第6話 王都の崩壊予兆と辺境の繁盛記
「親方! 俺の槍の穂先、強化頼みます!」
「セシリア嬢ちゃん、盾のへこみ、叩いて直してくれ!」
カンッ、カンッ、カンッ!
辺境の廃村だった場所は今、熱気と活気に包まれている。
私の工房「魔針鍛冶屋」は、連日大盛況だった。
客層の九割は、黒竜騎士団の団員たちだ。
彼らは魔獣との戦闘で装備を消耗し、ここに駆け込んでくる。
「はい、槍は二番の棚へ! 盾は順番待ちです! 支払いはツケでいいので、そこに名前を書いておいてください!」
私は作業着の袖をまくり、炉と金床の間を飛び回っていた。
忙しい。
目が回るほど忙しい。
けれど、かつて王城で書類の山と格闘していた時の「虚無感」とは違う。
直せば感謝され、作れば喜ばれる。
成果が目に見える労働は、なんて心地いいのだろう。
「セシリア」
野太い、けれど甘い響きの声。
振り返ると、入り口に巨大な影があった。
ギルバート様だ。
「……また来たんですか? 団長がそんなに暇でいいんですか」
私は呆れ半分で迎える。
彼はここ数週間、ほぼ毎日顔を出している。
「暇ではない。重要な任務だ」
彼は真顔で言いながら、背中に隠していた包みを差し出した。
「補給物資だ」
「……これ」
包みを開けると、中にはふわふわのシフォンケーキが入っていた。
王都の有名店のものだ。
ここ辺境までは、早馬を飛ばしても数日はかかるはずだが。
「空間魔法使いの部下に運ばせた。君は甘いものが好きだろう?」
「……好きですけど。職権乱用では?」
「騎士団の装備を支える職人の健康管理も、団長の務めだ」
彼は悪びれもせず、工房の隅にある自分専用(と勝手に決めた)椅子にドカリと座った。
そして、私が作業する様子をじっと眺め始める。
邪魔ではない。
むしろ、彼の魔力が近くにあると、炉の火が安定する気がする。
(たぶん、彼が無意識に放出している魔力が燃料になっているのかしら?)
私はケーキを一切れ頬張り、糖分を脳に送ってからハンマーを握った。
「さて、午後も頑張りますか」
*
夕方、一人の行商人が工房を訪ねてきた。
王都から定期便を運んでくる馴染みの商人だ。
塩や香辛料、鉄鉱石を卸してもらっている。
「まいど。いやぁ、辺境は景気がいいねえ」
商人は騎士団員たちの活気を見て、ホクホク顔だ。
対照的に、彼は王都の話になると顔を曇らせた。
「それに比べて、王都はひどいもんだよ」
「何かあったの?」
私は伝票にサインをしながら、何気なく尋ねた。
「物資の質が落ちてるんだ。特に、鉄製品がね」
手が止まる。
「鉄が?」
「ああ。近衛騎士団の剣が、訓練中にポキポキ折れるって騒ぎになってる。納入業者の公爵家が、粗悪な鉱石を掴まされたらしい」
公爵家。
私の実家だ。
父上の顔が脳裏をよぎる。
(……やっぱり)
私は心の中で溜息をついた。
父上は数字しか見ない人だ。
「安い鉱石でも、加工すれば同じ」と平気で言う。
以前は私が、納入前にこっそり検品し、脆い鉱石を弾いていた。
あるいは、こっそり『圧縮』をかけて強度をごまかしていた。
私が消えれば、当然そうなる。
誰も「素材の声」を聞こうとしないのだから。
「それに、聖女様が『もっと豪華な装飾じゃないと加護が乗らない』って駄々をこねて、予算を食い潰してるって噂さ。第二王子様も、書類仕事に追われてヒステリーを起こしてるらしい」
アレクセイ様が書類仕事?
無理だ。
彼は決裁印を押すことしかできない。
中身の精査、他部署との調整、根回し。
それら全てを「影」で処理していたのが誰だったのか、彼は気づいていなかったのだろうか。
「……ざまあみろ、ですね」
「え? 何か言ったかい?」
「いいえ。自業自得という言葉を思い出していただけです」
商人は肩をすくめ、声を潜めた。
「そういえば、その公爵家の娘さんが亡くなったって話、聞いたかい? 追放された先で行方不明だって。可哀想にねぇ」
「……へえ」
私は無表情を保った。
胸の奥で、何かが冷たく決着する音がした。
私は、死んだことになっている。
父上にとっても、王子にとっても、私は「過去の汚点」として処理されたのだ。
悲しい?
いいえ。
「……せいせいしたわ」
私の口から出たのは、本心からの安堵だった。
これで完全に自由だ。
誰も私を探さない。
連れ戻される心配もない。
「お嬢ちゃん?」
「なんでもないわ。……さあ、いい鉄が入ったなら全部買うわよ。こっちは需要過多で困ってるんだから」
私は商人に笑顔を向けた。
過去は死んだ。
ここにあるのは、鉄と炎と、明日を作る仕事だけ。
*
夜。
騎士たちが帰り、工房に静寂が戻る。
ギルバート様だけが、まだ残っていた。
彼は私が作った新作の短剣を、真剣な眼差しで磨いている。
「……王都の話、聞いたか」
彼がポツリと言った。
聞こえていたのか。
「ええ。大変そうですね」
他人事のように答える。
「戻りたいか?」
「まさか」
私は即答し、ハンマーを置いた。
「私はここで、あなたたちの武器を作っている方が性に合っています。……それに、死人が出て行っても化けて出たと思われるだけですし」
ギルバート様の手が止まる。
彼は立ち上がり、私の前に立った。
大きな体が、ランプの光を遮る。
「俺は、お前が死人だとは思わない」
彼は不器用に、私の頭に手を置いた。
大きな手。
剣ダコだらけの、武骨な手。
でも、その重みは驚くほど優しかった。
「お前はここで生きている。俺たちの命を支えてくれている。……俺にとっては、女神よりも尊い存在だ」
「……大げさです」
うつむく。
顔が熱い。
この人は、どうしてこう、恥ずかしい台詞を真顔で言えるのか。
「王都がどうなろうと知ったことではない。だが、もしお前を害するものが現れたら……その時は、俺が全て叩き潰す」
「破壊神が言うと、洒落になりませんよ」
私は軽口で返したが、心臓の音はドラムのように鳴り響いていた。
守られている。
家柄でも、身分でもなく。
私という人間が、ここで必要とされている。
「……ありがとう。ギルバート様」
私は小さく呟いた。
王都の元婚約者たちは、今の私を見たらどう思うだろう。
煤まみれで、汗臭くて、男だらけの職場で働いている私を。
きっと「落ちぶれた」と笑うだろう。
でも、今の私は。
ドレスを着て作り笑いをしていた頃より、百倍幸せだ。
「よし、明日はドラゴンの鱗で盾を作るぞ! ギルバート様、手伝ってくださいね!」
「ああ、任せろ」
私たちは笑い合った。
王都の崩壊の足音が、遠くで聞こえ始めていたが、今の私たちには関係のないことだった。




