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その十日後。

貴妃となり房から藍玉宮に移った。


その日、私は尚食の仲間に手伝いを乞い、茶会を催すことにした。

もちろん、中華まんのやり直しだ。



「麗華さん。もう貴妃になられたのですから、指示していただければ私たちがいたしますのに」



尚食長の白露さんが今までとは違う態度で接してくるので首を横に振る。



「これまで通りで結構ですよ。それに、調理していないと落ち着かなくて。皆で一緒に薬膳できれいになりましょう」



そう言うと、尚食の仲間はうれしそうに微笑み、テキパキと動きだした。


前回作った小豆や黒ごま餡の中華まんに加え、大きな豚の角煮をそのままゴロンと入れた、お腹にたまりそうなものも作る。


というのは、劉伶さまがやはり顔を出してくださるのと、今回は日ごろ世話になっている宦官たちにも振る舞うことにしたからだ。


毒見役ではなく、招待客として。


それでなにがいいかと子雲さんに聞いてみたら、甘い中華まんよりそうした物を好む者が多いと知り、大量にこしらえた。



今回の茶会は、最初の茶会の十倍近くの人たちが集まり、中庭が狭く感じる。



「――豚肉は体を潤しますので、肌の乾燥にも効果的です。便秘にもいいですよ」



いつものように効能を説明すると、出席者皆、真剣に聞き入っている。



「何種類も食べられるようにあえて小さめにしてあります。どうぞお召し上がりください」



宦官も初めてのもてなしに目を輝かせている。

後宮に序列があるのは仕方がないかもしれないけれど、できれば仲良く、そして楽しく生きていきたい。


配膳も手伝ってくれた尚食たちが自らも食べ始めた頃、劉伶さまがやってきた。

一斉に食べるのをやめ平伏すが、すぐに顔を上げる許可が出るのはいつものことだ。



「朱麗華。今日はなんだ?」

「はい。中華まんでございます。本日は角煮入りも作りましたので、お土産に持っていかれてもよろしいかと」



ここには入れない肉好きの玄峰さんを意識して言うと、いつもは表情ひとつ崩さない彼が右の眉を上げて口元を緩める。



「それではそうしよう。余の臣下もよく働いてくれている。感謝を示したい」

「はい。あとでお包みします」



ひとまず劉伶さまの分の準備をして下がろうとすると、不意に腕を握られてひどく驚く。



「いつもありがとう。朱麗華」

「とんでもございません」



すぐに手は離されたが、握られた部分が熱くてたまらず、しばらく心臓の高鳴りを抑えられなかった。


茶会は大盛況のうちに終わり、体調に悩みのある妃賓に食べ物の提案をしていたら、夕刻になってしまった。



慌てて厨房に向かい、尚食としての仕事をしようとしたがほとんどできている。



「遅くなってしまい申し訳ありません」

「麗華さんは貴妃におなりになったんですから、尚食の仕事なんてしなくていいんです」



白露さんがそう言うけれど、それも寂しい。



「でも私、料理をするのが楽しいんです。やらせてください」



必死に訴えると、女官たちがクスクス笑いだした。

なにかおかしなことを言ったかしら?



「陛下から宦官を通じて、今日は疲れているだろうから麗華さんは休ませるようにとご伝言が。それと、おそらく麗華さんはこれからも調理をしたいと言うだろうから、仲間として今まで通りにしてほしいと。その通りでしたね」

