運転手はすぐにAMラジオの放送局をチューナーで合わせた。たとえここが青信号だったとしても手前にはセルフ式のガソリンスタンド、奥にはコンビニエンスストアがあるので、この辺りで停まっていたことにはなる。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
AMラジオが希望通りの放送局と周波数になったのを確認してから、N`Carsナインは各自運転手にお礼を言った。
―とは言え8時過ぎちゃったな…。
―試合早々に点取られてないと良いけど。
キィン!
『打たせて、これもピッチャーゴロ。ゆっくりと1塁に送って3アウト、初回のピッチングを僅か3球で片付けました、山形スタイリーズの先発投手・横山です』
―あ、良かった。
―横山2連チャンで行くのね。
― 一昨日みたいなことになるなよ~…。
AMラジオから最初に聴こえたフレーズに、永田は特に試合展開が動かなかったことに安堵、小宮山は山形スタイリーズの先発投手が横山であることを確認、沢中は両腕を目いっぱい真上に伸ばしてから一昨日の内容を踏まえてちょっと心配していた。
信号機の色が青に変わり、前走車に続いてマイクロバスも発進する。シフトレバーをニュートラルから1速に入れてから、左足で踏み込んでいたクラッチペダルをゆっくりと半分程戻して、同時に右足をフットブレーキペダルからアクセルペダルに踏み変えて、こちらもまたゆっくりと少しずつ踏み込む、半クラッチでのスタートだ。
『前回、2回戦の蔵王キングス戦では終盤に打ち込まれる場面がありましたが、大差がついていたこともあり、7イニングを投げて被安打8、失点5、自責点4で完投勝利。この結果から少し不安視する声もありましたがまずは初回、立ち上がりを三者凡退、僅か3球で片付けています』
「ところで前回何でこうなったの?」
「横山が終盤にちょこっと遊んだ」
「遊んだ?」
「色々試したかったんでしょ。点差もあったから試す分には十分。まだ公式戦で投げてない球種とか、細かなフォームの調整とか…」
―後者は練習でもできるような。試合中の調整って意味かしら。
相澤が訊ねて、沢中が返す。沢中の返答に相澤が憶測する中、
『さあ今度は1回裏、山形スタイリーズの攻撃。前回17安打12点と打ちまくった打線が今日も爆発するか』
―そりゃ試したくなるわけだ。
この実況を聴いて、少し納得した。
マイクロバスは坂を上っている途中で、上山から山形に入った。何気に今N`CarsナインがAMラジオで聴いている北前球場の第1試合は、山形スタイリーズ 対 上山グローアップズという、隣同士の市から出場したチームが試合をしている。
ここまで特に何も目立ったことはないまま試合は進んでいった。が、村山西部広域農道との感知式信号機がある交差点が視野に入った辺りだった。
キィン!
『ピッチャー返し、センター前―っ!! 1人還ってくる、2人目もホームに帰ってきた―っ!! 先制したのは2回裏山形スタイリーズ、2対0! ピッチャーですがバッティングも良い8番横山の2点タイムリーヒットでまずは先制!!』
ここで試合が動く。横山は打っても試合を動かすゲームメーカーなのだろうか。前の試合でもホームランを1本打っており、何かと投打の軸のような印象だ。
だが、これだけでは終わらない。長谷堂交差点を通過した辺りでその横山が3塁まで進むと、今度は山形県道51号線との交差点にて、赤信号で停車した後、青信号に伴い南館方面へと左折する為に発進した直後だった。
キィン!
『三遊間抜けたーっ! 1番青木のタイムリーヒットで3塁ランナーの横山が還って3点目、今日も序盤から打線が繋がります山形スタイリーズです』
今日は酒田のグラウンドに着いて、そこから2時間ほど練習して北郡球場入りするが、それまでの約2時間、この移動時間丸々使って山形スタイリーズの猛打を聴くことになるのだろうか…。
マイクロバスが国道286号線の山形県庁の近くを通過した時、
『バスは間も無く高速道路に入ります。ご乗車のお客様は必ずシートベルトの着用をお願いします』
『これから3回裏、3対0と3点をリードする山形スタイリーズの攻撃です。3番平山からの好打順』
マイクロバスの運転手のアナウンスとAMラジオの実況アナウンスが同時に聴こえた。今乗っているマイクロバスでは、このような場合は、安全面等の理由から前者のほうが若干大きく聴こえるようにしてある。車好きでこういうのにはきっちり順守する彼らは、シートベルトを見つけては必ず着ける性格なので、乗った時点で既に全員着用していた。
山形自動車道の山形蔵王インターチェンジとの交差点を直進して、インターチェンジに入る。トールゲートの1番左側にあるETC専用レーンを時速20km/h以下で通過すると、そのまま左側の酒田方面へのランプウェイから山形自動車道 下り線へと合流した。
山形自動車道から東北中央自動車道 山形上山方面・東根方面の両方面に分岐する山形ジャンクションのすぐ手前にある東北中央自動車道の本線車道が通る高架橋の下を潜る。決してアンダーパスではない、高速道路同士が立体交差しているようなところだ。
キィ―ン!
