11
「大丈夫。手は許されてるから」
「でも」
まともに顔を見ることができずにうつむくと、彼のほうが私の手を握った。
「玄峰の手では駄目だ。やはりこの手でないと」
そうか。安眠を得るための道具なんだわ。私ったらひとりで舞い上がったりして。
「ゆり根の効果があるといいのですが」
「そうだね」
即効性があるわけではない。でも、効いてほしい。
「さぁ、こっちへ」
彼に促されて目を点にする。
寝台がふたつ寄り添うように並べられていたからだ。
うなされたときだけ近寄って手を握るつもりだったが、真横で眠るの?
「どうかした?」
「劉伶さま、これは……」
「あぁ、隣ならわざわざ起きてくる必要がないと思ってね。それとも、ひとつの寝台で寝る?」
なにを言っているのだろう。
「とんでもない!」
「なんだ。麗華がいいなら、博文に内緒でそうしようかと思ったのに」
どこまで本気なのか、彼は沈着の表情で言葉を紡ぐ。
言葉を失くして何度も首を横に振ると、彼はクスッと笑みをこぼした。
少し強引に手を引かれて寝台に横たわると、劉伶さまはすこぶる満足そうに私を見つめる。
こんなに間近で息をされると緊張する。といっても、息をしないわけにはいかないし。
「はい」
それから彼は私に手を差し出した。
手をつないだまま眠るの?
「あとで……」
「夢見が悪いのは結構つらいんだ。ね?」
甘えるような声色で懇願されては断れない。
思いきって手を出すと、優しく包み込むように握られた。
「おやすみ、麗華」
「おやすみなさい」
挨拶を交わしたあと、劉伶さまはすぐに目を閉じた。
窓から差し込む月明かりが、彼の端正な顔を淡く照らす。
長いまつげに凛々しい一字眉。うめきを漏らす唇の色素は薄めだが形は整っている。
まさかこれほど美麗な男性と一緒に眠りにつくなんて思ってもいなかった。
けれども、やはり安眠は大切だ。
私は彼の手の力が緩んだのを確認してから目を閉じた。
なんとその夜は、一度もうめきを漏らすことなくぐっすりと眠った。
「はっ」
明るくなっていることに気がつき目を覚ます。
すると、手を握ったままの劉伶さまがまじまじと私の顔を見つめているので仰け反ると、寝台から落ちそうになり支えられた。
「危ないよ、麗華」
「だって」
「ありがとう。あれから朝まで起きずに眠れたのは初めてだ」
あれからって、毒を盛られてから?
夜着の乱れを整えて寝台の上に座ると、彼もまた座った。
顎周りがすっきりしているような。余計な水分が抜けてきているのかも。
「それは、よかったです。失礼します」
見られているのがいたたまれずすさまじい勢いで部屋を飛び出すと、彼の笑声が廊下まで聞こえてきた。
それから三人と私との奇妙な同居生活は半年続いた。
劉伶さまは薬膳料理が効いてきたのか夜中に苦しむことが減ってきて、もう手を握っていなくても朝まで起きないということもある。
けれども、添い寝をやめられない。というのも、まったくうなされないわけではなく、その度に手を握ることを続けているからだ。
――というのは多分言い訳で、他愛もない話をして過ごす彼との時間が楽しくて、離れがたくなったと言ったほうが正しい。
もちろん、そんなことを口に出しては言えないけれど。
劉伶さまは、すべて毒を排出できたのか、はたまた安眠を確保できたからなのか、むくみも取れ端正な顔立ちが一層引き締まっている。
舌の歯痕もすっかりなくなった。
実はひと月ほど前。
体調を崩すことが多かった超さんのおじいさんが再び臥せり、その看病のために奔走した。
その時、おじいさんの薬膳料理を作るための高麗人参をはじめ、高価で手に入りにくい鴨肉などを、劉伶さまが「麗華を育ててくれた人だから」と市場で手に入れ届けてくれたこともあった。
そのおかげかおじいさんは全快し、超さん一家も劉伶さまたちに感謝している。
そんな彼らと私の関係はより一層深まり、私も離宮に行くのが楽しくてたまらない。
劉伶さまの体調がすっかり回復してからは、陳皮ゆり根酒などは続けているものの、特に薬効を気にせずにたくさんの料理を振る舞ってきた。
劉伶さまは様々な食材を一緒に炊き込んだ炊き込みご飯や粥が好きで、特に鶏の湯を使って作ると目を大きくして「うまい」を連発する。
他には花椒を効かせた辛い麻婆豆腐が大好物。
玄峰さんは牛肉と野菜を一緒に炒めて牡蠣油で味付けした青椒肉絲を好む。まあ、肉を出せば大体笑顔なんだけど。
