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冤罪で断罪された悪役令嬢、ハンマー片手に辺境で『魔法鍛冶屋』はじめます!  作者: 秋月 もみじ


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第5話 契約成立:私の全力を受け止めて


「黒竜騎士団長、ギルバート・フォン・ガルドだ」


その大男は、私の作ったおたまを握りしめたまま、真剣な眼差しで名乗った。


黒竜騎士団長。

辺境を守るかなめ

そして、「破壊神」の異名を持つ生ける伝説。


そんな雲の上の存在が、なぜ私の薄汚れた工房で、おたまに感動して膝をついているのか。

状況が飲み込めない。

だが、彼の目は本気だった。


「頼む。このおたまと同じ強度で、俺の剣を打ってくれ。素材はこれを使う」


彼が懐から取り出したのは、漆黒の塊だった。

長さ五十センチほど。

表面には濡れたような光沢があり、禍々しいほどの魔力を放っている。


「……黒竜の牙?」


私は息を呑んだ。

Sランク魔獣、ブラックドラゴンの牙。

市場に出れば城が一つ買えるほどの超稀少素材だ。

鍛冶師なら一生に一度拝めるかどうかの代物。


「報酬は金貨百枚。成功すれば、今後も専属として契約したい」


金貨百枚。

塩どころか、工房を最新設備にリノベーションして、一生遊んで暮らせる額だ。


(……断る理由がない)


職人としての魂が疼く。

何より、この最高級素材を私の手で加工してみたい。


「……わかりました。お引き受けします」


私はおたまを彼の手からひったくり(すごい力で握っていたので指を一本ずつ剥がした)、宣言した。


「ただし、条件があります。作業中は私の指示に従ってください。あと、壊れても文句は言わないでくださいね?」


「ああ、構わん。俺の全力を受け止める剣ができるなら、魂だって売ろう」


大げさな人だ。

でも、その熱意は嫌いじゃない。



作業開始から三日。

私は壁にぶち当たっていた。


「……硬い」


炉の前で、私は汗を拭った。

目の前の金床には、熱せられた黒竜の牙。

炉の温度は限界まで上げている。

私の魔力で酸素を送り込み、鉄なら蒸発するほどの高温だ。

牙は赤熱し、加工できる温度には達している。


だが、ハンマーが通じない。


カィィィン!


甲高い音が響くだけ。

私の自作ハンマー(重量十キロ)を振り下ろしても、牙は僅かに凹むかどうか。

反発力が凄まじいのだ。


「どうした? 手伝おうか?」


ふいご係をやらされているギルバート様が、心配そうに声をかけてくる。

彼は上着を脱ぎ、筋肉隆々の上半身を晒して風を送ってくれている。

目のやり場に困るが、それ以上に困っているのはこの状況だ。


(手加減しすぎだわ……)


私は唇を噛んだ。

ギルバート様が見ている。

だから、私は無意識に「淑女の仮面」を被っていた。

脇を締め、優雅に、力任せに見えないようにハンマーを振るっていた。

それでは、この伝説の素材には届かない。


もっと強く。

腰を入れて。

全身のバネを使って、殺す気で叩かなければ。


でも、そんな姿を見せたら?

『野蛮だ』

『女のくせに』

『ゴリラ令嬢』

かつて王都で浴びせられた言葉が、脳裏をよぎる。


手が止まる。

ハンマーを下ろす。


「……無理かもしれません」


弱音がこぼれた。


「私の……今の打ち方では、この素材には勝てません」


ギルバート様がふいごの手を止めた。

静寂が落ちる。

失望されただろうか。

やはり、たかが女の鍛冶師などと。


「セシリア」


彼は静かに私の名を呼んだ。

怒気はない。


「俺は、ずっと一人だった」


「え?」


「触れるものを壊してしまう。握手も、抱擁もできない。加減をすれば剣が折れ、本気を出せば周りが引く。……ずっと、自分の力を呪っていた」


彼は自分の大きな掌を見つめた。

そこには、無数の古傷があった。


「だが、君のフライパンは壊れなかった。君のおたまは、俺の馬鹿力を笑わなかった。……嬉しかったんだ」


彼は私を見て、不器用に笑った。


「君が何を恐れているかは知らない。だが、俺の前で取り繕う必要はない。俺を見てみろ。こんな規格外の怪物がいるんだぞ? 君が多少乱暴でも、俺が引くわけないだろう」


「……」


胸の奥が、熱くなった。

炉の熱気のせいじゃない。


この人は、知っているのだ。

強すぎるゆえの孤独を。

周りに合わせようとして、自分を押し殺す苦しさを。


(……馬鹿ね、私)

(何を怖がっていたのかしら)