『ライトへ大きな当たり! 追っていくが…、捕れなーい!! ヒットの平山が還って4点目、バッターランナー笹原も2塁へ! 6番笹原のタイムリーツーベースヒットで1点追加、4対0!!』
丁度その高架下を潜った辺りで、またも試合が動いた。まだ3回である…。
―こりゃまだまだ打つぞ…。
―5回辺りで8点は取ってそう…。
―この打線防ぎようがないですね…。
AMラジオの実況を聴いていたN`Carsナインから、恐れの感情がゆっくりと雰囲気として伝わり始めた。まだ3回で4対0というスコアからだろうか、それとも前の試合で17安打12点と打ちまくった爆発力が何度も過るせいか、将又、N`Carsと同じようなバッティングのチームでありながら、全国大会に何度も出場して結果も残しているその実績とそれによって培われたオーラがラジオを介して聴こえてくるせいか…。早くも、マイクロバスの車内の雰囲気は重苦しくなった。
マイクロバスは山形自動車道のうち月山インターチェンジまでの内陸区間を過ぎて、国道112号線 月山花笠ラインを越えて朝日山脈を越えて、湯殿山インターチェンジから始まる山形自動車道の庄内区間に入って庄内平野の田園が周りに広がる風景の中を走っていた。
しかし依然としてマイクロバスの車内は雰囲気が重苦しいまま。3回裏に4点目が入って以降、雰囲気が重くなるに連れて段々とAMラジオの実況はおろか、途中に挟む天気予報や道路交通情報、更にはニュースですら右から左に自分の耳を通過していくだけであった。
『…、さあ満塁のチャンスです』
―満塁?
―もう少しでコールドゲーム?
『6回表、この回打線が繋がり2点を返してなおも1アウト満塁のチャンスです、上山グローアップズ』
―え?
―あれ?
『現在4対2と2点差、山形スタイリーズの先発投手・横山を漸く捉え出した上山打線。長打か一発が出れば逆転という場面』
「え?」
「あれ!?」
山形スタイリーズのワンサイドゲームだろうと思っていたN`Carsナイン。中には、あれだけ強ければ抑えきれない、下手したらコールドゲームになるのではないかと予想する人もいた。ところが…。
「上山やるじゃん」
「上山強くね?」
「少なくとももう1点入ったら面白いかも…」
上山グローアップズの予想以上の善戦に、目が覚めたように再びAMラジオの実況に喰い付くN`Carsナイン。丁度この時、マイクロバスは日本海東北自動車道の酒田方面へと分岐する鶴岡ジャンクションのランプウェイに入った。村田・山形方面と酒田方面のみが行き来できるハーフジャンクションなので一見ランプウェイや案内看板が若干簡素だが、フルジャンクション化すれば鶴岡・新潟方面へも行ける上に、良く見慣れたフルジャンクションの景色や構造になる。簡素なのは最初からその造りを考えてのことだ。
山形自動車道の上下線が左右に分離して、日本海東北自動車道の本線が上を通る高架下を潜った時だ。
キィン!
『これは打ち取った、セカンド正面! 4、6、3と渡ってダブルプレー! 3アウトチェンジ、最後はセカンド谷沢から、ショート平山、ファースト八鍬へと渡るダブルプレーで攻撃終了! 6回表、上山グローアップズの攻撃は2点を返しましたが最後はゲッツー、ランナー2者残塁で攻撃を終えました』
「ああああ」
「勿体無い…」
「まあ上手くはいかないか…」
『ただ山形スタイリーズの横山投手、この試合初めて捉えられ出した印象ですがそれでも球威や伸び、キレといったボールの面ではあまり変わっていないような印象ですが』
『上山グローアップズの打線が横山のボールに対して目が慣れてきたんでしょう。序盤はまだ目が慣れていない分空振りを取られたり打たされたりという場面もありましたが、自分たちのスイングができるようになりましたね』
―今のを聴く限り、どうやら横山は遊んでなさそうですね。
前回と同じように終盤で失点したということで少しその懸念があったが、今回は違うようだと解釈できる会話を聞いて、沢中は少し安堵したと同時に、このピッチングを最後まで続けるようAMラジオ越しに念を押した。
点差が詰まったことで少し盛り上がったマイクロバスの車内も、横山の締まったピッチングとバックの野手陣の堅い守りにより、再び元の状態に落ち着いた。
少し経って、マイクロバスは日本海東北自動車道の酒田インターチェンジの出口ランプウェイに入った。この先、日本海東北自動車道の下り線には国道47号線 新庄酒田道路と接続する酒田中央インターチェンジと、暫定的な下り線の終点インターチェンジである酒田みなとインターチェンジがあるが、目的地である酒田のグラウンド及び今日試合を行う北前球場に行くにはこのインターチェンジで降りるほうが距離の近さから望ましい。この後出口ランプウェイから出口料金所のETC専用レーンを通過して、一般道で目的地へと向かう。




