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39章 社会への闘い

彼女たちの前に現れた、一機のヘリコプター。

バハムートは其れを感知したのか、空中で止まって見せた。そんな機械龍の背に静かに降り立ったのは、紛うこと無き総務大臣こと上白沢慧音と、国土交通大臣のエリスであった。

2人は焦燥に駆られたのか、何処となく峭刻しょうこくとした顔っ面を浮かべており、其れは一種の恐怖にも垣間見えた。

皺だらけのスーツ服を纏っては、懐から取り出された拳銃。慧音は静かに銃口を差し向けては、3人に静かに言い伝えた。


「私は…迷っていた。巷ではお前らへの批判が相次ぎ、大統領がいない今、頼られたのは私たちであった。

―――悪い。私は幽々子と同じ、大多数には抗えない臆病者だった。レイスヴィンもそうだ。

私たちは…大統領の意思に気づけたけど、周囲の声が怖い。其れが此の社会の恐ろしい部分でもある、と。

私は決してこの世界に非があるとは言わない。でも、私は思う。私の『正義』は、本当に『正義』なのか?其れは偽称の『正義』なのではないのか?

―――嗚呼、そうさ。山月記さんげつき李徴りちょうを思いだす」


彼女は代表的な小説に出て来る人物を自分と重ね合わせていた。

自己に埋もれ、感情の揺さぶりによって自我を見失っていたのを、そう例えたのだ。

銃口は虚構の中に佇まれ、慧音は自らの頬を伝って涙腺を描いていた。自分の愚かさを語って、儚さを悟ったのであった。


「―――私も慧音の言った通りさ。自分の惨めさをつくづく感じさせられる。

……社会的な重きを背負っている、一種の使命だ。果たせないと圧力で死ぬ。私たちは今、崖のふちに立たされているんだ」


両手を広げ、社会的に追われていることをカミングアウトしたエリスは何処となく疲弊し切っていた。

ヘリコプターはそのまま飛び去り、2人は3人と対峙するような形であった。

サニーはそんな2人に憐れみの視線を送りながらも、ジャキンと礎の翼の音を立てて見せた。


「―――使命に駆られ、背を追われてるのか。…私たちと同じだ」


彼女は静かにそう呟くや、慧音は首を横に振って見せた。

其処には彼女なりの信念が込められていた。


「私は平和に生きたい。しかし、民衆のヘイトは上昇するばかりだ。

……私は地位など、もう求めない。安寧が欲しいんだ。だからこそ、お前を倒して…私たちは平和に生きたいんだ。過去を捨て、新たな人生をスタートしたい。……それだけなんだ」