「陛下が?」



チラリと子雲さんに視線を送ると、彼も笑いを噛み殺している。



「麗華さんが皇后になったらいいのにって、皆で話してたのよ。きっと楽しい後宮になるだろうなって」

「そうそう。でも皇后さまと一緒に調理するなんておかしいわね」



仲間たちが口々にそう漏らすのを見て唖然とする。


私ひとりだけ位が上がってしまったので、もしかしたら拒絶されるのではないかと心配していた。

頑張っていたのは皆同じだからだ。


それなのにこの歓迎ぶり。

私がしてきたことは間違っていなかったのかもしれない。



「ここにいてもいいんですね」



近い将来、本当に皇后となってもひとりで部屋に籠っているのは苦痛でしかない。

仲間と一緒に、食で皆を笑顔にし続けたい。



「もちろん。麗華さんがいないと美肌が保てないもの」

「私、最近月の物のときの痛みが少なくなったの」

「私は体型がほっそりしてきたでしょ」

「それは思い過ごしよ」



次々と女官から声が飛び、大きな笑いが起こる。


李貴妃の事件で一時は緊張感漂う場所だった後宮だが、やはりこうでなければ。

私も一緒になって大笑いしたあと、藍玉宮に戻った。



貴妃となったからには、子雲さん以外に女官を数人つけなさいと博文さんに言われている。

いくら宦官とはいえ、子雲さんに着替えの手伝いなどしてもらうわけにはいかないということらしいが、自分でやっていたのだからいらないのに。


しかし、料理が得意でその能力を発揮できる場所があることがうれしいように、髪結いがうまい女官もいれば、衣を作るのがうまい女官もいて、それぞれに輝ける場所があるほうがいいのかもしれないと思い始めていた。



「ゆっくり考えよう」



後宮に来たとき、ここで一生下働きをするのだと覚悟していた。

それなのに、妃賓の頂点に駆け上がろうとしているのが信じられない。


でも、劉伶さまの寵愛は幸甚の至りだし、もう誰も命を落とすことない後宮を作っていけるのなら踏ん張りたい。



「麗華。起きてる?」



疲れからかうとうとしかけた頃、扉の向こうから声がした。劉伶さまだ。

私は飛び起きてすぐに扉を開けた。


子雲さんと御衣を交換してひっそり訪れていたときとは違い、きらびやかな皇帝の姿のままだ。



「どうされましたか?」

「どうしたって……。お手付きに来たんだけど」

「え……」



たしかに、皇帝が渡るために部屋の移動をしたわけだけど、まさか今晩だとは。



「なんだその驚いた顔。どれだけ待ったと思ってる」



彼は私を簡単に捕まえて腕の中に包み込む。



「で、ですが……」

「麗華。皇后になる覚悟はできた?」



彼は私を抱きしめたまま問う。



「覚悟なんてできません。でも、劉伶さまに添い遂げるためなら、なんでもします。一生、劉伶さまだけを思って生きていきたい。あっ……」



本音を吐き出せば、少々荒々しく、そして焦るように唇を重ねられた。



「俺も。一生麗華だけを思い続ける」



優しく微笑む彼は、光龍帝ではなく伯劉伶の顔をしていた。



三カ月後。光龍帝の高らかな宣言が後宮に響いた。



「本日より、朱麗華を皇后とす。今後、後宮では朱麗華に従い、無用な争いごとは許さぬ。余は手を汚して地位を得ようとする人間は嫌いだ。そのようなことがあれば、即刻処分、もしくは追放いたす」



隣に立つ私はと言えば、余裕のある笑みを浮かべゆったりと話す彼とは対照的だった。


金糸で華やかな刺繍が施された上衣に大帯を締め、蔽膝を垂らして真珠の佩飾を飾り、髪結いによって两把头(りょうはとう)に結われた髪に、立派な金の歩揺や流蘇(りゅうそ)を挿した姿で引きつった笑みを浮かべる。


慣れない衣装と、すさまじい数の妃賓、女官、そして宦官から注がれる視線に戸惑いしかない。

しかし、隣にいる劉伶さまが私に視線を合わせて優しく微笑んだので、私も口角を上げた。



辺境の地で薬膳料理を作っていただけの私が、瞬く間に彗明国の頂点たる皇帝陛下の妻となった。


出会いはただの偶然だった。

けれども、その偶然から広がった幸福は、この先どこまでも続くだろう。


――彗明国の明るき未来は、ここから始まる。



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