優太-3
俺より先に逝かないで。
もし、一人残されたら、俺はどうなってしまうんだろう。
笙子の身体がこの頃思わしくない。
また、血圧のお薬増えちゃったーって薬をもらってくるたびに、不安になる。
年をとるってこういうことか。
自分の未来は見えなくて、少しでも笙子と一緒にいたいと思ってしまう。
不安、なんだと思う。
この世界に笙子がいなかったら、俺はどうすればいい?
生きてる意味なんてない。
まだ、60を過ぎたばっかりだ。
元気でいてもらわないと困る。
せっかく孫たちも自立して手がかからなくなって、夫婦二人の時間がとれる頃になったていうのに。
俺はまだ、お前にしてあげたいこと、いっぱいあるんだ。
二人で温泉なんて始めてだっただろ?
今度からもっといろんなとこに行こう。
お前が、笑っていられる方法を考えつく限りやり切ってやる。
そう考えていた矢先。
朝、目が覚めると、まだ笙子が寝ていた。
いつもならとっくに起きて朝飯の準備をしている時間なのに。
「…笙子?めずらしいな、寝坊か?」
昨日の笙子のはしゃぎっぷりを思い出して苦笑する。
昨日は抱っこできなかったけど、来週くらいには抱っこできるかな。
「…?…」
俺が起きても全く反応がない笙子。
ふと、嫌な予感がした。
規則的に、息はしてる。
けど…
「…笙子?」
軽くゆすっても反応はなく、だんだん声も大きくなっていく。
「笙子?おい、どうした?笙子!!」
硬く閉じられた瞳。
震える手で、震える声で、助けを呼んでた。
気づけば、病院のベッドに横たわる笙子を見ていた。
いつの間に病院に来てたんだろう。
点滴、心電図、酸素。
看護師や先生が説明していったが、耳に入っていなかった。
ただ、眠り続ける妻の顔をずっと見ていた。
体を壊すから休めと娘に怒られ、娘が泣いているのを見て、やっと周りの状況を理解した。
妻が倒れてから何時の間にか2日経っていて、其の間自分が何をしていたのか思い出せない。
ただただ、傍に座っていただけだったように思う。
目を開けず、やせ細っていく姿。
日に日に生気の無くなっていく顔。
思い出すのは怒った顔。
呆れた顔。
めったになかったけど、照れた顔。
……笑顔。
お前の笑顔を守りたいって思った。
笑顔だけじゃなくて、他の表情も知りたいって思った。
ずっと一緒にいる約束をくれたときは、心臓が爆発して死ぬかと思った。
約束…したのにな。
お前の不調に気づかなくてごめん。
握り締めていた笙子の手がだんだん冷たくなっていくようで、恐かった。
お前がいなくなったら、俺、生きていけないよ。
何を糧に生きていけっていうんだ?
な、笙子。
俺は、お前といて幸せだったよ。
笙子は?
…少しでも、俺の今後を思ってくれてるなら、頼むから、目を開けて。
もう一回、笑って。
最後に、一回だけでいいから……
妻の死亡診断書は軽かった。
こんな紙一枚で終了。
泣く娘を慰めながら、涙が出ないことが不思議だった。
娘には怒られたけど、病院のベッドの上で、俺は笑ってしまった。
妻が死んでから、半年後に自分が倒れて、妻と同じベッドに寝てるとは思いもしなかった。
日に日に力の抜けていく体を感じながら想うのは笙子のこと。
死んだら、逢えるかな。
天国で待っててくれるかな。
いや、あいつのことだからとっとと次の人生を歩んでるかもしれないな。
それもあいつらしいな。
俺は、生まれ変わりなんて信じないけど、この信じられないようなやり直しの人生をくれた神様には感謝したい。
贅沢をいうなら、どんな形でもいいから、あいつの傍に居たいな……
泊まり込んでくれている娘の寝顔に涙の跡が見えた。
「……ありがと…な」
小さすぎたのか、娘は寝たままだったけど、俺は言えただけ、満足だった。