彼女は自嘲し、何処となく悲愴に暮れていた。

残酷な此の世界で生きる以上、強大な存在には抗えぬにいたのだ。其れは生死をも分け、彼女たちを束縛し、監禁していたのだ。……『空気』と言う十字架に磔にされて。


「……俗物に囚われるのを潔しとしないのは普通だ」


「―――でも、私たちは囚われの身。所詮、そんな愚弄に生きる精神と哀れな肉体で組まれた死人みたいなものですから」


エリスは内心、この世への無常感に憤りを感じていた。

其れは彼女に対する世界の瞋恚……暫時の猶予に生への望みを乞いながら、世界の果てを見据えていた気がしたのであった―――。


「……サニー、お前にとっても不条理だし、私たちにとっても不条理だ。

―――私たちがお前たちに勝った時、私たちは束縛からの開放の一途を辿れる。お前たちが私たちに勝った時、あれだけ憎悪に駆られていた相手を討ったこととなる。

……逃げるな、これは一種の―――挑戦状、と言ったところだ」


彼女たちは拳銃を構えた。世界に手枷足枷を付けられた、滲めな身体で。

同情さえ浮かべそうであった。しかし、自分の真理に背反する信念である以上、静かに其れをそっと深淵に押し込めた。


「挑戦状、か。なら、受けて立ってやるまでだな。サニー、レイラ」


社長はその意を代弁した。ガンハンマーを右肩に担いで。

バハムートの背の上で……強風に煽られながらも、目と目を合わせて。

真剣な眼差しが浮かび、辺りは普遍の静寂に覆われた。銃口から、淋しく空気の筒が出来ている。


「―――なら、私たちが相手だ!!慧音、エリス!!」


◆◆◆


銃弾は今、静かに放たれた。

2人がかりで放たれた雨あられに、彼女たちは苦痛の様相を呈した。

何処となく残酷で、何処となく儚い2人は無我夢中で引き金を引くことに集中していた。意識をつねって。


「―――そんなんじゃ私たちに傷も与えられないよ!」


サニーはそんな銃弾を真正面から華麗に突っ切った。

久闊きゅうかつを叙した相手に、自身の今までの戦いの歩みを見せつけるかのように、いとも容易く躱していくのだ。回転回避等々、銃弾を一種の芸術と捉えているかのように。

2人の中では彼女の動きが特別スローモーションに見えた。ゼラディウス・ウィングを携え、勇ましさ故に果敢に襲い掛かる1人の淑女に、この世の何かを悟って。


「喰らって!」


彼女の一撃は慧音の方へ飛んできたが、エリスが自身のサバイバルナイフで防いでいた。

護身用のナイフで攻撃を受け止められた隙、ユウゲンマガンは重たいナイフを引きずりながらも一気に襲撃を図った。其れに気づいた慧音は彼女の攻撃を俊敏に回避した。

続いてレイラが銃で2人の狙撃を試みるも、銃弾の先を呆気なく予知され、悉く回避されてしまう。


「―――しぶといですね!至近で撃って差し上げますよ!」


保守的なレイラは敵である2人に近づいて見せた。

近づくことで銃弾の餌食にしやすい為、確実な狙撃を良しとしたのだ。当てずっぽうではいけない事をしっかりと悟って。

レイラはサニーやユウゲンマガンの物陰でありながら、最前線まで近づいては引き金を引いた。砂埃が迸って、其れは一瞬の螺旋を描いた。


「連携行きますよ!」


レイラの発砲に合わせ、サニーは動いた。

ゼラディウス・ウィングを構えては、がら空きになったレイラを穿とうとする2人を真後ろから襲撃を図った。背筋が冷えた事に悪寒を予測した2人は気づき、どちらも綺麗に身体を反らして回避してしまう。

此処で動いたのはユウゲンマガンであった。重たい一撃は、サニーの攻撃を裕に躱した慧音を綺麗に吹き飛ばした。


彼女は虚空を泳いだ。


終わりなき黮黯たんあんに身を焦がして、世界の安寧を願って―――。


「あ、ああ…………あはははは………」


彼女は静かに笑いながら―――真下のゼラディウスの町並みへと身を落とした。


「け、慧音―――ッ!!」


エリスは真下を叫んだが、その後ろにはレイラの銃口があった。

無慈悲にも、彼女は仲間の死を嘆くことを許さなかった。其れは今までの報復感情であったのだろうか。

此れで大統領の囲いは全員消えて、因果を起こした輩は全員消える―――そう、思っていたのだ。

無常には遡行出来ない。彼女なりの思いが、其処に示唆されていた。


「―――私も今、行くからな」


そしてエリスは―――彼女の後を追いかけ、バハムートの背中の上から姿を消した。

追い詰められ、悩みの末の自決に彼女たちも‎いたたまれない感覚であった。怏々《おうおう》とし、2人の存在を考えて―――愈々《いよいよ》頭がおかしくなりそうであった。

レイラは銃を仕舞い、サニーは礎の翼を納刀した。自身への吹き当たりが強い風に、其れこそが真理であるのではないか、と自己の発狂をねじ止めようと必死であった。


◆◆◆


「……浮かばれない奴らだな」


社長は皮肉っぽく、2人をそう言った。

眼下では澄み切った靄の中に、朧々とした街並みが視界に映えていた。その先に2人が落ちていったのである。しかし世界はそんな様子を全く垣間見せない。まるで隠蔽をしてるかのように。

死など繰りに繰り返されている運命であって、多くの死があってこそ、多くの生がある。その事実明白な事象を今、目の当たりにして呆然とした。

今まで多くの死を見てきたが、今回のは多少状況に差異があった。


「―――仲間を追いかけて死ぬ……やはり、あの2人には余りにも重たすぎる枷だったのでしょうか」


レイラは2人の死に直面して、考察を試みていた。

人間哲学とは実に奥深いものであった。サニーは遠く、青々とした地平線を眺めては寂しく呟いて見せた。


「……レイスヴィン計画も、無理やり後押しされて作られたはずだよね。

―――本来、あの2人はレイスヴィン計画などやりたくなかったはず。さっきの会話から、保守性が感じ取れた。大統領がいない今、あんな攻撃的な計画は執行しないはず。

―――やっぱり、何かおかしい。此れもスターの仕業なの………?」

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