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ひとりになった私は、ひたすら調理を続けた。
「うまく炊けた」
今日は筍とゆり根そして鶏肉と緑豆を、生抽、そして高麗人参を浸けておいた酒を少し加えて米を炊く。
それから豚肉を細かく刻んで味噌と黒砂糖で煮て、別に茹でたじゃがいもとあえて、片栗粉でとじたそぼろ煮を作る。
最後に水毒に効くさやえんどうを彩りよく添えた。
そして精神の安定をもたらす鶏卵をふわふわに焼いて一旦取り出したあと、大蒜を香ばしく炒めた油で、腎の働きを高めたり体を温めるにらと枸杞の実を手早く炒める。
そのあと卵を戻して塩と砂糖で味を調えて一品。
あとはまた烏龍茶を淹れるだけ。
先にお茶を持ち、劉伶さまの房を尋ねると、すぐに玄峰さんが扉を開けてくれた。
彼は私と入れ替わりに料理を運ぶために厨房に向かう。
「麗華、もうできたの?」
「はい。お昼がおいしくなかったと博文さんにお聞きしたので」
「そうそう、まずくて」
劉伶さまは眉根を寄せ、大げさに肩をすくめてみせる。その行為で空気が和んだが、扉が開いたとき張り詰めたような空気を感じたのは勘繰りすぎだろうか。
お茶を淹れていると、博文さんも料理を取りに向かった。
「今日はゆり根が炊き込みご飯に入っています。不眠に効きますので食べてくださいね」
「ありがとう。でも、ゆり根より麗華の手がいいな」
それは握っていろと言っているの?
「いえっ、それは……」
「麗華が握っていてくれれば、今晩もうなされずに済むような気がするんだ」
「それでは俺が握りましょう」
そのとき、丁度玄峰さんが入ってきて、そんなことを言いだす。
「かえって悪夢を見そうだ」
心なしか肩を落とす劉伶さまは、不貞腐れた顔。
この三人は私に比べたらずっと大人だと思っていたのに、意外と無邪気な表情も見せる。それが親しみやすく感じる所以なのかもしれない。
すぐに博文さんも残りの料理を持ってきた。
「劉伶さま、ここに皺が寄っていますが?」
彼は目ざとい。劉伶さまの不機嫌に気づき、自分の眉間を指さしている。
「今宵も麗華に手を握っていてほしいと頼んだら、玄峰が握ると言うからだ」
「あっはは。それは妙案だ」
「博文まで!」
大笑いされた劉伶さまが、口を尖らせている。
それでも卓子にすべての料理が並ぶと、彼の目は輝いた。
「今日は俺が最初に食べる」
そして私たちを制して、最初に炊き込みご飯を口に運んだ。
そうやって私への信頼を示しているんだとわかったので、胸がいっぱいになる。
今日は劉伶さまの行為を、残りのふたりも止めなかった。
「はー、うまい。昼飯はなんだったんだ」
感嘆の溜息をつく劉伶さまを見て、「もう食べるぞ」と玄峰さんがそわそわしている。お腹が減っているらしい。
「駄目と言いたいところだけど、どうぞ」
劉伶さまから許可が出ると、一斉に食べ始めた。
三人ともしばらく「うまい」という発言しかない。やはり昼食は残念だったようだ。
私も口に運びながら多幸感に包まれていた。
私の料理が三人を喜ばせている。両親を失ってから無我夢中で今日まで走ってきたけれど、こうして喜びを露わにされると生きていてよかったと感じられる。
半分くらい食べ進んだところで、ようやく博文さんが口を開いた。
「それで今晩ですが、本気で玄峰に手を握らせましょう」
「は? それは勘弁してくれ」
劉伶さまが箸を落としかけて顰蹙している。
「ですが、麗華さんは昨晩もまともに眠っていません。劉伶さまの睡眠も大切ですが、麗華さんの健康を損ねては、料理を作ってもらえなくなります」
「それは困る」
即答する劉伶さまだけど、明らかに失意の表情を浮かべる。
「私、頑張ります」
「なりません。麗華さんが皆で交代しなければ全員が倒れるとおっしゃったではありませんか。その通りだと思ったので、私たちは部屋に戻ったんです」
博文さんが声を大にすると、劉伶さまが申し訳なさそうに口を開く。
「皆、ごめん。ひとりで大丈夫だから眠ってほしい」
大丈夫なわけがない。あんなに苦しんでいたのに。
劉伶さまがそう言うと、あとのふたりは完全に食べるのをやめ黙り込んだ。
「隣で眠るか……」
ボソリと博文さんがつぶやく。
その発言に劉伶さまは吃驚し、私は呆然とした。
「いや、流石によくないな」
すぐさま否定した博文さんに、劉伶さまが首を振る。
「秘策中の秘策だ」
「劉伶さまがもっと信頼できる男ならば秘策でしたが」
博文さんは呆れ声で言い放ち、肩をすくめた。
「信頼しろ! 麗華の手にしか触れない」
「それはどうだか。やはり俺にしよう」
今度は玄峰さんが口を挟むので、おかしくて噴き出してしまった。
「それでは、万が一の時は、もう二度と食事を作らないということでいかがでしょう」
私は口を挟んだ。
劉伶さまがあまりに真剣で、そして眠れないことが気の毒で、折衷案を出したつもりだったが、よく考えれば眉目秀麗な男性と閨を共にするなんて大胆だと後悔した。
「決まったな」
しかし劉伶さまがパンと膝を叩き喜んでいるので、撤回できない。
「劉伶さま、頼みますよ。この食事が食べられないとなると……あの地獄が待っているんです。わかっていますね」
博文さんが思いきり顔をしかめている。
『地獄』というほど食生活がひどかったのだろうか。
まあ、料理に心得のない男性が作った物だからなんとなく想像はできるけれど。
「もちろんだ。玄峰、ここに寝台を運んでくれ」
「わかりました。でも、なにかしでかしたら、劉伶さまを許さない」
この中で一番大食いの玄峰さんの鋭い視線が、劉伶さまを一刺ししている。
「わ、わかったよ。玄峰に殺されかねないから、誓う」
こうして私の添い寝が決定した。
食事も済み、今日は持ってきた夜着に借りている部屋で着替えたあと、劉伶さまの部屋に向かう。
扉の前に立ったはいいが、緊張で声をかけることができなくなった。
彼を助けたい一心だったけれど、夫婦でもないのに……。と躊躇していると「麗華、入っておいで」と中から声がする。
気づかれていたの?
あっ……。玄峰さんが帰って来たときの馬蹄の音にも気づいたんだった。耳が利くのかも。いや、命を狙われるような場所に身を置いていたので、常に気を張る癖がついているのだろう。
それはそれで不憫に思う。
「失礼します」
口から心臓が飛び出しそうなのに気づきながら、ゆっくりと扉を開けた。
劉伶さまは私の方に近づいてきて、「いらっしゃい」と手を差しだす。
「えっ?」
「お手をどうぞ」
「い、いえっ」
こんな美男子にそんな丁寧な扱いをされたら、卒倒しそうだ。




