迷子の青空 10
前も後ろも右も左も同じ景色を歩き続けると突然視界が開ける。
キリはまたも言葉を失う。
大きく、ただただ青い湖。遠景に雪山。
カナダのモレーン、ルイーズ。
スイスのエッシネン、シャンフェール。
イタリアのミズリーナ。
「何度来てもこの景色には心打たれます。」
隣のルメニーの声に我に返るキリ。
「確かに凄いな。」
ツグミもこの地域に足を踏み入れたのは始めてのようだ。
と、
先導していたタクサスとラリクスと同種のオオカミ犬三頭が駆け寄る。
セントバーナードならスイスっぽいのに。
またも呑気に構えるキリに飛びかかる大型犬三頭。
「ぐえっ」
「ただいま」と言うように両手を広げ受け止める準備をしたメリアをガン無視。
セントバーナードより大きなそのオオカミ犬三頭。
ベロンチョベロンチョとキリの顔を舐め回す。
「ずるいぞさっきからお前ばっかりっ。」
「そんな事言ってないでウェップ。早く止めさせてっ。」
「イヤだ。」
ツグミに引き起こされるまで本当に止めないメリア。
彼女は湖の畔にある大きな、それこそお城のようなロッジのような
高級ホテル感漂う建物に案内する。
出迎えるのは「メイド」と「執事」達。
メリアが入り口扉に手をかける前にそれは開き、
揃い整列し出迎える。
「おかえりなさいませ。」
「うん。ただいま皆。」
手前の女性が次に掛けた言葉は
「そちらの方は。」
キリに対して向けられた「敵意」ではない。
対象は隣の魔女ツグミ。
「私は遠慮しようか?」
「構わん。皆私の客として饗すように。」
メリアの一言でその場は収まるのだが
キリは一人困惑している。
客間へと案内されようとしていたその時、
開かれたままだった扉の外から叫び声が微かに届く。
同時に騒がしく慌ただしくなる周辺。
犬の鳴き声に反応したのか
メリア達を出迎えた五頭は駆け出す。
「何事か。」
執事の一人が答える。
「以前より小さな竜がこの地域に現れ動物を襲っているのです。」
執事やメイドの制止を振り切り駆け出すメリア。
そうするだろうと、キリも騎士団長もルメニーも、ツグミでさえも考えていたので
殆ど同時に走り出していた。
「羊?」
放牧されているのは羊の群れ。
小さな竜は柵の外に三頭。
柵の内側から威嚇するオオカミ犬を嘲笑うように
一頭の小さな竜が柵を飛び越える。
飛び掛かるオオカミ犬。
「待ってました」とばかりに身体を反転させ勢い任せにその尾を撓らせる。
「ギャン」
弾かれるオオカミ犬は柵に叩き付けられ落ちて、起き上がらない。
反射的にキリは駆け出した。
メリアやツグミが止めるよりも速く、小さい竜のすぐ脇を走る。
騎士団長でさえ硬直してしまっていた。
剣に手を掛けながらも、
「あの少年は助かるまい」
と決め付けていた。
実際に一瞬襲いかかるような素振りは見せた。
だが鼻をヒクヒクと何かを嗅ぎ付けると、小さな竜は後退った。
柵を飛び外へ出ると他の二頭と共に森の奥に消えた。
一体何がどうなっているのか。
メリアと騎士団長は互いの顔を見合わせながら混乱していた。
呆気に取られる中キリはオオカミ犬の状態を確認すべく
気道確保しようとその大きな体に手を潜らせる。
ぬるっ
背筋が震えた。
出血している。何処だ。叩かれた時か打ち付けられた時か。
溢れてこないのは軽症だからではない。
心肺停止状態。
鮮血ではない。静脈だろうか。
長い毛を掻き分け出血場所を探す。
横にした時に付いたのならこの辺りだ。
見つけた。
それほど酷い裂傷ではない。縫合の必要は無いだろうが止血は必要だ。
竜の胸飾りを外し捨てローブを切り裂き即席の包帯を作り巻く。
改めて呼吸を確認するがやはり止まっている。
口に手を突っ込み舌を引っ張る。背中を伸ばし気道確保。
後ろ足の内側で脈を探るが取れない。
キリは躊躇なく犬の鼻を咥え直接空気を送り込む。
肺がふくらむのが見える。
「これで正しい筈だ。」
大きな犬だ強めに圧しないと届かない。
でも強すぎると肋骨を折ってしまう。
10数回。数えていたら判らなくなった。軽くパニックになっていると自覚した。
自身、大きく深呼吸。
そしてもう一度人工呼吸。
口を抑え、鼻に吹き入れる。と
オオカミ犬は後ろ足をビクンと震わせ、慌てるように身体を起こした。
ブルブルと水を払う時のような動作をして
走り出そうとしたのでキリが慌てて抱え止めた。
ぐったりする暇はない。
深くは無いがあのラプトルもどきの尻尾で擦れたのだろう。
肩から腹の脇までスクラッチしている。
静脈まで届いていないので直接圧迫で何とか止血出来ている。
綺麗な布に替えないと。舐めないようにしないと。
エリザベスカラーなんて無いよな。
「えっと、この子が傷を舐めないように器具を作りたいのですが。」
「この子?」
プラなんて無いよな。木の皮か獣の皮でもいい。
書物がある世界だ。紙も糊もあるだろう。
屈強な騎士団長に抑えてもらおうとするのだが従わず
メリアが大人しくさせているうちに
もどかしいながらも説明が通じると
オオカミ犬の首周りに合わせ何やら獣の皮を縫い合わせホックまで付いた
高級感溢れる見事なエリザベスカラーが瞬く間に出来上がった。




