formerー1
夜だ
月が見える
あれ、でもなんで後ろに倒れて行くの?
指先は何かを捕まえようとしてるのか、まっすぐに伸ばして……
足元は………
階段!?!?
「ええええええ~!」
ちょっとあり得ないでしょ神様!!!
なんでこの瞬間!?
明らかに前回の、あれ、前々回?のラストだろうが!!
もう死ぬんですか‼
やり直しさせてくれるんじゃなかった⁉
ってか、まだ逢ってもいないっつーの‼
落ちる‼
どすっ……
「っと、あぶねえ……」
背中に硬い感触
た、助かった………
足がもつれるし、力入らないし、心臓バクバクだし、後ろに居るらしい人物の腕にすがってしまった。
「す、すみませ、ん……」
とにかく離れないと
慌てるあたしを後ろの人は軽々と持ち上げた。
そう、抱き上げたではなく、持ち上げた。
ひょいっと肩に持ち上げられました。
「あ、あの………え」
降ろしてくださいって言おうとしたのに、顔を見た瞬間固まってしまった。
数段の階段を登り切って、安全なところで降ろされる。
どう対応するか迷ってしまった。
前回の記憶があるのかわからないから、下手なことはできない。
「……また、お前に出会うなんて思ってなかった」
「首藤、覚えてるの?」
真っ黒の短い髪、つり目、灰色のパーカーにジーパン。
「ああ、お前の葬式も見てきたよ」
悲しげに伏せられた瞳。
「そう、来てくれたんだ、ありがとう」
「ありがとうじゃねえよ。ひ孫産まれて、すぐに死ぬってお前バカか⁈」
うっ
いたいとこつかれた…
「おっしゃる通りで……」
「はあ、もう、とりあえず何か食いに行こう。腹減った」
「え」
「助けてやったんだ、お前おごれ」
ちょっと待って、展開についていけません。
何だろう、ずっと、夢を見ていたような気がする。
あの一瞬ですごく長い夢を…
だって、あたしさっき好きな人に振られたんだった。
そのこともちゃんとおぼえてるし、明日の勤務予定だって覚えてるの。
でもね、あの一瞬で体感した一生分の記憶は残ってる。
変な感じ
でも、夢じゃないのね。
首藤も体験してるんだもの。
「お前が振られるところみちまって、ビビられてんのは分かってたけど、何か心配になってな、しばらく後ろ歩いて……あ、ストーカーじゃねえぞ⁈声かけるタイミング測ってたら、お前が落っこちて来たんだよ!手を延ばした瞬間に……幼稚園児だ」
ご飯を食べながら、首藤は決まり悪そうに言った。
でかい図体を妙に小さくして、お酒を飲む。
「怒ってないし……むしろ、助けてくれてありがとう」
笑って頭を下げると、首藤は口元を片手で隠して真っ赤になった。
メルアドを交換して、駅前で別れる。
電車で帰るらしい首藤は改札をくぐった後、振り返った。
何となく見送っていたあたしに彼は手を上げた。
「誕生日、おめでとう、笙子!」
脱兎のごとく走り去って行く後ろ姿をぽかんと見送る。
知ってたのか、あ、何回も話したっけか。
「………ありがと…」
無人の改札前に、つぶやきが妙に響いた。




