迷子の青空 17
旅の支度を済ませ、タクサスを残したオオカミ犬達が先導し森へ入る。
道は無い。
一人では方角も判らず迷っていただろうなと自分の無謀さを反省するキリ。
明るい内に森を抜けることはなく途中野営。
「私とこいつら(オオカミ犬)だけなら夜も歩き続けるのだがな。」
メリアは森の住人。自宅の庭感覚。
もしかしたら魔女ツグミも問題ないのだろうとキリは言った。
それに「黒猫は闇夜を照らす」と聞いた。
「そうなのか?」
メリアも興味深くツグミに尋ねるが
「闇夜も歩けますが照らしたりはしませんよ。」
ラリクスの背中で眠るノトの背を撫でるツグミ。
魔女
この世界の魔女は僕の世界の魔女とはどうやら異なる存在。
きっと魔女と言うより医師に近い存在。
いろいろ思いを馳せようとしたのだが
全てのオオカミ犬がキリに寄り添い伏せ、その温かさで眠りについてしまう。
生い茂る木々の葉から僅かに零れる星空を眺め
「この世界にも星座ってあります?」
「あるぞ。種蒔きや雨季の時期が判る。」
一年は360日と5日。
一緒だ。
360日を六分割し「季節」としている。
つまり60日で一月なのだが
1月、2月のような数字ではなく
六つの季節で区分している。
暑い とても暑い 涼しい 寒い とても寒い 温かい
「残りの5日は?」
「新年の祝。」
自転周期がほぼ同じなのは腕時計と日の出入りで確認した。
公転周期も殆ど変わらないようだ。
地軸の傾きが少々異なるののか、それとも予想と緯度が異なるのか。
天体の「月」はあるらしいがキリはまだ見ていない。
メリアは突然何かを思い出したように笑う。
「道に迷ったら空を見ろ。」
「何です?」
「この世界の格言らしい。」
「この世界?}
メリアの曖昧な返答にルメニーが補足する。
「メリア様は森の人ですからね。この格言は西の国の言葉です。」
「知らない場所で迷ったら空を見なさい。家族と離れて悲しくなったら空を見なさい。」
「その空は貴方の探す場所と繋がっている。家族の見上げる空と繋がっている。」
「古い歌の中の言葉です。」
メリアはもう一度笑う。
「私はその歌の意味が判らなくてな。」
「森の中で空を見ならが歩いたら危ないってずっと思っていたんだよ。」
キリもつい笑ってしまう。
「でも素敵な歌ですね。歌の名前は?」
ルメニーは嬉しそうに答える。
「迷子の青空。」
寒くて目が覚めた。
殆ど日の出と同時で他の皆も申し合わせたように目覚める。
コーヒーを飲む習慣があったならきっと美味しくいただけただろう。
「弓の訓練をするぞ。」
「はい。」
あれからずっと毎朝の日課は続けている。
それなりにコツを掴んだキリは10発中8発を的の中心に当てられる。
「もう少し距離を伸ばすか。軌道を覚えろ。」
距離に応じた弓の扱い。
最初にこの弓と矢を手にした時、「原始的な」と形容したキリだったが
使い慣れると実に工夫されていると気付く。
反った棒に弦を張っただけではない。
先ず、キリはその名を知らないのだが「コンポジットボウ(合成弓)」である。
木製の本体は一本の棒ではなく、
グリップのある本体に上下独立した棒を付けている。
さらにそのグリップにはレスト(矢を置く場所)部もある。
未経験のキリがそれなりに扱えるようになったのは
日本の弓と異なり、弓本体に手が加えられた洋弓に近いからだった。
アーチェリーのリカーボウのようなスタビライザーは
森の中であるとか、馬上での使用に適さず省かれたのだろう。
小さく、軽く、その上で威力と命中率を高めるための工夫。
「折りたたみのボウガンくらいは発明されていそうだ。」
森を抜ける手前でオオカミ犬達は引き返した。
「森から出ないよう訓練されているからな。」
アクゥロの現在の住処はこの先の湖の畔だと言う。
「今朝祖母が言ったように元々アクゥロは森の中に我々と暮らしていた。」
「大戦以降、中の国をも守るためにこうして住処を変えた。」
木々に囲まれた大きく静かな湖。
湖の周囲には小屋が一軒。道具小屋だろう。
「寒いな。」
こんな所に爬虫類が生息できるのだろうか。
アクゥロはすぐに見付かる。
ぐったりと伏せ、尻尾だけを湖に入れ時折バシャバシャと飛沫を上げる。
ミズオオトカゲに似たドラゴン。
ピータンと同じ症状では手遅れの場合がある。
生息域によって個体差が生じるのか、それとも種類が異なるのか。
食事は何を。あ、いや違う。
「水だ。」
「水?」
キリは湖の中に手を入れる。
冷たい。そしてその奥に手を突っ込む。
ドロが浮かぶ。
横たわるドラゴンに走る。
生臭い。
アクゥロは一行に気付くが目を開いて確認するだけ。
またすぐに目を伏せてしまう。
無関心で不機嫌なのは誰もが感じ取った。
だがキリが顔の前を通ると再び目を開き
その顔をキリに寄せ鼻を鳴らす。
「お前は何者だ。」
いきなり喋った。
「何者でもいいよ。ちょっと身体触るよ。」
キリは首から胴体に触れながら歩く。
鱗にドロが詰まっている。しかも寒さで固まっている。
「金貨より厄介だな。」
大量に温かい水が必要だ。
この湖の水を汲んで沸かしてお湯にして。
温泉かあるともっと早い。この世界にあるのだろうか。
キリがぶつぶつ言っているのを聞いたメリア。
彼女はその手を湖に付けながら
「森の湖ではだめなのか?ここより温かいぞ。」
「はい?」
顔を洗った川の水が冷たすぎて完全に無視していた。
硫黄の臭いも無かった。
あの霧はそれが原因か。
温かい湖に冷たい森の空気。
女王もメリアも「元々森の中に住んでいた」と言った。
「ここでは寒すぎる。」
キリはアクゥロに森へ帰ろうと言うのだが
「面倒だ。」
なんだこいつ。
「我儘言わないで。臭いよ。」
「小さいくせに失礼な奴だ。」
「尊大な奴。臭いと嫌われるぞ。」
「嫌いなら放っておけ。」
「嫌いだからって避けちゃいけない事だってある。デカイくせにそれくらい判らないのか。」
偉そうな事を言いながらキリは気付く。
アクゥロは「帰りたくない」のではない。
「帰れない」状態に陥ってしまったのだと。
ドラゴンとしてのプライドか。本当に面倒な生き物だ。
だからと言ってこのままでは衰弱して
キリは目を閉じた。




