迷子の青空 33
月夜野アカリが織機キリの部屋を訪れると
上半身裸の少年と美しい女性がベッドに座り
慌ててドアを閉めようとするのだが
よくよく見ると女性は少年の背後にいる。
肩の傷の手当。
「完治したんじゃないの?」
「まだだな。昨日のでまた少し開いた。」
薄っすらと血が滲む。
ツグミは小さな棒に布を巻き「綿棒」を作り薬品を染み込ませる。
「いくぞ。」
キリは大きく深呼吸をしてから
「はい。」
傷口に塗り込むようにその布を押し当てる。
「ーっ」
声にならない叫び。
剣や弓での傷の多いこの世界でおそらく確立されている治療なのだろう。
最近では「傷は消毒しない」が常識になっている。
布を当てず常に湿らせた状態にして回復を早める方法も知っている。
それでもなお、この世界の治療法に従うのは
これが消毒用アルコールやその類ではないと匂いで判断したから。
事実ツグミは消毒ではなく「洗浄」をしている。
傷口に直接布を充てがうのではなく間に薬草を挟んでいる。
そしてこれが湿潤効果の役目を果たしている。
「それで。どうかしましたか?」
キリが涙を拭いながら上着を羽織り治療を見守っていた月夜野アカリに尋ねる。
「え?ああそうか。実は二人にお願いがある。」
月夜野アカリは自らを「メリア」と称し旅を続けるつもりだと言った。
魔女ツグミを訪ねたのは彼女が北の大陸出身だと聞いたからだ。
「私がメリアになることでこの先どうなるのか。」
「まあ狙われるだろうな。」
キリは「この人は何を言っているのだろう」状態。
そもそもどうしてメリアに成り代わる必要があるのか。
その目的は?
メリアの傷が癒えてから改めて出発すればいい。
「こいつは囮になるつもりだよ。」
魔女ツグミは月夜野アカリの真意をいとも簡単に理解する。
「囮って?」
「メリアとして先発し注意を引きつければ本人は悠々進めるだろ。」
「王の帰還のアラゴルン役をするつもりですね。」
「フロドのために作戦。ってもお前の事じゃないぞ。」
「はい?」
「いやハルナがまあいいか。」
月夜野アカリがキリと魔女ツグミに
改めてお願いをしようと頭を下げるその前に
「どうですか?一人増えますが。」
「容易いよ。」
一人増える?
ああそうか。コイツは最初から二人(と黒猫)で先行するつもりだったのか。
でもどうして。いやそれより
「簡単に言いますけどメリアさんとして動きますからそれなりの危険があります。」
月夜野アカリはメリアとして襲撃された。
もう一度それが起きない理由は無い。
「まあ多分心配ないよ。」
知った上で魔女は結構簡単に軽い感じで言い放った。
多分。が怖い。
「詳しくは教えてくれなかったけどね。」
最初の策がダメなら次。次がダメならその次。
いくつか方法はあるらしい。
月夜野アカリはどうにか吉岡ハルナに
「危険はない」と言い含めようとしている。
吉岡ハルナは泣くほどの恐怖を味わった。
産まれて初めて「死」を意識した。
帰りたいと強く願った。
それなのに月夜野アカリは「先に進む」と言っている。
狙われているメリアの格好まですると言っている。
怖くは無いのか。
「怖いさ。でも責任は取らないとね。」
メリアに対して。吉岡ハルナに対して。演劇部員に対して。
一人背負うと決めた。
南の大陸東の国。王都は彼女たちのいる西地区にある。
目的地は東地区。
メリアは国王に「捜査官」の派遣を北の大陸に向かわせる口実で船の提供を申し入れる。
北の大陸のおそらくは東に向かっただろうと
キリ達を先発させるために東の国の「東地区」に向かわせる。
事情を斟酌した国王は東地区長への書状を用意させ
メリア達一行を手厚く遇する。
国王は宴席で少々不穏な発言をする。
「残念ながら旅路の安全は保証できない。」
東の国の国土は南の大陸で最も狭い。
にも関わらず西と東の地区は別の国であるかのように分断されている。
北の大陸とを繋ぐ地峡はその殆どが高い山に覆われているのだが
その山の連なりが南の大陸にまで伸び一つの国を東西に分けてしまっている。
東西を結ぶ「道」は三つ。
一つは内陸部を南に迂回する主要道。殆どの国民はこの道を利用していた。
途中宿場町も点在しているため寝食の心配は不要ではある。
二つ目は「坑道」
東と西から互いに掘られた坑道が意図せず途中で合流した。
直線ではなく無造作に見える枝分かれした通路。
適正なルートを通れば最短で通り抜けられるが
そのルートを示した案内図が全て外されてしまいダンジョンと化している。
同時に崩落の危険有りと見做され国王はこの坑道の閉鎖を検討している。
三つ目は山越えの峠道。
山を越える峠道は山頂近くの無人の小屋で夜を過ごす事になる。
相応の装備が必要となるがそれは問題ではない。
「この峠道を通る者は殆どいない。」
「どうして?」
「守護竜の機嫌がすこぶる悪い。」
国王は騎士の護衛をつけるからと1つ目の迂回路を進める。
早くて三日。通常五日はかかるルート。
「護衛が必要って野盗でも出ますか?」
「小さい竜による被害が出ている。」