博文さんは海老が好きで、すり身を団子にして羹にするとあっという間に食べてしまう。
私は三人の穏やかな表情を見ているだけで、幸福な気持ちになれた。
しかし、秋の米の収穫の時期を迎えると、村の様子が激変した。
現皇帝、香呂帝が、贅沢な暮らしを維持し、後宮をさらに大規模にするために、地方の国民にとんでもない税を吹っかけてきたのだ。
それは、野菜を売って細々と暮らしている人たちにはとても払えないもので、村の中では裕福なほうの超さんですら「こんなことなら野菜や米を売りに行かないほうがましだ」とこぼすほど。
売っても売ってもむしり取られて、たまの贅沢と購入していた肉や魚は買えやしない。
このままでは生活が困窮していく。
そのせいか、村の人たちからの薬膳料理の依頼も極端に減り、心が痛い。
私も稼げなくなったけれど、離宮で一緒に食べているので困ることはなかった。
「麗華は最近浮かない顔をしているね」
添い寝をするようになってから、寝る前のわずかな間の劉伶さまとの会話が楽しみになっている。
「そう、ですね。村の人たちが困っていて」
「税の件か……」
「はい。それによくない噂も聞いてしまったんです」
横たわって話していたのに、彼は起き上がった。だから私もそうした。
「禁軍のことか」
「ご存じなんですね」
「あぁ。香呂帝が北方にある国を手中に収めたくて、禁軍を強化すると言いだしたんだな」
私は大きくうなずいた。
「そうです。それで地方から兵士をかき集めていて、村の若い男子も連れていかれたんです。破格の報酬は提示されたようですが……」
「それは嘘だな。今の彗明国に支払える能力はない」
「そんな……。村も働き手が減って、どんどん困窮しているのに。その報酬がなければ、皆飢えてしまう」
彼に訴えてもどうにもならないことはわかっている。
けれども、こういう状況のときは弱者に皺寄せがいく。超家のおじいさんのように病弱な人たちが食べ物を口にできなくなったら命すら危ないので、言葉が勝手にこぼれた。
劉伶さまは腕を組み、しばらく黙り込んだ。
「やはり、行くしかあるまいか……」
「行く? どちらに?」
聞き返したのになにも言わない。
「麗華。お前は本当に優しいな。お前のおかげで久しく忘れていた穏やかな時間を過ごすことができたよ」
「劉伶さま、どうされたんですか? いったいどちらに行かれるんです?」
「準備が整ったら、ここを離れる。村が困窮しないようにする。これは刎頸の友の約束だ」
彼が私のことを『刎頸の友』と口にするので悦に入る。
「ありがとうございます。でも、いなくなってしまわれるのですね」
村を救うと言っているのだからもっと喜悦すべきなのに、一抹の寂しさを感じるのは、三人との生活を失いたくないからだ。
「俺はとある役割から逃げてきたんだ。なによりも平穏な生活がしたくてね。だからこの半年は吉夢でも見ているかのようだったよ」
彼は核心をぼかす。“どこ”に行くのかは言及しないし、その役割についても触れない。
けれど、彼は安易な行動はしないと確信しているので、あえて聞かないことにした。そもそもこの離宮にやってきた理由も知らないのだから。
「大国を成すには、隗より始めよだ。国民の生活を守れなければ、北方の国など手に入るわけがない。香呂帝の尸位素餐をなんとかしなければ」
香呂帝の名が出てどきりとする。
劉伶さまたちが高貴な出の人たちだとはわかっている。でも、皇帝をなんとかできるほどの人たちなの?
後宮に入った女官ですら、一生香呂帝の顔を拝見できないことのほうが多いと聞く。それほど高いところにいるお方だ。
不満が渦巻いていたとしても、飲み込むしかないのが私たち。
それなのに、なんとかできるの? いや、簡単にそんなことができるはずもない。
「麗華、ここで見聞きしたことは決して話してはならない。お前の身の安全が危ぶまれるからね」
「私の?」
「あぁ。麗華は俺たち三人にとって、家族のような存在になった。お前がいたからここでの生活が楽しくて、俺もこうして頑健な体を取り戻した。今度は俺たちが麗華の生活を守る番だ」
話すなと言われれば他言などしない。
しかし、彼の発言の端々に強くそれでいて切羽詰まったような感情が見え隠れしていて、胸騒ぎが止まらない。
「戻ってこられますよね」
「あぁ、また会おう」
彼の笑顔を見てようやく安堵の胸を撫で下ろした。