素材が泣いている。

『もっと本気で来い』と、黒竜の牙が挑発している。

目の前の顧客パートナーが、『君の本気が見たい』と言っている。


職人が、これに応えなくてどうする。


「……ギルバート様」


私は髪を留めていたリボンを解き、きつく縛り直した。

作業着の袖を、肩までまくり上げる。

細腕に見えるかもしれないが、中身は違うわよ。


「少し、音がうるさくなります。耳を塞いでいてください」


「いや、この目で見届けさせてもらう」


「そうですか。……じゃあ、後悔しないでくださいね」


私は足を開いた。

大地を掴むように踏ん張る。

呼吸を変える。

吸って、止めて、循環させる。

体内の魔力炉をフル稼働。

全身の筋肉が、魔力の奔流で悲鳴を上げる直前まで『強化』される。


「ふぅぅぅぅ……」


ハンマーを握る手に、血管が浮き出る。

もう、淑女の所作なんて知ったことか。


狙うは一点。

牙のコア


「せいっ!!!」


裂帛の気合いと共に、私はハンマーを振り下ろした。


ドゴォォォォォン!!!!!


爆音。

鍛冶場全体が揺れた。

衝撃波で床の砂埃が舞い上がり、窓ガラスがビリビリと震える。


カキンッ! ではない。

爆発音だ。


だが、私の手には確かな手応えがあった。

黒竜の牙が、私の力に屈し、歪んだのだ。


「まだよ! ここからが本番!」


私は休まない。

間髪入れずに第二撃、第三撃。


ドガン! ズドン! バゴォン!


一撃ごとに、火花が花火のように散る。

私は鬼の形相だったと思う。

歯を食いしばり、汗を飛び散らせ、髪を振り乱し。

「曲がれぇぇぇ!」「硬いんじゃボケェェ!」「言うことを聞けぇぇぇ!」と罵声を浴びせながら。


素材との対話?

いいえ、これは屈服だ。

私の魔力(圧縮)を、暴力的なまでの質量で叩き込む。


熱い。

苦しい。

でも、楽しい。


私の全てをぶつけても、壊れない素材がある。

それを見守ってくれる人がいる。

なんて自由なんだろう。


一時間後。

最後の一撃を振り下ろした時、そこには一振りの剣の原型が出来上がっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


私はハンマーを落とし、膝をついた。

全身から湯気が立っている。

魔力切れ寸前だ。


静寂。

あ。

やってしまった。


我に返る。

今の私、完全に「バーサーカー」だった。

淑女どころか、山賊でももっと上品だ。

恐る恐る、ギルバート様の方を見る。


彼は、口を半開きにして立ち尽くしていた。

終わった。

幻滅された。

金貨百枚は没収、契約破棄、そして「野蛮女」のレッテル……。


「……すげぇ」


低い声が聞こえた。


「え?」


「美しかった」


ギルバート様が、夢を見るような目で私を見ていた。

その金色の瞳は、恐怖ではなく、純粋な感嘆に輝いている。


「あんなに力強く、迷いのない一撃は見たことがない。……まるで、女神が舞っているようだった」


「め、女神……?」


汗だくでハンマーを振り回す女が?

この人の目は節穴なのだろうか。

それとも、美的感覚が完全に壊れているのだろうか。


彼は私のそばに歩み寄り、汚れるのも構わず、私の手を取った。

まめだらけで、煤で真っ黒な私の手を。


「ありがとう、セシリア。君こそが、俺の求めていた職人だ」


大きくて温かい手が、私の手を包み込む。

その熱が伝わってきて、私は耳まで赤くなるのを感じた。


「……まだ、研ぎが残っていますから」


私は顔を背け、ぶっきらぼうに言った。

そうでもしないと、心臓の音がうるさすぎて仕事にならなかったからだ。



翌日。

完成した剣は、黒曜石のように美しく、夜の闇を切り取ったような刃を持っていた。

名付けて『黒牙こくが』。

名前のセンスがないのは自覚している。


ギルバート様が試し斬りをする。

裏庭の大岩を一刀両断しても、刃こぼれ一つしなかった。


「最高だ……」


彼は剣を抱きしめて頬ずりしそうな勢いだった。

その姿を見て、私は小さく息を吐いた。

安堵と、達成感。


これで契約終了。

彼は帰るはずだ。

そう思っていたのに。


「よし、次はさやだ。あと、鎧の調整も頼みたい。それから、竜の鱗で盾も作れるか?」


「……はい?」


「言っただろう。専属契約だと。これからも頼むぞ、相棒」


彼はニカッと笑った。

その笑顔が、不覚にも少し可愛いと思ってしまった私は、多分もう手遅れなのだろう。


私の平穏な引きこもり生活は、この「破壊神」によって、完全に破壊されたのだった。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます ヘパイストス(鍛冶と火の神)激誕ですね(^O^)/
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