失敗作が漫画アニメの重要性を説くのを見ると居た堪れなくなる
『子供の頃に漫画やアニメ、ゲームを親に禁止されたら歪んで育つ』
ネットでよく見かける論調だ。
実際にインターネットにはその当事者がそれなりにはいるのだろう。
ただ、問題はインターネットの住民がそれなりに偏っていることなのだ。
自分で言うのもあれだがMENSA会員で、現実ではそこそこエリートでもある。
だから普通の人間に比べれば、そういう人達との接点もある。
『子供の頃に漫画やアニメ、ゲームを親に禁止されるも、一切歪まずエリートになった』
例を私は知っているのだ。
そういう人達はあまりネットをやらない。
情報収集のために活用する事はあっても、SNSや掲示板に常駐なんてしない。
結果として、SNSや掲示板では、歪んで失敗作になってしまった人達が、
漫画やアニメ、ゲームを肯定する風潮が完成されており、誰もそれに異を唱える事は出来ない。
その代わり、現実でそういったものに触れず生きている人達との差は開く。
歪まずエリートになった人達と、歪んでしまって失敗作になってしまった人達、
その違いがどこにあったのかなんて、残酷な事を私の口からは言えない。
それなりの立場になったことで、『社会全体』の利益についても考えるようになった。
『失敗の可能性もそれなりにある教育方法』なんてするべきではないというのは、
本人目線でしかない。
『99%の確率で身体がぶっ壊れるが、1%の確率で大谷翔平クラスになる教育法』
があったとして、勿論子供からしたら嫌だし、親だってそんな簡単にやらせる人ばかりではないだろうが、
社会からすれば100人の一般人より、99人の失敗作と1人の天才の方がプラスなのだ。
自分は35にもなってゲームやったり作ったり、一般人に比べればオタク趣味に触れている方だが、
それは才能的にも金銭的にも『余裕がある』からに過ぎない。
特筆すべき才能の無い人間や、お金に余裕の無い人間は、遊んでる場合じゃ無いとすら思っている。
そういう意味ではネットに蔓延る失敗作達は、子供の教育に悪影響だとも思っているが、
死人に鞭打つような事が平然と出来るほど、私も心の無い人間ではない。
精々ここで失敗作と言うのが限度だ。




