「羽撃け、友よ。」 32
無料で旅行。
まして異世界なんて「行こう」と言って行ける場所ではない。
じゃらんにもるるぶにもグーグルマップにも掲載されていない場所。
「そんな場所のお土産なんてレア度高すぎる。」
「無事に帰れればな。」
「帰るわよっ。帰るに決まっているでしょっ。」
月夜野アカリの宣言は吾妻アヅマの悲観的な発言をかき消す。
「何度も言ってるでしょ。」
「演劇部に不可能は無いって。」
制服姿の異世界の高校生達は歓迎される。
ちやほやされるのは悪い気分では無かった。
だが「勇者様のお知り合い」と誰かが言って
それが少し引っかかってしまう。
「ドラゴン作って戦ったのって俺たちなのにな。」
吾妻アヅマはいつものように不平不満を漏らす。
「それについては私の責任だアヅマ。すまない。」
最初にこの世界に現れて、
たまたまそこに居合わせた織機キリに剣を持たせ
結果的に部外者を勇者に祭り上げてしまった。
今回の演劇に織機キリを登場させていないのは
彼自身への配慮と同時に、部員内での不満を募らせない目的もあった。
順番として自分たち演劇部の公演よりも
あの村での一件が先に伝わるのは仕方がない。
だからこそ、あざとくも最後に「本当の話」と付けている。
アヅマは月夜野アカリ部長が「そうしている」理由を知っている。
自分のためにそうしていると自惚れている。
ぶっちゃけ、この引きこもりオタ師匠は月夜野アカリに惚れている。
吾妻アヅマ
引き籠りオタ眼鏡と呼ばれる高校二年生男子。。
蔑みの呼称ではない。部員達はそのスキルに敬意を表し呼んでいる。
ただ本人はどんな意味が込められていようと気にしていない。
言われるほどオタクではないと自負するものの他人からはオタクに見られてましう。
世界的なハッカーでアラスカの施設の電力を遊園地に回すとか無理。
FBIへのハッキングがバレてキーボードに触れてはいけないとか言われていない。
既存の電気製品をマニュアルを読まずにこねくりまわして得意気になったり
ドライバー一本で解体するものの再構築出来ない小学生が
そのまま大きくなっただけのような少年。
新たな発明をするような独創性は無く
提供する側になりたいのに消費者のまま。
月夜野アカリが一年生の秋、
三年生の引退とともに、演劇部に効果担当者が不在となる。
「誰か詳しい人の心当たり」
ネットで検索やら買い物はできる。だが殆どはそれ以上ではない。
人員が見付からぬまま月夜野アカリは二年生の春を迎える。
入学したばかりの吾妻アヅマにはすぐに行き当たる。
中学生の頃からその界隈ではそれなりに名が通っていた。
動画投稿サイトに自分のチャンネルも所有。
撮影から編集まで全て本人がこなしていた。
すでに部長となっていた月夜野アカリが勧誘に向かうが
「興味ありませんから」
の一点張りだった。
便利屋のように扱われるのは目に見えている。
しかも部員はもれなく「役者」にならなければならない。
入学前から帰宅部でネトゲに集中すると決めていた。
月夜野アカリは
「とにかく見てくれ。」
吾妻アヅマの腕を取り部室に連れ込んだ。
中学時代、女子と殆ど口を聞いていないアヅマ。
中学時代「いけてない」グループにすら所属していないアヅマ。
教科書を忘れ隣の女子に見せてもらったら惚れたアヅマ。
その女子に告白したら「は?」と言われたアヅマ。
もういいか。胸が痛い。
連れ込まれた部室では、本番さながらの「通し稽古」の最中。
「音が合わない。光も。」
備品のパソコンには効果音が山程保存されている。
照明はUSB経由のLED照明制御アプリが導入されている。
この程度なら俺じゃなくても。
操作に特殊な知識も技術も能力も必要ない。
PC音痴とか関係なくエアコンとテレビのリモコンを間違えない奴なら扱えるレベル。
吾妻アヅマがただ「操作ができる」だけなら
演劇部員は無理に入部を迫らなかっただろう。
月夜野アカリが上級生を口説き吾妻アヅマを入部させようとしたのは
彼が「オタク」だからではない。
月夜野アカリは彼の動画の編集に惚れた。
欲しい場面で欲しい音が鳴る。
欲しい場所で欲しい光が当たる。
演劇には全く関心のない吾妻アヅマ。
小学校に上る前から続けていたゲームで得たスキル。
派手すぎる演出はアヅマの身と心に染み付いている。
「うん。キミしかいない。」
吾妻アヅマは一日じっくり考え、入部を決意した。
ここでなら、俺は提供する側になれる。
朝食の席、少年は黒猫に説教を始める。
「昨日の夕食でも思ったのですけど。」
「ノトさん野菜も食べないとダメですよ。でもネギはダメです。きゅうりかトマト。あとは大根ですね。」
「詳しいな。」
「本で読んだ事があるだけです。あと塩は控えてください。」
「うーん小煩い奴だ。好きなもの食べさせろ。」
「だめです。身体壊します。」
猫に向かって何やら説教する異世界の少年。
「君は何だ?人も動物も治す魔女なのか?」
魔女オルンの質問はこの場の全員の疑問。
「魔女?」
これまでの経緯は、自身の経験に基づいた処置でしかない。
「僕のいた世界には人を治す専門家がいます。」
「動物を治す専門家もいます。でも魔女とは呼ばれていません。」
「僕はほんの少しその専門家の手伝いをした事があるだけです。」
お姫様も、魔女も、侍女も騎士達も
異世界の少年の「身の上」を聞きたいと望んだのだが
キリはそれ以上語らなかった。
動物の言葉なんて判らないし
竜や喋る黒猫は自分の世界にはいない。
自分は勇者などではなくたただの臆病者。
大事な人を救えなかった。
守れなかった。




