「羽撃け、友よ。」 26
男はもう一人に肩を借りながらも自力で歩いた。
枕にしたローブを拾い上げたオルンは
埃を払い落としながらキリに手渡す。
「ありがとうございます。」
衝撃によって一時的に呼吸が止まっただけ。
心肺蘇生方法は何度か講習を受けている。
AEDがあるような場所なら誰かに持ってこさせただろう。
「医療」と呼べる行為ではない。
自分のいた世界で先人達によって積み重ねられた知識の披露。
「君の世界では君のような少年は皆同じ事ができるのか?」
そうとは限らない。
キリは他の同年代の男子高校生よりほんの少し
「命」のやりとりの現場に近かったからこその知識ではある。
「君は魔女なの?その方法はまだごく一部の魔女と」
オルンは質問を続けようとするが騎士が咎める。
「オルン様。そろそろ行きましょう。」
「ああそうか。そうだった。」
慌ただしい埠頭で邪魔にならないよう釣り糸を垂れるキリ。
「ノトさん。船捜ししましょうか。」
「いや。これ以上お前に迷惑は掛けられない。」
「でもそれじゃ。」
「心配するな。考えがある。」
何て事はない。
黒猫ノトは、この少年を手懐けて
守護竜に乗り北の大陸を目指す。
この少年の交渉で船の手配がついて乗り込んだとしても
黒猫一匹、海に放り出されない保証はない。
暇潰しと、同情を誘うつもりで黒猫は身の上話を始める。
「私は元々普通の人間で、ある日魔女に黒猫にされた。」
キリが口を挟まないのでノトはそのまま続ける。
「挙げ句、知らぬ間に船に乗せられこの国に。」
「人間の身体に戻るには肉体を取り戻さなければならない。」
黒猫が人の言葉を喋っている。でもなく、
人間が黒猫に「変化」した。のでもなく
人間が黒猫に入っている。と黒猫は言っている。
「オルンさんはその事を知っているの?」
「どうかな。私は魔女の協会から派遣されたただの黒猫扱いになっている。」
キリだけがこの世界の黒猫の言葉を理解できるのではない。
この黒猫が特別なだけだ。
「でもどうしてオルンさんに相談しないの?」
「何を言っている。アイツも魔女だぞ。」
喧騒を他所にのんびり釣り糸を垂れる。
黒猫は毛繕いして丸まり
女性が声をかけるまで眠っていた。
「あのー。」
今朝食事をした店の女性。
「勇者様ですよね。」
「勇者ではありません。」
彼女は恐ろしい怪物の話をする。
「魔女の呪いにより暴れる守護竜を一撃でねじ伏せ」
「務めを果たせと目覚めさせた少年」
誰の事だ。
何がどうなってそうなった。
「よろしかったらこれを。」
バスケット一杯の野菜と果物。
「自家製です。お店でも使っているのでご安心ください。」
「え?あ、いやこんな。受け取れません。」
女性はキリが断るのも聞かず走って逃げた。
鐘の音が聞こえる。昼食だ。
キリは竿をたたみ、お店を探す。
「あの店には行けませんね。」
何処に行っても同じ目に合うぞ。と黒猫は言わなかった。
面白そうだから黙っている。
港に近い駐屯地に戻り道具を置いて
再び外に出ると
見知らぬ男性女性が列を作りキリを待ち構えていた。
ありがたや勇者様。
あっという間に貢物の山が出来る。
「勇者様の釣りのお邪魔をしては悪い」からと
ずっと近くでその機会を伺っていたらしい。
もう外出はできないなと
キリは駐屯地内の食堂で騎士達と昼食を共にする。
「なんだかとても視線を感じる。」
黒猫は笑って返事もできない。
「竜の食事と日光浴を手配しただけ」なのに
それがどうして勇者になるのか。
「この国には身内のいない子供を預かるような施設はありますか?」
「なんだ突然。」
メリアが各所に報告を済ませ戻る早々
キリはあちらこちらから届いた「貢物」の処分についての相談をする。
事故や病で親を亡くした子供は「先ず国」が預かる。
殆どが「子のいない」里親に引き取られる。
引き取り手がない場合や、ある程度の年齢に達していると
国に「雇われる」形となる。
「子供に労働を強いているわけではないぞ。」
教育を受けた後それぞれ進路を決める。
騎士や研究者として国に残る者。
牧場や商売で王都を離れる者。
「その子達は自立するまで国の施設で生活をしているのですね?」
「そうだ。」
「でしたらその施設に送るよう手配してくださいませんか。寄付しますので。」
「ありがたく頂戴しよう。国王に代わり感謝する。」
「この剣で」だの「この盾で」だのと
集まった武器防具等は
西地区の駐屯地にそのまま寄付する事も考えた。
それでもキリは「親のいない子」に拘る。
もっとも食料品だけは
それぞれの故郷へと帰る騎士達に持たせた。
そして、キリは知らないが、
この行為によって1人の少女が涙を零していた。
侍女ルメニー。
彼女はメリアに仕えるようになったあの日を思い出す。




